2015年11月21日土曜日

ある書評

本誌の書評に日本人が直接書いた英語の著書が取り上げられることはおそらくこれまでになかったであろうし、これからも当分ないかもしれない。私もそのような立場にあることがにわかに信じられないが、それを可能にしてくれたのが、本書である。こうして彼の著書を紹介できることを光栄に思う。
氏と南アフリカの臨床家AK女史との共著である本書は、ハインツ・コフートが晩年になってその思想を深めたことで知られる、twinship selfobject experience (「双子自己対象体験」)の概念を発展させ、臨床への応用の可能性を広げたものである。 コフートはその自己愛に関する考察の中で、この体験を、最初は「他者の中に本質的に自分と同じものessential alikenessを見る」としていたが、晩年には、人が自分を「ほかの人と同じ人間であるhuman being among other human beings」という体験であるという考え方に移っている。両著者の関心はこの概念及びその変遷に向けられ、それをどのように発展させ、臨床への応用可能性を広げるかが、本書の一貫したテーマになっている。
Twinship (彼の著書が英語であることもあり、ここでは英語表記のままにする)の諸相についての論述が第1章であるが、その次の第2章で展開される富樫氏のテーマは、「患者が治療者に持つ、治療者自身を見出してほしいという願望」に向けられる。そしてそこに描かれているケンとリョウコとの治療関係において、治療者が自分自身を患者の中に見出すという体験を彼らがどのように受け取り、それがいかに治療上の転機となったということが述べられている。この章のもととなった論文は、NAAPというニューヨークにある精神分析の団体において氏が2006年にBest Student Articleを受賞し、のちに2009年にInternational Journal of Psychoanalytic Self Psychologyに掲載されたものであるという。氏にとってはこの世界でのキャリアの華々しい出発点となった論文といえる。
本書の第4章も、第2章に続いて氏の単著となる重要な章である。しかしそこではこのtwinshipの概念をかなり深化させたテーマが扱われている。それはコフートの第2の定義である「人が他者に自分と同じものと違うものを体験する」という問題に向けられる。そして自分が他人と同じ人間であるということは、「類似性を見る人との間に違いを見、違いを見る人の間に類似性を見るという弁証法が成立している」(p63)という結論に至っている。簡潔に言えば、結局twinshipは、「自分と非―自分を互いの中に見出す関係delicate balance of mutual findings of oneself and not-oneself in the other」(P67)ということになるが、さらにこれを展開し、結局はコフートの鏡転移、理想化転移についても、同様のことが生じているとする。つまり親は子供に対するまなざしの中で、自分と同じものと同時に、その子供に独自のものをも見出すのだ。
そのほかの幾つかの章も紹介しておこう。第5章では富樫氏とAK女史によりトラウマとtwinshipとの関係が扱われる。彼らの文脈では、トラウマは「ほかの人と同じ人間である」という感覚が失われる体験ということになる。すると患者はファンタジーの中で情緒的な結びつきを成立させるような対象を作り上げるという。これがいかに現実の対象に置き換わるかが、治療プロセスの役割であるという。第6章、第7章では、氏は placeness (場所性)と twinship 体験について論じる。この体験は人が一緒の場所にいるという体験からも生じるとし、日本語の一蓮托生という表現を引いて、それが特に日本人に多く体験されるとする。そしてそれが治療者が患者との類似性や同等性だけでなく、一緒の場所を過ごすということにも注意を向けることを進める。
 
以上本書の内容を概括したが、本書の興味深いことは、随所に著者がアメリカでの異文化体験を背景にし、この twinship という問題を常に考え続けたことが、いくつかのエピソードを通してわかることである。実は同様の問題について、和田秀樹氏が英文で発表している H Wada, H (1998) Chapter 7 The Loss and Restoration of the Sense of Self in an Alien Culture: An Application of the Twinship Selfobject Function- Progress in self psychology, 1998 - Laurence Erlbaum Associates
(以下略)