2016年9月16日金曜日

Toward the theory of “Dissociation with capital D” ③

The theory of dissociation in psychoanalysis


The purpose of this essay is to pick up the topic of dissociation and refine aswell as readjust it in such a way that we can use in our clinical setting. Dissociation has been discussed increasingly in recent psychoanalytic literature. Works by Phillip Bromberg ( ) and Donnel Stern ( ) are most conspicuous examples. We can find very precious messages from their works; the concept of dissociation not only plays an important role in stressing the issue of trauma and supplement the deficit model, but also proposes a paradigm with such concepts as therapist’s spontaneity, subjectivity and enactment as a key to treating those suffer from trauma. However, what is discussed as dissociation in their works is limited to what Stern called “weak dissociation”. In this paper I would like to propose a system of theory which also includes what Stern called “strong dissociation of Dissociation with capital D what I would like to call.  

2016年9月15日木曜日

Toward the theory of “Dissociation with capital D” ②


A very short vignette

Ms.A, a female client in her late twenties has been in psychoanalysis for the past three years. One day, when a child personality shows up without her usual elegant and composed manner, her analyst, Dr.B, initially felt blindsided. Then after recovering his composure, he states “Well, Ms.A, let’s start our session anyway. What comes to your mind this morning?” 
“Well…” She said to herself, “I remember once that my child part suddenly went ahead of me and spoke to him. At that time he never even noticed the change of the tone of my voice.He is now a step ahead, it appears, but still not ready to deal with us if it happens again in the future.”

The purpose of my presenting this telling (so I hope ) vignette is to indicate that this is still the standard attitude of the analysts who are not informed of the clinical manifestation of the patients with dissociative disorder. This situation is not only unfortunate for psychoanalysts but also unwelcoming to those potential clients for psychoanalysis who have dissociative disorders. The main thrust of this paper is to change the analytic milieu in this regard.


2016年9月14日水曜日

書くことと考えること ④ Toward the theory of “Dissociation with capital D” ①

 ④ 分かることとは、もう一度不可知に突き落とされること

私は人間の心の何をわかりたいのだろうか? わかってどうするのか? 実は最後までわかってしまうのは、私にとっては不都合なのだろう。もう考えることがなくなってしまうと、考えることが趣味の私としては困ってしまうのである。しかしうまくしたもので、人の心についてわかるということは、さらにわからないことに出会うということでもある。わかるということは、ひとつの地点に到達したという感覚を生むと同時に、そこの先に広大な不可知を示してもらうことでもある。またそうでなくてはならない。山登りに例えるならば、一つのことをわかることは、一つの峯に立つことであろう。そこからこれまでは見えなかった景色が見えるのはうれしいことだ。ふもとから今の地点までの足跡も振り返ることができる。しかし上を見ると、次の尾根くらいは見えるが、その上はまだ雲に隠れて山頂は見えないことに気が付く。結局はその上にいつまでも峰が続いていることを知って呆然とし、そして同時に少しだけ心地よさを覚える。
 私たちの中にはわからないことの中に放り出されることの快感を感じる部分があるのだろう。松木邦裕先生の講演に出てくる
詩人ジョン・キーツの言葉 ”negative capability”とは、結局不可知性に伴う快感に支えられていると私は考えている。そして世界が不可知である限り、私は一生考え続けても決してそのテーマはなくならない。ゲームだったら結局最高レベルに行きついてゲームオーバーになるのだろう。しかし考えることにゲームオーバーはない。エンドレスだ。なんと恵まれていることだろう?
私は同様のわからなさを、実は人間一人一人についても感じている。人間はわからない、わかりつくすことなど絶対にできない、というのが私の考えだが、臨床の面白さを支えている極めて重要なファクターは、この個々人の不可知性なのである。
あるとき患者さんが・・・
 (中略)
・・・治療例に限らず、人生においては様々なことが起きる。思わぬ人と出会い、思わぬ人と疎遠になる。思わぬところに落とし穴を発見する。私が常に考えるのは、結局人はそれぞれ違うのだ、ということである。

Toward the theory of “Dissociation with capital D” ①

Relationship between psychoanalysis and dissociation has a very long and checkered history, which dates back, of course to Freud. Already when he was working on the Studies of Hysteria, he was dissatisfied with Breuer 's notion of hypnoid states, and pivoted toward the theory of repression and libido theory. What he abandoned later was not so-called seduction theory, but his opportunities to become familiar with the experiences of atrocious and traumatic life history.
Freud's tendency of paying relatively less attention to trauma and dissociation did not satisfy his contemporary Ferenczi, and prominent analysts of the day, such as Fairbairn. Balint, and Winnicott opted their ways a little more in favor of trauma and dissociation compared to their great master. These analysts used the term and the notion of "dissociation," but it never was accepted to the mainstream of psychoanalysis and that still holds true on our age. Further down the road, it was H.S.Sullivan who picked the notion, but his theory of dissociation was not given much credit.
As I said, the topic of trauma-dissociation has been discussed separately from the main stream of psychoanalytic theories, but recently new views on dissociation have been discussed in psychoanalysis. Authors such as P. Bromberg and D. Stern have been proposing new way of looking at the theory. However, their theories of so-called weak dissociation cannot capture the essential part of the phenomenon of dissociation. I would propose in this paper the theory of so –called strong dissociation, or dissociation with capitol D. 



2016年9月13日火曜日

1½ 章 ⑦、書くことと考えること ③

快感原則を外れる「本能的、常同的、無意識的な活動」について
 以上、人や動物の行動を「快感原則」と「不快原則」の両方に支配されたものとして描いた。しかしこれらの二原則がある程度うまく働くためには、言い換えれば現実原則がうまく機能するためには、その生物がある程度以上に高等である必要があるという事情がある。なぜなら両「原則」とも実際には体験されていない快感や不快を査定ないし検出するために、それ相当の想像力を必要とするからである。下等動物ではこうは行かない。
第●●章で出したヒメマスの例を思い出していただきたい。ヒメマスは産卵の後、一生懸命ヒレをパタパタさせて卵に新鮮な水を送る。でも彼らは自動的に、無意識的に、常同的にひれのパタパタを続けるだけだ。それはすでに一つの回路として脳の中にプログラムされている本能の一部というわけだ。生物が高等になるにつれて、本能による行動の間に出来た隙間を、自由意思による主体的な行動が埋めることになる。しかし、だからといって本能に従った行動が快、不快と無関係というわけでもない。それ自身がおそらく緩やかな、あるいは強烈な快を伴っていることも想像できる。ヒレをパタパタして卵に水を送るヒメマスは、おそらくなんとなく心地いいから続けるのだろう。本能に従った行動それ自身が緩やかな快を伴うのは、その本能的な行動が容易には中止されないための仕組みと考えられる。これが生殖活動などになると、大きなエネルギー消費を伴うためにそれ自身が大きな不快ともなりかねない。だからこそ当然強烈な快に裏打ちされていなくてはならない。メスのヒメマスが産んだ卵に必死に精子をかけて回るときのオスは相当コーフンしているはずだ。そしてこれらの事情は私たち人間にとっても変わらない。食行動、生殖行動など、明らかに本能に深く根ざしている行動には強い快感が伴う。また無意識的に行っている、いわばルーチンとなった行動についても、穏やかな快感くらいは伴っていることが多い。例えば人は決まった通勤路を歩いている時には、その行為について意識化していないことが多いが、おそらくはある種のゆるやかな快を伴っているからそれが続けられるのだろう。だから風邪などをひいて体調を崩しているときにはすぐにその活動は不快に転じてしまうので、少し歩いては見ても、結局はタクシーを呼んだり、道に座り込んでしまいたくなったりするはずである。


書くことと考えること


③   書く事で体験を回避、ないし克服すること

私にとって書くことは、それで体験の場から離れ、それを上から見下ろす、高みの見物を決め込むというところがある。これはある意味で大きな問題をはらんでいるのではないかと、自分自身が思うことがある。それは実際の体験を回避する傾向である。そのような考えに至った二つの体験について考えたい。
一つは私が精神科医としてのキャリアを始めたばかりのことである。私の出身大学では精神科が真っ二つに分かれて対立していた。その対立は学生運動の名残であり、いわゆる外来派と病棟派がいがみ合い、それこそ相手への吊るし上げが生じたりするような激しいものであった。医学部を出た後精神医学を専攻するものは、そのどちらで研修を受けるかを自分で決める必要があったが、それは将来どちらの系列の病院に勤務することになるかも含めた、結構大きな決断を含んでいたのである。
さて私は医学部生のころ、これから精神科の研修をする医師として、こともあろうに精神科が二つに分かれてお互いに話し合い歩み寄ることなく対立を続け、研修の機会を狭くしているのはおかしいと主張し、一人だけでも一年ごとにそれぞれの精神科の部局で研修することを要求した。私の要求は今から考えても理にかなったものだと思うが、私の同期の精神科志望の他の6人も含めて、他に両方を回るなどと言いだす研修医は一人もいなかったのである。そんなドン・キホーテのような真似をするのはお前ひとりでいい、という感じであった。また私を受け入れる側の研修先も対応に困ったはずである。それでも一年ずつ外来派と病棟派で私は研修を行ったわけであるが、私の中では初めて両精神科を回った稀有な研修生という形で誰からも評価を得ることなく、かえって両方から相手のスパイとして見られるということになり、実に涙ぐましい体験であった。しかし今となればほとんどだれもそれを知る人はいない。両方の精神科部局はあれほど憎しみ合っていたにもかかわらず、私が留学していている間にあっさり手打ちとなり、合併してしまったのである。
 私としては今から思い出しても大変な3年間だったのだが、実は私の中では一つの区切りをつけることが出来ている。その一つの大きな要因は、その顛末をある本のある章にまとめて書いたからである。それは「恥と自己愛の精神分析理論」という1997年の書で、いわば岩崎学術出版社という組織の力を借りて活字にした、私の体験のあかしなのである。実は私のその章を読んで「先生も大変でしたね」という声をかけてもらったことは一度もない。結局私の独りよがりで、他の人にとってはどうでもいい体験なのである。でも私がそれを受け入れることができるのは、それを活字にすることが出来たからである。どこかに「もう書いたから気が済んだ」というところがある。それ以上体を動かしても事態は変わらない、と思うのだ。私はこのように文章を書くということは、ある意味では体を動かす体験をどこかで抑制する効果があるのではないかと考えるが、同時に一人の人間にできることは非常に限られ、それなら文章の一つでも残した方がましだ、と思ってしまうのだ。私はいろいろな体験を観察することから始めてしまう。これは業のようなものである。
 同じ文脈でもう一つの体験を語りたい。たとえば私は6月に、精神分析家としてのアイデンティティーを揺るがされるような体験を持った。私は精神分析家としてのキャリアーを積むための一つの大きなプロセスともいうべき資格を得るための審査に落第してしまったのである。それはある意味では大きな失望や驚きの体験であった。しかしそのようなとき私が向かうのは、そのような体験を持つということを取り込み、それを興味深く眺め、その上で現実がいかに予想外に展開し、いかに自分がそれに対して無力かを思い知るという体験である。そしてそれ全体がとても面白い、と思う。それを私なりに理解し、消化(昇華)しようという力が出てくる。その時点で私は失望体験を克服しているということになる。
繰り返すが、このような傾向は私を物事を受け入れるという方向に向かわせてくれるとともに、ある意味ではとても受身的にするというところがある。この私の性質は、人生のあらゆる場面で人と争ったり、力を競ったりする舞台を避けることと関連している。私は最初から敗北主義でエディプス葛藤を最初から放棄しているともいえる。私には人と真っ向から戦うということに対する抵抗が強く、すぐ相手に興味を持ち、観察してしまうというところがある。そして自分に起きている事態を理解したい、わかりたいと思うのである。つまり対決を避ける代わりに、その体験を書いてみようと思うようなところがある。

2016年9月12日月曜日

1½ 章 ⑥、書くことと考えること ②

フロイトの「現実原則」も侮れない

さて本章の最初に少しだけ紹介した、フロイトの「現実原則」について考えよう。これは快楽原則の際の快の体験を必要に応じて延期する原則である、と紹介したが、何のことはない、快楽原則と不快原則の両方を有している人間のあり方をそのまま表現しているに過ぎない。
ウォーキングの例で考えよう。もし「健康になりたい」がその最終目標であれば、当然一回のウォーキングでそれをかなえることは出来ない。せいぜいウォーキングそのものが心地よい、というくらいの快しか味わえないのだ。もちろん「ああ、これで一歩健康になれた!ジーン」という喜びもないわけではないが、それはむしろ数日前に見た健康番組の体験を思い出すことによりやっとよみがえらせることが出来る気持ちだ。あの時はつくづく自分の生活の放埓さを反省し、また恐ろしくもなった。成人病のリスクは非常に高いと自覚した。そしてその時やっと「ああ、健康になりたい」と思えたのである。とすれば毎日のウォーキングは「不健康さ、成人病の危機」の恐ろしさからの回避というニュアンスの方が大きいということになる。ここでの決め手は数日前のテレビ番組を回想し、自分の体の中で潜行して進行している成人病の恐ろしさを想像することなのだ。
もう少しわかりやすい例で細くしよう。いつかユーチューブで印象深いものを見た。たくさんの犬の「お預け」のシーンである。20匹ほどの犬が、自分たちの前にある複数の餌の入ったボールを前にして、ムチを持った飼い主の「食べてよし!」の合図を待っている。ある犬はすでによだれをダラダラ流している。大抵の犬は居ても立っても居られない様子でジタバタしながら、でも決してボールに口を近づけようとはしない。もしそんなことをしたら、飼い主のムチが飛んでくることをよく知っているからだ。(もちろん年月をかけてそのように調教してあるのである。)そして犬たちは、飼い主の合図により一斉に餌のボールに突進する。これを一匹の犬ではなく、20匹以上の犬が行うから壮観である。人間ではなく、動物が見せる快の遅延の例なのだ。
 ここで犬たちの報酬系で起きていることを考えてみよう。目の前に餌の入ったボールを出された時点で、快感を査定すべく想像力が働く。「やった、これから餌だ!」という感激である。そして同時に不快原則も働いている。お預けに反してえさに飛びついたら、飼い主にムチ打たれることを犬たちは良く知っている。それを想像した「イタい、コワい!」感もあるだろう。両者を比べて後者の方が凌駕しているから犬は「お預け」を選択するのだろう。もし逆の関係なら、ムチが身体に食い込み、皮を引き裂くむ苦痛に耐えながらも餌に食らいつくことになるのだ。ということは犬の脳内には、そして人間の脳内においては、快感原則と不快原則が常に競合し、最終的に勝ったほうを選んで行動を決めていることになる。それが「現実的な路線を選ぶ」という意味ならまさに「現実原則」であり、それは以下のような式に表現することが出来るというわけだ。

「快感原則」+「不快原則」=「現実原則」

快の錬金術は前頭葉のなせる業である

先ほど現実原則における想像力の重要さについて少しだけ触れたが、これは極めて重要な問題点である。
先ほどのウォーキングの例で、それをもっぱら義務感から続けるという場合を考えた。あなたは「面倒くさいなあ」とか「本当はこんなことは必要ではないんじゃないか?」とか思いつつ、「でもこのままだとまた三日坊主になってしまうかもしれない。」と考え直していやいやスニーカーをはくという場合である。この種の義務感のみに従った行動というのはかなりの苦痛を伴うわけだが、これをどうしたら楽しいものに出来るだろうか?
ここで考えてみよう。少なくともウォーキングを始めたひと月前は、ウォーキングはさほど苦痛ではなかった。むしろ張り切って「よし、これからは毎日一万歩歩くぞ」と新しいスニーカーを買いに走り、勇んで始めたのである。それはあるテレビ番組を見た翌日のことであった。(また出てきた。)その番組では生活習慣病について特集し、それを見ながらあなたはつくづく自分の炭水化物中心の食生活や運動不足が問題であると思い知らされた。そして番組でゲストの医師が言っていた「このままで行くと徐々にメタボリック症候群がひどくなり、やがて糖尿病や高血圧になり・・・・」という言葉が頭に残り不安と恐怖でいっぱいとなり、さっそく仕事から帰って30分のウォーキングを思い立ったのだ。
最初の2,3日は、あなたはそのウォーキングに意欲的だった。「自分は健康にいいことを始めたのだ」、「メタボリック症候群に陥る危険を確実に回避しているのだ」と思うことが出来たからだ。しかしその意気込みは徐々に薄れていった。そしてひと月たった今は、ウォーキングの時間が近づくと「メンドーだなあ」とため息をついているのである。しかしそれでもウォーキングを続けるのは、ウォーキングから戻った時にある種の達成感が感じられること、そして「三日坊主にならずに済んだ」という安堵感があるからだ。これまでの議論から前者は快感であり、後者は不快の回避ということになることはおわかりだろう。
さてここでのテーマは、このウォーキングというルーチンを、より快楽的なものにするにはどうしたらいいか、ということだ。そこには想像力が関与している、と述べたが、それはどういうことか? 
 一つには、最初の頃に持っていた不安感を何とか取り戻すという手段がありうる。たとえばあなたがあれほどインパクトを受けたテレビの健康番組をいつも思い出し、あるいは録画をしたものを毎日のように再生し、いかに今の食生活では自分の健康が損なわれかけていて、今すぐにでも生活習慣を変えなくてはならないのかをありありと感じ続けることが出来たらどうだろうか? あなたは自分の生活の不健康さを思うたびに、メタボリック症候群の恐ろしさを感じ、不安を新たにするだろう。すると毎日のウォーキングは、それに対する具体的な対策としての意味を、そのたびごとに感じさせるのではないか?そして毎日のウォーキングに大きな意味付けを与えてくれることで、その不安を減らしてくれることに役立つだろう。
この種の想像力の使い方はそれなりに有効だろうが、それにも限界があるし問題も生じる。日常の雑務に追われて番組のことを思い出すだけの精神的な余裕はないかもしれない。ビデオを何回も見る暇もないだろう。想像力を発揮する為には精神的なエネルギーを要するものなのだ。
 しかし人にはもうひとつ別の想像力の働かせ方もある。いや、むしろ非常に多くの方は、この二番目の形での想像力を用いているはずである。それは「ウォーキングをサボると三日坊主になる」という不快の回避部分を、一種の達成感に書き換えるための想像力だ。ウォーキングを続けることを自分に与えられた宿命として受け入れてしまう。そしてそれを一日一日達成する分をほめてあげるのだ。こうして「不快の回避」の項目の値は減って、より純粋な快の部分が増えていく。これが「快の錬金術」と私が呼ぶものである。そうすることでウォーキングは「より楽しく」なる。努力の名人などと呼ばれる人たちは、大抵こういう錬金術を行っている。そしてその種の高度な想像力を発揮するのは、人間に特に発達した前頭前野である。
ところでこの種の錬金術は、私たち誰でもある程度はその能力を持っている。それは私たちがある程度の喪失体験にはあきらめ、慣れることが出来るからだ。そうするとその喪失が埋められることを獲得として感じ取るようになる。
 たとえばあなたが10万円入りの財布をなくしてしまったとしよう。どこかに落としたつもりになって、もう絶対出てこないとあきらめてしまったとする。その財布が一週間後にソファーのクッションの隙間から出てきた時は、「やったー、10万円ゲット!」となるのである。ウォーキングのルーチンについても、片手間にやるのではなく、自分の仕事の様なものとして受け入れることにより、苦痛度は減り、達成感へと変換されるであろう。
ちなみにこのような変換を行えるためには、ある程度の精神の健全さが必要である。すくなくともうつや強迫を伴っていないということは大切だ。人間はある程度の心のエネルギーがあれば、「しなければならない」ことを、「しないと不安なこと」→「すると安心できること」→「すると喜びを感じられること」へと変えることはさほど困難ではない。特に「しなければならないこと」がそれほど苦痛なことではなく、多少めんどくさい程度のことなら、いったんそれに集中すると案外スムーズにできたりする。するとその行動自体の快を増すこともできる。面倒くさいウォーキングも、歩き出したら案外楽しい、ということもあるだろう。そして歩き終わった後は「今日もルーチンをこなしていい気持だ」となる。しかしこの種の芸当が一切できなくなるのがうつ病なのだ。うつになると、普段面倒に感じていたことなどは、およそ実行不可能になる。初めても少しも楽しくない。集中力により乗り切る、という力も残されていないのだ。
強迫は強迫でこれまた厄介である。ある行動(強迫行為)をしないことの不安が、理由もなく、病的に襲ってくる。ウォーキングの途中に目に入る電信柱を数えないと不安になり、舗道のタイルを一定の順で踏まないではいられなくなり、それで疲弊してしまったりする。強迫は、まさに自分の生活にかかわる行動のことごとくが「しなくてはならない行動」になってしまう。そしてその「しなくてはならない」リストには、自らの強迫が生み出したさまざまな行動の詳細が付け加わっていく可能性があるのだ。
「不快の回避」の「快の獲得」への転換には、個人の工夫や創造性も発揮される。ウォーキングをした後はカレンダーに大きな丸を付ける、でもいい。新しいシューズを買って、歩きながらその履き心地を楽しむ、というのも悪くないだろう。またそんなお金もなかったら、家族に自慢する、でもいい。(でも家族の誰もほめてくれないとあまり意味ないが。)仕方がなかったら自分をほめてあげる、という方法もある。
このような能力を発揮しているのは、主として前頭葉である。特に後背側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex)は、将来にわたる行動のシミュレーションに携わる部位である。この部分は自分がある事柄をどのように実行していくかのタイムテーブルを作成することに貢献する。努力の天才のありかは、ここら辺にあるのだ。

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ところで「やらなくてはならないこと」を「やると達成感をえられるもの」に変えることは、快を生むことだ、と言ったが、これには補足が必要だ。そもそも両方とも最初から快のリストに載っていたのではなかったか?ということはその総計は変わらないのに、快が新たに生まれる、とは詭弁ではないか、とも言われられかねないからだ。人は他人ないしは環境から何かを与えられることなく、自分から快を新生することなどできるのだろうか? ここのところを最後に考えておきたい。
つまりこうだ。最初はいやいやながらウォーキングを始める。その時は目の前に達成感による快がなかなか見えない。「メタボになるのが嫌だからやろう、と昨日決めたから」とか「三日坊主になるのは嫌だから」という消極的な理由ばかりである。しかしこれも一応快のリストに載っている。不快のリストには山ほどある。かったるい。疲れる。足のウオノメが痛い。巻爪もズキズキする。これだけの逆風で、よくもウォーキングが続けられるものである。しかしこんな感じで日常生活を送っている人は多い。仕事などもこんな感じかもしれない。
このウォーキングが少しでの快の要素を含んでいるとしたら、それはたとえば「ああ、今日はもうウォーキングをしなくてもいい」「今日のノルマは終わった。これから23時間はウォーキングから解放される」という安堵感などであろう。でもそのうち人は「ああ、今日もウォーキングがしたい。」とウォーキングを楽しむようになることもあるのだ。もちろんごく一部の人がこうなるのだが、ある程度の楽しみを感じられるようになる人は結構いるものである。これは大変なことなのか? それともあたりまえのことなのか?
そこに絡んでくるのが先ほど述べた忘却の力である。人は生きていくうえで多くの傷つきや、恥ずべき体験を持つ。それは大きな苦痛を伴う。しかしそれは通常は徐々に忘却されていく。不快はその一部が消失していくのだ。同様のことは快についても同じである。獲得した喜びは徐々に忘却される。そのうち当たり前のようになる。このような忘却の力はもろ刃の剣といえる。私たちを過去の辛い思い出によるストレスから守ってくれると同時に、不幸にもすると言えるだろう。つまり失ったものを再獲得する楽しみに変える力が与えられていると同時に、過去に自分を幸せな気分にしてくれたものが、あっという間に色あせてしまう、ということも起きてしまう。
ウォーキングの例で言えば、健康診断の結果が思わしくなく、日課としてのウォーキングが必要となったということ自身は不快体験であるが、それに慣れるに従い、今度は健康な体を取り返すことへの希望や喜びが大きくなる。
ここで先ほど問題になっている快の新生に戻ってみた場合、これは新生というよりは、実はかなりの部分が「忘却分」として説明できるのではないか、というのが私の主張である。私たちの人生の楽しみは、実はかなり過去に失ったものの痛みを忘却した分からなる。そしてもちろん同じことは苦痛についても言える。



②   書く、ということと、知られ、認められるということ

さて私は基本的には書く作業は自己愛的なものだと考えています。それを読者に理解してほしい、共感してほしいと思いから書くというのは確かなことだと思います。しかしここで注意深く区別しなくてはならないと思うのが、自分の考えを表現するということと、認められ、分かってもらえるということには違いがあるという点なのです。
実際文章を発表し始めたころは、私はその両者をあまり区別していなかったように思います。私は出版されるということが不特定多数の人に読んで理解してもらえることだと思っていました。大げさに言えば、論文が受理され、専門誌に掲載されることで、次の日から世界が変わる、くらいのことは思っていたのです。ところが論文が何度も掲載され、本が出版されるという体験を一定以上持つと、書く、出版する、ということと売れる、読まれるということが全く別の問題であることがわかります。しかしたとえこの頃の無知な自分が、出版するということと読まれ、知られ、あわよくば認められる、ということが同時に起きると信じていた時期でも、書くという作業と、知られ認められるということが別物であることは分かっていたつもりです。

もう少し具体的に述べてみましょう。書くという作業は自分の中にあるものを表現するプロセスです。それは思いが言葉に載せられているか、あるいは思い以上のものがそこに宿るのかを見届ける息づまる瞬間でもあります。そしてそれは「わかってもらえるだろうか?」「受け入れてもらえるだろうか?」という懸念とは一応切り離されたプロセスなのです。それはたとえば絵をかく人が、あるいは木を彫る人が「どう見られるか」を気にするかという話と同じです。筆を振るう時は、自分の中にあるものがいかに表現されていくかに集中するわけです。もちろんそれが出きあがった後はいくらか体裁を考えることになります。きれいな額に入れることも考えるでしょう。でもとりあえずは自分の考えが、気持ちがちゃんと表現されているかに専念するわけです。もちろん紡ぎだされる文章や、描かれる絵が大衆に受け入れられるのであればそれに越したことはありません。場合によっては常にそれを意識せずにはいられない状況もあるでしょう。売れっ子作家や漫画家が具体的な注文を受けて書いている場合にはそのようなニュアンスがあるかもしれません。しかし基本的には書くことにはそれ自体の喜びがあり、そこであえて誰かのために、あるいは誰かに向かって書くとしたら、それは自分なわけです。自分が書き、それを同時に読み、味わい、納得するように書いていくのです。
さてこのように書かれた文章は、当然ながら悩ましい問題を突き付けられます。論文なら受理してもらえない。本なら編集者が首を縦に振ってくれない。カミさんに読んでもらおうにも、目を通してすらもらえない。そうなると担当教官に真っ赤に添削され、書き直しを命じられるということになります。自分という読者が感動を覚えている作品が、他の誰にも見向きもされないということが起きてきます。おそらく世の中にはそのような体験から、さっさと書くことをあきらめてしまう人がたくさんいると思います。
ちなみに私にとっての書くことは、実はこのマーケティングの問題をあまり考えなくてもいい恵まれた環境にあると言えます。一つには書くということが比較的容易に受け入れられるという幸運があることなのでしょう。私の実に限られた能力のうちの一つです。(私のこれまでの人生で、普通にしていても人並みにやれることがあったのはたった二つです。一つは書くこと、もう一つはトランペットを吹くことです。)
マーケティングを考えなくてもよい、もう一つの理由もあります。それは私の書く本が専門書であるということです。少なくとも私の書く本は全然売れていません。しかしまったく売れない、というわけではなく、しかしおそらく第2刷くらいまでは行く程度には売れるのです。それは感謝したいと思います。私の本はだから学術書としてそこそこ売れるので、出版社も付き合っていただけるのです。しかしそれ以上のヒットはありません。もちろん本を出す時は、それがたちまち話題になるというようなファンタジーを一瞬は持つものです。しかしそれはことごとく裏切られるため、期待をしないことが自分の精神衛生上ベストなのです。出してもらうだけで満足。その上売れるなんて感謝、です。

2016年9月11日日曜日

書くことと考えること ①

精神分析との出会い

書くことが好きかと問われれば、ウーン、と考え込んでしまいます。書くのはおっくうだし、面倒くさい。ワープロの出現でかなり楽になりましたが、それでも机に向かって作業をしなくてはなりません。しかし考えることは好きかといわれれば、ハイ、と即答すると思います。考えることでそれまで疑問に思っていたことについての思考がまとまり、分かった、という気持ちになれるからです。その考えるテーマは主として人の心についてですが、宇宙の由来とか物質の由来、進化についてなどテーマは様々です。しかし一番面白いのは人の心、自分の心です。そんな私が半ば宿命として出会ったのが、皆さんもおなじみの精神分析理論です。かねてから言っていることですが、精神分析理論は人の心を探求する人間が一度は魅了されるものだと考えています。私の研修先の通称「赤レンガ病棟」では、静岡大学の磯田雄二郎先生が、私たち研修医に精神分析の手ほどきをしてくださいました。私は研修の一年目でカールメニンガーの精神分析技法論の原書に出会ったわけですが(なんと大学の生協の本棚にあったのです!)が、おそらく短期間にあれほど耽溺した本はなかったと思います。私のその体験は26歳であったので、それからのおよそ十数年間は、つねに分析理論を考え続けながらの生活であったと思います。その最初の私の姿勢は、とにかく分析理論を学ぶこと、そしてわからなかったり現実の症例とうまく合わないように思える点は、ことごとく私の経験や知識が不足していることに原因があると考えました。そして増々本格的な分析に必要性を感じたわけです。その意味ではアメリカに渡った頃は分析を吸収する時期で、途中からは分析と現実の臨床を徹底的に照合する時期であったと言えるでしょう。
ただし私が精神分析理論に接して感じたのは、私には難しい理屈がよくわからないということだったのです。精神分析研究を読んでも、難しいことばかり書いてある。こんな理屈がわからないと分析を分かったことにはならないのだと自分をムチ打ったわけですが、私はフロイトの女性のエディプスコンプレックスの理論などになると、途端に訳が分からなくなってくるところがありました。一度は飲み込んだつもりでも体験にそぐわないからすぐ忘れてしまうのです。そこから私の長い精神分析を見極める旅が始まったのですが、それが結局17年間のアメリカ生活の最終目的でした。
私の精神分析理論とのかかわりはいろいろなところにすでに書いていますが、考えること、書くこととの関連で触れておきたいことがあります。
私はアメリカでの精神分析理論に触れてその難しさに根を挙げたくなりましたが、ふといくつかの素朴な疑問が浮かび上がり、それを文章にしてみることを考えました。それは簡単に言えば、「分析においては、治療者の自己開示にも治療的な意味がある場合があるのではないか?」ということと「精神分析には、恥の感情がほとんど扱われていない」ということでした。ごく自然な発想でしたが、私が分析を十分に理解していないのかとも思いました。しかし思い切って論文にして、精神分析研究に投稿してみました。1990年代の前半のことです。すると当時の分析研究の先生方はよほど寛大だったのか、それが原著論文として採用されたのです。治療者の自己開示、続治療者の自己開示、精神分析における恥、その続編、その続々編、精神分析における愛他性、解離性障害の分析的治療、その続編などの論文を私はそうやって発表することが出来ました。これはある意味では驚くべきことでした。その頃分析研究に投稿されている論文を私は全然理解できなかったと思いますが、それでも自分の論文が掲載されるというのは一体どういうことなのだろう?そうか、私は私の視点で精神分析と関わっていいのだ、ということを理解したのです。
当時私はアメリカで、自分の日本語アクセントの強い、ボキャブラリーの少ない英語でも精神科医としてやっていけるんだ、という体験を持ち始めていたので、私にとってはこの体験は同時に起きていたことになります。



2016年9月10日土曜日

1½ 章 ⑤

「不快の回避」を「快の追及」に変えるのは想像力である
  
ところで「すべての行為は快の追及と不快の回避の二つの要素からなる」という提言には、誤ってはいないものの、ちょっとしたトリックがある。それは「不快の回避」の一部はすでに、事実上快の追求と同じであるものも含まれるのだ。だからこの提言の一部はトートロジーだと言うわけである。少しフクザツだが少しお付き合いいただきたい。
 ある行為を行うということは、「その行為を行わないという行為を行わないこと」でもある。要するに、それを「我慢することを止める」ということだ。ウォーキングに出たくてウズウズしている人なら、予定した時間になるまでは、「すぐにでもウォーキングを始めたいのを我慢する」という不快な行動を続けていることになる。すると実際にウォーキングを始めることは、ウォーキングの「お預け状態」を中止することでもある。するとある行為にともなう快のリストには、その行為をしないことによる不快を回避すること、という項目は必然的に含まれることになる。それも結局は「不快の回避」の一つの形といえるのだ。
このように考えると、不快の回避にはグラデーションがあり、それ自身が不快な「不快の回避」から、しないではいられない、つまりそれ自身が不快ではない「不快の回避」までさまざまなものがある。しかも後者から前者への移行は、自然に、あるいは私たちの精神の力で、想像力で可能だからだ。私たちの想像力が、不快の回避から新たな快を生むことが出来る。それをちょっと奇をてらった言い方ではあるが「快の錬金術」と称したい。
わかりにくいのでもういちど整理しよう。
ウォーキングをすることの快、しないことによる不快の回避。両者は時々、区別がつかないほど似ることがある。ウォーキングをすごくしたい場合には我慢をすることが苦痛だから。これは当たり前でトートロジカルとも言える。(ウォーキングをしたい≒ウォーキングをしないではいられない)。でもウォーキングに気が進まないけれどやる、という場合にはいろいろあると言うことだ。そしてそこで決め手となるのが私たちの想像力だ。
たとえばウォーキングを嫌々ながらするのが、「しないと三日坊主といわれるから」、というのはどうだろう? ここにはウォーキングに関する積極的な快はあまり存在しない。ウォーキングをしても、そう宣言したことをやっている、というだけでそれ以上に積極的な評価を受けるわけではないのである。ただやらないと人から駄目人間と思われるというだけ。でも理論的な思考や想像力を働かせて最終的に選択するものだ。その想像を必要とするという意味では心の労働ともいえる。ウォーキングをしないことの苦痛は将来生じるのであり、今は困ることではない、でもよくよく考えると、やはりウォーキングをしないことはマズイ、だからウォーキングをするというわけだ。これは「不快な『不快の回避』」と呼ぶことができるだろう。「不快の回避」そのものがつらい、という意味だ。一方ウォーキングをしたくてたまらない場合は、「不快の回避」は決して不快ではない。むしろ望むところだ。こちらは「快楽的な『不快の回避』」である。ここに違いがある。
 しつこいようだが説明を追加しよう。わかりやすいタバコの例で。
タバコを吸い続けると癌になるとテレビでやっていた。でも今、この一本を吸う事で突然癌になるわけではない。ヤメたくないなあ。長年吸っていたんだし。でも止めると決めたし。これが不快な「不快の回避」。こちらは止めることのメリットが実感できず、しかし過去にすべきではないこと、長期的には不快であるから止めるべきと、自分で認定し、評価を下したことだからというそれだけの理由で回避する不快だ。ではこれを不快な「不快の回避」から、不快ではない「不快の回避」にするのはどうしたらいいだろうか? それは数日前に見た「タバコを吸うと癌になるぞ」というテレビの内容を思い出し、あるいはさっき吸ったタバコのタール成分が肺の細胞に突然変異を起こしたことをありありと想像することである。一種のイメージ療法である。これは実は副流煙を毛嫌いする人が皆自然と頭の中でやっていることなのだ。「今、となりの喫煙者の口から出て目の前を漂っているこの煙を吸い込むと、肺に入って、肺が黒くなって・・・・。オー、イヤダイヤダ。」もしそれを喫煙者自身がありありと実感したら、目の前に用意し、これから吸おうと思っていた一本をゴミ箱に捨てることは、鞭を持った人に追いかけられるときの気持ちと似て、特に苦痛を伴うわけではなく(恐怖はあるだろうが)、むしろ反射に近い行動になるのだ。
少し応用問題だ。「あなた、ウォーキングに行くんでしょう?」とカミさんに怒られてしぶしぶいく、という例はどうだろう?(ナサケナイ例だ。) おそらくカミさんとの関係性が重要になるだろう。ウォーキングを止めることのデメリットがあることを自分で想像し、しぶしぶやるのではなく、カミさんに脅されてウォーキングをするということになるのだ。そこに一種の「恐怖」が介在するために、自動的、反射的なものに近くなり、先ほどのスペクトラムでは左端からは一歩右にずれることになる。この一番右端の「不快の回避」は、もう義務感だけ。そのデメリット自体が実感を伴わない、記号化したものであることに注意すべきであろう。そして私はこの種の「不快の回避」こそが一番不快であろうと思う。「不快の回避」のメリットが実感される度合いにしたがって、この端から離れ、カミサンに起こられる、まさに「鞭を持て追われる」状態になるが、これは「快」にかなり近くなる可能性がある。なぜなら逃げおおせた場合には、恐怖から解放されるからだ。こうして不快の体験の際は、不快が払拭されること自体を切望するようになる。すると苦痛の終わりは、事実上「快」に変質するからだ。
ただしこの「不快の回避軸」上のどこにあるかという問題と、その時の不快の度合いは必ずしも一対一対応することは出来ない。タバコの例だと、「止めたと決めたから」というだけで喫煙できないことの苦痛(一番左端)は、「タバコは怖いから」(少し右側)よりは大きいだろう。でもたとえば修士論文を書くというのはどうだろう。まだ締め切りが先(左端)だとダラダラ書けるから、さほど苦痛ではない。しかし締め切りが近づくと、締め切りに遅れることの恐怖も実感されることになり、軸上の右に移動するわけだが、どんどん苦しくなってくる可能性がある。それは論文を書くスピードも速めなくてはならないからだ。私は個人的には、締め切りが迫って急いで仕上げなくてはならない論文を書いているときが一番の苦痛である。その苦しみを味わうくらいなら、早めに準備する。
 ただし切羽詰って書いているうちに、少し躁気味になり、ノッてくるということが起きると話は違う。今度はそれ自身が楽しくなるという人がいる。ここが人間の複雑なところだ。人間の行動は、突如としてそれそのものが快楽の源泉となったり、不快の源泉になったりする。