ラベル 不可知性 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 不可知性 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年4月9日土曜日

治療論 その2(改訂版) の続き

大きいフォントが読みやすいのはわかるが、やはりどう考えても内容からいえば出来るだけ小さいフォントで掲載したい。まったくたいしたことのない内容だからである


絶対読者を置いてきぼりにしているだろうなあ。どうでもいいテーマだろうなあ。マアいいか。不可知性というテーマでは、このブログで十数回続いたシリーズを組んだこともあるが、その中で2010年8月15日日曜日の「不可知性の7. 人を対象と見るか、モノと見るか? 」が今日のテーマに近いだろう。
人を理解するということは、その人が不可知であるということを少なくとも頭でわかるということと関係している。(どうして頭でわかるだけでいいのか?不可知である相手のことを心でわかることなど出来ないではないか!!)そしてもちろん自然も不可知である。誰が東日本大震災を予知してブログに書いたり、ツイッターで流したりしただろう?(これはもう確実なことである。これだけの人口がいて、あれだけの不幸をもたらす大惨事を誰も予知してツイッターで流すことがなかった。もし流していたら、このネット社会であるから確実にそのことが話題になったろうからだ。これほど自然は予知ができないのだ。人の予知能力はそんなもんである。)脱線気味だなあ。
かつて私の患者に、非常に言葉が丁寧な人(Aさん)がいた(半分はフィクション)。 その人の言葉はあまりに回りくどく、フォローするのが大変であり、時にはいらだたしさを感じたのである。そしてそれをAさんに伝えるべきかを考えていた。そして私はある時「もうちょっと普通の言葉で話していただけますか?丁寧語が多すぎて意味がよくわからないときがあるんですけれど。」といってみた。Aさんは一瞬驚いた様子で、「そうですか?先生が丁寧な言葉なので、私はもっと丁寧な言葉で話さなければ失礼だと思っていました。」と言った。
それからAさんの言葉つきはあまり代わらなかったが、私のほうにいらだたしさが若干消えたことを覚えている。私は治療がさらに進んで後に、その会話以来Aさんの丁寧な表現があまり気にならなくなったことを告げたことを覚えている。
よくある治療場面の一こまである。私は取り立てて治療者としてAさんの助けとなることはしていない。少し気の聞いた上司や友人ならそんなコメントをすることもあるかもしれない。ただAさんはおそらく私からは予想もしない形で私からの「丁寧な言葉使い」についてのコメントを聞いた。これは一種の直面化としての意味を持っていただろう。ただしそれは「自分は過剰に丁寧語を用いて、治療者に慇懃無礼な口のきき方をしていたのだ」という類のものではない。自分の言葉使いがそのような反応を及ぼすことがあるのだ、という現実なのである。彼の言葉使いが客観的に馬鹿丁寧なのか、慇懃無礼なのか、という問題とはまったく無関係ではないにしても、基本的には異なる問題だ。ただそのような反応を一人の人間(すなわち私)に生んだ、というただそれだけのことなのである。彼が将来他の人から同じような反応を受けるかはわからない。また私のほうも彼の丁寧な話し方に、何か私自身の問題でそのような反応をしていたのかもしれない。でも私の中のいらだちもまた私にとっての「現実」なのである。(そう、この場合は現実に治療者の反応、も含んで考えている。ヤヤこしい。)私は私の反応が正しいかどうかという判断とは別に、それを口にしてみた。そこからAさんとのこの件に関するやり取りがすこしだけあった。私は少なくとも彼の丁寧な言葉は、私の側の過剰な?丁寧さから来ている可能性を知り、またその後に彼の話し方に対する印象が変わった。そしてそれを彼に伝えた。私のほうの変化はどこから来たのか?わからない。彼のほうが実際に話し方を変えたのか?私のほうで、彼に話し方についてのコメントをしたことで一種の後ろめたさが残ったからか?それとも私の話し方の影響だったのだ、という説明に納得したのか? もちろんこれらの仮説は浮かぶが、本当のところは・・・・・・わからないのである。おそらくそれでいいし、そのまま先に進むしかない。ただ彼の中に私とのこの短いインターラクションが起こり、それにより彼自身の見え方がほんの少し変われば、それでいいのだろう。
ここで少し牽強付会的なことをいうならば、この種の現実を安全に提供できる状況に、おそらく治療者はあるだろう。それは治療関係性のなせる技である。Aさんの体験した現実は、実は自分の話し方についての反応、ということにはとどまらなかった。私がそれについて少し不満を口にし、しばらく後にそのことを撤回したこと。そういう人間と、関わったこと。それらはことごとく現実であり、それが一応は安全に体験されたということ。それはまったくどうでもいい体験としてAさんにほとんど何も残らなかったかもしれないし、結構インパクトを持っていたかもしれない。それを治療者はあまり決めることは出来ない。あえていえばAさんが私をどれだけ重要な人間と勘違いしていたか(転移を向けていたか)により決まってくるのであり、それを治療者側は基本的に操作できないのだ。ただそれを一定の枠組みの中で提供するということ。しかしそのくらいのことしか治療者は出来ないともいえるのである。(これで一応終わり。まったく改訂になっていない。新たにまとまりのない文章を付け加えるだけになってしまった。)

2010年9月28日火曜日

二者関係 その1. 人と関わるということ

 あれほど日本の政府関係者が「絶対謝らないぞ!」と言ったのだから、中国側からさぞかし反応があるのかと思いきや、そうでもないのだろうか?少なくとも私がチェックしているインターネット上のニュースには出てこない。その代わりに見つけた読売新聞(インターネット版)の記事。こんな風に言ってもらったとき「人に理解してもらえた」って感じるんだろうね。以下はその抜粋。
【ワシントン=小川聡】尖閣諸島沖の日本領海内で起きた中国漁船衝突事件をめぐり、日本政府による中国人船長釈放にもかかわらず強硬な主張をやめない中国に対し、米メディアで批判が広がっている。27日付のワシントン・ポスト紙は、「ますます威嚇的な中国に直面するアジア」と題する社説を掲載。事件について、「中国が国家主義的で領土に不満を抱えた独裁国家のままであることを世界に思い出させた」としたうえで、「中国は船長釈放後もさらに(日本に)謝罪を求めている。こうした振る舞いは、国際的なシステムに溶け込もうという気のある、節度ある国のものではない」と批判した。 ニューヨーク・タイムズ紙も同日付の記事で、米政府当局者が「日本は事態が手に負えなくなることを防ぐために重要なことを行った」が、「中国がこれ以上、何を欲しがっているのか、我々にはわからない」と、中国に不信感を示す様子を紹介した。

ところで二者関係というテーマでまだ改めて書いていなかったことに気がついた。ネット社会が人々の行動様式を変えてきていることは確かなのだろうが、非常に印象深いことがある。それは本当の意味での引きこもり状態というのは少ないということだ。私はネット社会が引きこもりを生んだとはまだ思ってはいないが、引きこもりが遷延する理由のひとつにはなっていると考えている。あるいは引きこもりの人たちの人生に何らかの意味を与えることに貢献している、というべきだろうか?

彼らは人とのかかわりを求めているのである。引きこもっていてもブログは持っている、という人も多い。RPGを通じてネット上の友達を持つ人もいる。直接対面するという形をとるか取らないかは別として、何らかの形で人とかかわりを持ちたい、という願望を持たない人のほうが少数派だろう。うつ状態が深刻になり、話す元気がなくなっても、それでも人は気心の知れた人と話したいという願望を残しているものだ。

二年前の秋葉原事件の犯人加藤智弘は、ネットこそが人生のすべてであるような言い方をしていたように記憶している。自分が何かを発信して、何かの反応を得たい。人嫌いでかかわりを持とうとしないひとでさえ、じぶんのメッセージを誰も聞いてくれないから、という理由でそうなっている可能性が大いにある。自分のメッセージに的確に反応をしてくれる人の存在なら、むしろありがたいのである。

精神療法の基本的な意義を考える際も、そのそのレベルにまで降りる必要があると思う。精神療法の世界では、「何が有効なのか what works?」という疑問に対する答えは依然として出ていない。最近はやりの観のある、関係理論relational theory などは、他人の関係、としか言いようがない、すなわち答えは見出せない、ということに関して開き直った答えを提示しているようだ。

この問題について、いかに精神療法の世界は遅れているか、と考えているよりも、いかにこの問題が複雑なのかを示していると考えるべきだ。人類は非常に具体的でデジタルな思考や解答が見出せることについては、すばらしい成果を遂げている。宇宙がどのようにできたのか、物質は何により構成されているか、などの問題についてこれまで想像もできなかったような詳細がわかりつつある。でも「精神療法はどうして有効なのか?(あるいは、本当に有効なのか?)」に結論が出ないということは、この分野がいまだに未開であり、無限の可能性を占めているということを意味する。この点が不可知論とも結びつくことはご理解いただけるだろう。不可知論が面白いのは、その可能性もまた無限だからだ。

2010年9月23日木曜日

不可知性 その12. 外交は不可知性の極致、二者関係はむしろ予則可能である

昨日は日中の問題で未熟なことを書いたような気がする。私は政治音痴なので、二つの国の間で生じうる事柄がそれこそ不可知性をはらんだ予想不能なプロセスを取るということがどうもピンときていない。しかし実際は、事態は非常に混沌としたものである。二国関係は二者関係と同じように、あるいはそれ以上に不可知的で、あす何が起きるかがわからない。つまりこの場合にはこうする、あの場合にはああする、というパターンがそもそも存在しないのであろう。 「粛々と処理する」のも「強硬路線を続ける」も、「柔軟に対応する」も、どれが正しい解決かは時と場合により異なり、唯一のポリシーなどないということか。私はあたかもそれを求めて昨日の文を書いていた気がする。

そんなことを考える記事を読んだ。(JBpress (日本ビジネスプレス) 尖閣問題で日中関係は再び冬の時代に戻るのか 中国が犯した2つの誤算~中国株式会社の研究~その76)  http://clip.livedoor.com/page/http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/4477

著者はあくまで現実に根をおろしたリアリストである。リアリストにしか書けない内容が随所に見られる。著者の主張によると、内政と外交は表裏一体であり、政治家が外国に向かって発言する内容は、国民にどのような反応を及ぼすかによりほぼ決まってくるという。つまり「日本は船長を無条件で即座に解放せよ」とは、「そのとおりだ!」という国民の声を反映している。その点政治家の発言は極めて計算され尽くしたものでなければならない。つまり中国のメガネをかけた女性報道官に腹を立てても仕方がない、ということか。

政治の世界ではさらに複雑な事情がある。それはリーダーの発言が、逆にある種のムードや世論を引き起こしたり、予想もしないような運動を引き起こしたりするということである。中国のリーダーたちが一番気にしているのは、反日運動を煽った際に起こる運動が、容易に反政府運動に転化するということだ。だから彼らはアクセルとブレーキを同時に踏むような芸当を行っていることになる。あるいは半年前の私たちが経験したのは、「沖縄の人は、米軍の基地の存続についてどう思いますか?」という(余計な?)問いかけにより「絶対に容認できません」という世論を形成してしまったということであろう。
それにしてもつくづく思うのは、政治にしても経済にしても、私たちは不可地の渦の中で生きているのだ。その中でどのようにポリシーをもち、それを守っていくのかの見当が付きにくい。

それに比べて私は対人関係ははるかに予想可能であるという気がする。これは極端に聞こえるかも知れないが、決してそうではない。二国間の関係と二者関係は、前者が次元が高い、というかそこに絡む変数の数は計り知れないほどに多い。それに比べて二者関係は不可知性をはらむと同時に予想可能性も存在する。少なくとも私にとってはそうである。それは例の win-win の原則である。この原則に従えば、大概うまくいく。それが最大の予測可能性である。

Win-win 則とはつまり、常に他者の利益と自分の利益が同時に得られる道を模索せよ、ということだ。念のため。この原則が正しく作動するためには、常に他人の利益を優先している、というくらいの自覚でちょうどいい。それは人間はことごとく我田引水の傾向を持つからだ。無私でいよう、と思っていてようやく利己的な面が若干抑えられる、という感じだろうか。
もちろんwin-win は容易ではない。しかしそれに従おうとする(従う、というのは実は無理だ。そのつもりになっているだけで上等だろう)ことで気持ちは平穏になる。それは少なくとも対人関係において自分から荒波に漕ぎ出してはいないという安心感をあたえる。またこの原則は自分のしたいことを犠牲にする必要はないということをしめしてくれているのだ。他人にXの量を与えたら、自分にもXを与えていいのである。
もちろんwin-win が上手くいかないことはいくらでもある。人は思わぬところで誤解を受け、恨みを買い、人を傷つけてしまう。しかしWin-winに従うことは、それらの危険をかなり回避することに役に立つ。
もちろんこの原則を生来身につけているとしか思えない人もいる。そのような人にはこのような原則は必要ないだろう。つい自分のことばかりに目が行く私のような人間には特に肝に銘じておくべき原則ということかも知れない。

2010年8月24日火曜日

怒らないこと その2. 龍馬の話に戻るまで

昨日の続きである。ちょっと長くなったが。

この世に強者、弱者は常にある。社会的な地位や性別や年齢に大きく左右はされるが、一応はそれとは独立した形で存在し、人の間に序列を生む。どこかに明記されているわけではなくても、社会の中で人はそれを感じ、推し量ろうとしている。時々顕著に表れることがある。エレベーターに乗ったり降りたり、記念写真を撮るときの立ち位置を決めたり、飲み会で座る場所を決めたりする時に必ず出てくる。オフィスの大きさ、窓への近さ、などにも出てくる。これは観察していて面白いくらいだ。

もちろん動物界ではもっとはっきりしている。猿山などを見ているとわかる。こちらの方は力関係が一目瞭然となる。ボス猿以下はっきりとした序列がある。日本の政治家を猿山に入れたらどうなるか? いわゆるαメール(ボス猿)にはだれがなるだろう?時の総理大臣か?それともやはり小沢さんがなるんだろうか?ボズざるの黒幕なんていないからな。いやその後ろに中曽根さんあたりが控えているかもしれない。長老というわけだ。でも長老がぼんやりしていると、若手のサルが雌にちょっかいを出す、ということもあるが、それは人間社会でも同じだろう。

しかし人間の場合は少し複雑だ。能力にはいろいろ種類がある。だから時と場合により誰が強いかは入れ替わる。常に強者、という人はむしろ少ない。

たとえば政治家を集め囲碁の大会をやったら、とたんに与謝野馨さんあたりが大ボスになり、小沢さんは裏工作が効かなくなって与謝野さんに頭が上がらなくなってしまうとか。(まてよ、確か最後の対局では小沢氏が勝ったんだっけ?)強者か弱者かは、ほんのちょっとしたことでも揺れ動く。昨日まで威張っていた派閥の長が、ちょっと週刊誌にたたかれただけで、それまでの「強度」が何ポイントも下がってしまったりする。
夫婦の関係だって、日常生活では奥さんのほうが強者で、ご主人は奥さんの顔色をいつもうかがっていても、実は金の出し入れに関しては主人が完全に支配していて、奥さんは何も言えない、ということもある。
しかし状況や関係性によっては、前提的な強者、弱者が決まってしまうのが問題だ。職場や学校、親子の関係などでは、強者、弱者の関係が絶対的になり、一方が他方を抵抗が出来ないくらいねじ伏せてしまえることがある。するとその関係は最近よくいわれる「対人関係上の外傷」、つまり虐待とかネグレクトとかパワハラ、セクハラなどが起きる素地となるのである。

このように強者と弱者の関係というテーマは、実は外傷の問題、搾取の問題と密接なのだ。そして外傷が人間関係のいたるところで起き、それを生みだすような強者、弱者の関係は、それこそ人間関係の細部にいたるまで網の目のように張り巡らされている。
動物の世界でもそうである。というより、動物ほどシビアに強者弱者の関係で動いているものはない。先ほどはサル社会を例に出したが、強者、弱者の関係性の中で生き残ったのが、いま地球上にいる生物だと考えればいい。(うちの犬のチビだって私のことが怖いくせに、カミさんのほうが私より強者であることを知っていて、私が怖い顔をすると、すぐ彼女の陰に隠れるのである。悔しい。そのくせカミさんが留守のときは急に態度を変えて尻尾を振ってくるのだ。)人間は洗練されているようでいて、実はこの他者との力関係にものすごく敏感であることは変わりない。よく「空気を読む、読まない」というが、読むべき一番のものは、この他者との微妙な力関係であろう。

私が「怒るべからず」、と言う時、それは怒ることが、現実の持つ不可知性を無視し、相手を白か黒かで決めつけるという傾向に基づいているからだ。そしてそれはたいていは、自分が恥をかかされて、自己愛を傷つけられたことの反応として生じるのである。
しかしこの理不尽な怒りは、自分や仲間を理不尽にいじめてくるような強者に対しては、むしろ積極的に向けなくてはならない。それは強者からのいじめやハラスメントから自分や仲間を守るためには、必要なものなのだ。そのときは相手の事情とか、相手への共感はむしろ邪魔になる。相手と戦う際は、不可知論は無意味であり、それに基づく「怒るなかれ」はかえって身を危険にさらしてしまう。強者と戦う際はむしろ善か無か、白か黒かの悉無律的な原則によらなくてはならない。だってそうではないか。自分を襲ってくるライオンにライフルを向けて引き金を引こうとしている瞬間に、「でもライオンも撃たれたら痛いだろう」などと思っている間に、ガブリ、とやられてしまうからだ。

そこで龍馬の話にようやく戻る。限りなくやさしい彼は、しかし自分より強い存在には常に戦いを挑む。あるいは弱者でも、それが自分よりさらに弱いだれかをいじめている場合には彼は黙ってはいないだろう。強い相手に怒るのは、大抵が勇気ある行為だ。それは自分や仲間の身を守る行為であるし、身を挺しても仲間さえも救おうとするその「余剰」の部分だけ、愛他的である、ともいえる。(ただしそれを愛他性と呼ぶなら、人間より下等なはずの動物の世界は、その愛他性に満ち溢れている。子孫や仲間のために親が自分を犠牲にするという行動はむしろスタンダードでさえある。)

強い相手に対する怒りは、わが身や仲間を守ろうとする、おそらく唯一の正当な怒りといっていい。怒りそのものはあいかわらず理不尽なものであるが、それでも正当なものである。正当なる理不尽さ。平和主義者のように描かれている龍馬は、権力には常に牙をむく。その時は彼の平等主義や価値の相対性や不可知論的な世界観は停止し、スプリッティングの権化となって、戦いに命を懸けるというわけだ。
こうして昨日の最初のテーマに戻る。「怒らないことと、戦うことは矛盾しない。」

ちなみに龍馬伝に描かれている人物像を見て面白いのは、限りなく優しい龍馬が、むしろその分だけ、権力と言う名の強者に対して挑戦的であるということだ。あるいは逆かもしれない。戦う相手を知っていると、守るべき相手には優しくなれるということか。
あのわかりやすい素人受けのする龍馬伝を見て、結構ハマってこんなことを書き連ねている私も、かなりミーハーだと思う。でもそれにしてもやはりフクヤマは許せない気がする。

2010年8月22日日曜日

不可知性 その12. 臨床で語る言葉

昨日、今日と昼間だけ外出の機会があったが、うーん暑い。ここに最初に書くことがいつも天気になってしまう。このところスイカバー(ゼミの●●クン、キミがおなかをこわしたやつだ)がおいしい。
昨日、おとといとブログを書くのをさぼったつもりだったが、何やらフランスのことについて書いてある。どうも覚えがないが内容は正確だ。ちょっと解離していたのかもしれない。
私が書いていたのは、不可知性のことであった。以下の内容はすでにどこかに書いた記憶があり、一部は繰り返しになるが、もう少し広げてみようと思う。
私は毎日患者さんと対面しているわけであるが、彼らがある種の問題を抱えてそれを話してくれるのに対し、私がある種の応答をする、という作業である。アドバイスとかコメントという形になることも多い。そのとき私はたいていはこんなことを考えている。「この患者さんはまだ聞いたことのないようなコメントやアドバイスを待っているんだろうな。」プロとしては彼らにとっては予想しなかったような言葉をかけたいと思うのだ。

だからといって奇をてらうつもりはない。患者さんの体験を聞いて共感し、「それは大変でしたね。」という言葉が自然と出るならば、患者さんが過去に何度も繰り返し聞いた言葉であっても、それはいいのである。でも曲がりなりにもプロとして、この仕事をしている以上、その患者さんの耳にすでにタコができているような言葉を繰り返したくない。患者さんの多くは、治療者の前に座るまでに、たいていは多くの人の同じような、あるいは矛盾する意見を聞かされ、小言を言われてきている。それらを聞く用意がなかったり、あるいは効果がなかったから患者さんは最終的に治療者の前にいる結果になったのだ。

患者さんがほかの医者を転々としてきた場合には、ほかの医者が投げかけたであろう言葉を予想し、それを除外しなくてはならない。それに失敗した時は、患者さんたちが教えてくれる。「またか。」という失望した表情。特に思春期の患者さんなど、あからさまにこういう。「なによ、それじゃ先生もほかのヤブ医者と一緒じゃない。」こうなったらもう勝負ありである。

患者さんたちに、これまで一番傷つけられた言葉を聞いてみると、「しっかりしなさい。」「甘えてるんじゃないわよ。」「気のせいよ。」「あなたの世話をする身にもなってよ」などであるという。しかしこれらの言葉は、本当に誰にでも言われそうな当たり前の言葉であることに気がつく。私たちが身近で体調を崩し、仕事や学校を休んだりすると家族から投げかけられる言葉。本当に単純で、自然で、そして表面的な言葉。患者さん自身だって負けずにほかの人に言っている言葉である。もちろん私も家族には言っているし、自分自身に一番言っていたりする。たいていの場合、これらを言われた本人は、「そうかなあ」とか「やはり自分に甘かったのかもしれないのかな。」「気合いがたりないんだ。」とか言いながら気を取り直す。その調子の悪さも忘れる。

私はこのことをある文章に「甘えロジック」と名前を付けて論じた(「学術通信」 2009年春号 岩崎学術出版社」。少し調子を崩したり、やる気をそがれた人に「甘い!」と喝を入れることで調子を取り戻させる。甘えロジックは、たいていの場合に効果を発揮する。しかしそれがきかなくなるのが、精神的な病気の始まりであり、特徴なのだ。さんざん「甘えだ」と言われ、自分にも言い聞かせ、ますます具合の悪さをこじらせていくのである。「何かがおかしい。」「いつもの『調子が悪い』とは違う!」と気がつく。それでも「甘えだ!」と言い募ってくる人に、「甘えだと思って自分でも頑張ったけれど、だめだったんだよ!そこをどうしてわかってくれないの!」と絶望的な気持ちになり、同時に深く傷つく。そしてある種の専門家、もう少し深く事情を分かってくれそうな人の意見を必要と感じるのである。

目の前の治療者は患者さんの訴えを聞いて、「どうしたんだ?いつものあなたらしくない」「あなたが休んだらみんな困るんだよ。ガンバりなよ。」とは言わない。話を聞いてくれる。これはおそらく患者にとっては予想外のことである。自分に起きている未知のこと。甘えロジックでは解決しない何かについて一緒に付き合って探ってくれそうだとわかる。「みんな分かってくれなかったんだね・・・・。」と言われて不意を打たれた気持ちになるかもしれない。

さてこの患者さんに対面している治療者。最初の原則に従い、患者さんがこれまでかけられたであろう、そして自分が軽い気持ちでかけそうになる言葉を飲み込んでいる。かけそうになる言葉とは、その患者さんの状態を手っ取り早く断定し、決めつけ、形を与えて安心したいという言葉なのだ。それを抑えて患者さんとともに不可知の海を漂う。患者さんが聞き飽きた言葉以外の言葉をかけよう、という試みは、一緒に聴き続けるということにもなるのだろう。(どうにもまとめようのない終わり方だ。)

2010年8月18日水曜日

不可知性 その10. 不可知性は快楽とも関係している

このブログをやっていると、使い方を覚えると、少しずつこのブログが「ひとなみ」に見えてくるのが、面白いといえば面白い。昨日は内容をトピックごとに分ける、ということが出来るようになった。なれている人には当たり前のことかもしれないが。

一昨日このブログで、「私たちは不可知性に耐性ができている」、と言ったが、もう少し言えば、不可知性を求め、あるいは楽しんでいるところがある。不可知性、というとネガティブな響きがあるが、「新奇性 novelty 」という言葉に言い換えるのなら、心理のタームに出来るので皆さんもご存知だろう。「新奇好性 novelty seeking」 、となるとこれは、パーソナリティの一つのディメンションを意味する。このシンキコーセイは、結構重要なのだ。対人恐怖の視線からは。健常者(すなわち対人恐怖でない人)特徴なのは、新しいものに、あまり抵抗なく、スーッと近づいていく人たちなのだ。「隠れ対人恐怖」の私としては、新しいものに対しては、まず「怖い」、というほうが先に立ち、次に「でも面白い」、となる。心の中で起きる反応としては、この順番だ。さて、不可知性を求めている、ということは要するに世界が全部は分かっていない、知らないことや新しいがいつ起きるかわからない、という状況が、多くの私たちにとって快感でもあるということだ。私たちがそれに興味を持つだけでなく、それを実際に追い求めるところがある。私たちがある体験を快楽と感じるとき、過去に快感を引き起こした体験だけでは十分でない。今展開していることがどうなっていくか本当のところはわからない、という新奇性が、その快感を増す、ということになる。このことは凄く当たり前のことかもしれないが、指摘された時になるほどと思った。ただしこの新奇好性、つまり新奇なものを快感と感じる傾向が発揮されるためには、条件がある。まずは不安が大きくないこと。新しいことは当然不安をも呼び起こす。社交不安の人が新しいことにしり込みするのは、この不安の方が快感よりも勝ってしまうからだ。もう一つは、心のエネルギーに十分な余力があること、言葉を代えれば鬱でないこと。鬱でないことは、新しいことが快感中枢を興奮させる上でのかなり重要な条件なのだ。欝の苦しさの一つは、新しいことが持っている快楽的な側面がそぎ落とされて、不安しか起こさないからである。新しいこと、知らないことは不安の源泉以外の何ものでもなくなってしまうのである。新奇好性のある私たちは、この現実に生きていて、予想していなかったこと、たとえば世界各地で起きている様々な災害や事件などを結構楽しんでいることになる。あるいはそれらにより好奇心を満たされることで生きているというところがあるのだろう。考え方によっては非常に不謹慎な話だ。たとえば、インターネットのニュースの見出しで「アメリカのカンザス州で竜巻が起きて沢山の家が飛ばされた」などというニュースを見ると、私は「ふーん」とか言って若干興味をそそられて「詳細を読む」をクリックする。数年前まで実際にカンザス州に住んでいたころは、身の危険を感じておびえなくてはならないようなこのニュースも、わが身から遠ざかれば、興味深い(面白い、とは言っていない)出来事として退屈さを紛らわせるようなものになってしまう。読み直してみて、何かテーマに沿っているようでずれているような気がするな。まあいいか。ここら辺にこだわっていると本当に何も書けなくなる。

明日のテーマ: 不可知性を意識すると、人の悪口は言えても、批判ができなくなる

(宇宙人の悪口は言えても論駁できない。)

2010年8月17日火曜日

不可知性 その9 自分を不可知と信じることで、創造性が増す(かも)。

ブロク読者の方からのコメントに、自分自身に関する不可知性というテーマがあった。大事な問題である。もちろん人間は自然の一部であるから、複雑系に属し、したがって不可知なのだが、問題は「自分がそれを知っているのか」である。
私は自分を不可知と知るというのは一種の才能かもしれないと考えている。そうすることで、自分が不可知性をはらんでいることを逆手にとり、創造性として発揮させることも可能かもしれないと思う。生産性、創造性に結び付かない不可知性とは、いつ間違いを犯すか予想不能、いつ自分の決心が覆るかが不可知、ということでなんの面白みもない。

そう考えると、将来どのように変わっていくかが非常に不可知的で、またそこに大きな可能性と創造性をはらんでいるのが、幼年期ということになる。幼児とは何しろ幹細胞のような存在なのだ。具体的にいえば、彼らの脳にはまだプルーニング(剪定)される前の膨大な神経細胞間のコネクションが存在する。彼らの脳の中でどのような構築が行われるかは、まさに与えられた刺激に依存する。

だからタイムカプセルにのってクロマニオン人の幼児を現代に連れてきて、大阪の幼稚園に入れたら、半年でコテコテの大阪弁をしゃべる浪速っ子になるだろう。(大阪の子供、というところに、他意なし。)間違ってクロマニオン人のおじさんを連れてきて、オジサン社会に入れたら・・・・・。「アリガトウ」「オナカガスイタ」「ネーチャン」くらいは片言で言えるようになるかもしれないが、一生クロマニオン人のオジサンとして終わるはずだ。

不可知性といえば、このブログ。何しろ私は4月までは「更新は嫌いだ」と言って、月一度の更新がやっとだったのだ。しかしIBMのホームページビルダーを見放して、グーグルのブログのツールを遊びで使い出してから、自分でも予想外の「毎日更新」が続いている。私自身こうなることは知らなかったのである。今では結構日記がわりになっているではないか。これも私にとっては不可知である。ただしこの私の例は、「いかに私が不可知的か」、というよりは「いかにイーカゲンで行き当たりばったりか」という証明になってしまったようである。

ここでイチローの例を挙げたい。(行き当たりばったりだなあ。)

精神科医の目からは、彼がアスペルガーの傾向があるかどうかは極めて興味深いことだ。確か去年のNHKの新春の「プロフェッショナル仕事の流儀」でイチローの特集を放映した時は、録画までしてみた。その結果私なりの結論は出たが、まあそれについては、言葉を濁しておきたい。彼が7年間、自宅で昼食をとるときは、奥さんの作ったカレーばかりという有名な話からもわかる通り、彼はかなり徹底して自分の生活を決まりどおり、あくまでも予想可能な形で構成していくというところがある。一番不可知性をきらい、またそれから遠い存在の人という感じなのだ。ただしではイチローはどうしてカレーなのか、とか、どうして何年間もあの黒バットを使い続けているのか、というところになると、それがかなり行き当たりばったりでそうなったらしい。そこのところが不可知的なのだ。バットなど「持ってみたら、ぴんときた」とか言って、それだけで延々使い続けているのだ。(あのバットの職人さんも気が気じゃないだろう。)

イチローの話で一番ブッ飛んだのは、最近バッターボックスで立つ位置をホームベースから一気に下げてみた、という話だ。バッターにとって、どこに足を置くか、バットのどこのあたりを握るかなどはそれこそこだわりぬいておかしくないであろうが、それをイチローは、ある日ふとしたきっかけ、それもよくわからないきっかけで変えてしまったという。それは野球など素人の奥さんに「少し遠くに立ってみたら?」という一言を言われた、それだけだったという。これまで延々と続けたことが、それほど予測不可能な出来事により、突然方向性を変える。そしてそれがおそらく彼がタダの強迫神経症とは違う点なのだろう。そしてそれがイチローが一見規則でがんじがらめの生活に不可知性を取り込んでいるやり方なのである。(続く、かも。)

2010年8月16日月曜日

不可知性 その8. おそらく人間は不可知性に耐性がある

昨日書いたことは間違い。やはり体は暑さには慣れていなかった。今日はアツい。

変なことを言うようだが …・・。不可知性について何回か、わかった風なことを書いているが、人は世の中の出来事が予測不可能で、現実は不可知であるということを、ある意味では体で学び、よく知っていて、うまく適応しているのではないだろうか? 

こんなことを改めて書いている私がむしろそのことをことさら疑問に思っているだけかもしれない。

最近私たち一家が家族ぐるみで付き合っていた家族に、異変が起きた・・・・ということは確かここでも書いたと思う。そこのアメリカ人のお父さんは単身赴任中だったが、50歳と少しという歳で、いきなり離婚を通告し、若い(多分)女性(こちらも多分)と一緒になってしまったという話だ。夫に去られた日本人のA子さんはそれがあまりに予測外のことで、しばらくはボー然としていたという。何しろ明らかな浮気の兆候も見抜けなかった、というよりそもそもそのような発想がなかったという。

この出来事は彼女の人生観をおそらくかなりの程度変えてしまうのであろうが、それでも彼女は毎日仕事に通い、子どもにメールを送り、夜はいつもの番組を見て、という生活を続けている。しかし他方では、20年以上連れ添った、おそらくある意味ではその振る舞いや考え方の隅々までよく知っていたであろう夫に裏切られているのである。それこそよく知っているはずの人間が、ある日宇宙人以上にわからない存在になってしまったのに、それでもこれまでの生活を続けている。

Aさんは精神的な健康度が非常に高い人であるから、重大な精神の異常をきたすことはないと思うが、人によってはこの出来事の予想外の度合いが大きすぎた場合に、それがある種のトラウマとして体験され、時には社会生活に支障をきたすまでになってしまう。しかし逆にいえば、それに至らない程度の予想不可能さは、もう人生に満ち溢れていて、将来の不可知性に対する耐性を大部分の私達は備えているのではないだろうか?だって相当予想外のことが毎日起きているのである。

例えば…・どんなことでもいいけれど、世界的に有名なプロゴルファーが、ある日突然ものすごいスキャンダルに巻き込まれ、愛人が1ダース以上出てきて次々と証言し、そのせいか彼は大スランプに陥ってしまうのである。またある国で野党の位置にずっとあった政党が急に与党になってしまい、選ばれた首相が最初はまともに見えて人気の絶頂にあったのに、どんどん失言を繰り返して最後には無能な宇宙人呼ばわりをされて辞任してしまうのだ。あるいは相撲界の暴れん坊が、優勝したかと思ったら、暴行事件を起こしてもう相撲界から追い出されている・・・。

これらのうちどれを一年前の私達が想像しただろう?それでも私達は平気で毎日を送っている。予想外のことが予想通り起きている、ということか。だからこそスポーツ新聞にも毎日何本かの見出しが登場し、週刊●春の中吊り広告に載せる見出しにも困らないのである。(予想外の出来事がパタッと起きなくなったら本当に困るだろう。週刊誌の中吊りに、あまりニュース性のないこと、たとえば名前を聞いても全然ピンとこない三流俳優が休業宣言をした、とかあまり知られない三流の会社が経営危機に瀕しているとか…。それでは誰も最新号を買わなくなってしまうだろう。)

このように考えると、予想不可能性は実は私達が生活をしていく上で適度の刺激を提供しているといってもいいのかもしれないし、予想外のことについてはあまり考えないようにしていることで、私たちは予測不可能生をやり過ごしているというところがある。何しろ私だってUFOの目撃者の話をテレビでやっているのを見ると、「宇宙人はいるのかも知れないな。」などと真剣に考えるが、次の番組になったらそんなことはすっかり忘れてしまうのである。

2010年8月15日日曜日

不可知性の7. 人を対象と見るか、モノと見るか?

今日は久しぶりに日中買い物に出かけたが、暑さのピークは過ぎているのではないかと感じた。そしてあとで知ったのは、久しぶりに今日東京は真夏日であったということ。やはり暑さに慣れてきた、ということなのかも知れない。
昨日の宇宙人の話、精神分析的にはこんなふうにつながっていく。

まず人間が生まれたとき、母親はまだモノにしか見えない。乳房はオッパイの出るものでしかなく、赤ちゃんは噛み付いたとしてもお母さんが痛がることなど心配しない。(ただし幸運にも赤ちゃんには最初は歯が生えていない。Thank God!)ところがそのうち母親は「対象」になる。自分と同じ、痛みを持った人に見えてくるというわけだ。(精神分析では、対象とはヒトの事を意味する。)

さて分析的(少なくとも伝統的な意味での)でいう対象とは、なんといっても「内的対象」なのだ。つまり心に抱いた相手のイメージ、自分が想像している相手なのである。実際の母ではなく、瞼の母、と言ってもいいかも知れない。よくよく考えると、私たちは相手を人間として見ている時、必ずと言っていいほど「内的対象」として扱っている。Aさんと付き合う、とは自分が「Aさんとはこんな人だ」と信じているイメージと付き合っているというわけである。そしてAさんに腹を立てたり、優しくなれたりするのは、全部Aさんのイメージを心のなかで(自分勝手に!)作り上げているからだ。

営業担当が「馬鹿者、なぜもっと外回りの数を増やせないんだ、ナマケてるんじゃないか!」と上司に叱られる時、上司は「こいつは手を抜いて楽してたんだろう。どうせどっかの喫茶店でアイスコーヒーでも飲んで時間を潰してたんじゃないのか?」というイメージをいだいて、カーッとなるのである。

考えれば、相手に共感する、相手を理解すると普通考える時は、相手を「対象」としてみるということである。相手に対するイメージを自分の心のなかに作り、わかったつもりになるということだ。しかしそれで本当にわかったことになるのだろうか?精神分析では、それより先の「あいてをわかる」を考える。それは「相手がわからない」つまり自分の想像を超えている存在であるというレベルでの「わかる」ことである。 

ここまでのプロセスを整理すると、相手をモノと見ることから「対象」とみることに移り、そこから再び「モノ=宇宙人」に見ることへと至るというプロセスが考えられるということだ。

相手を分からない存在として分かるというのはどういう事か?これは私たちの生活の中では結構難しい芸当であることがわかる。突然飛来したUFOから降りてきた宇宙人に、ニコニコ近づいて「こんにちは」と握手を求めるくらいに難しいかも知れない。現実には、自分には想像ができない、気が知れない、とんでもないと思われる他者を撃退したり無視したりすることなく、それを認め、その声に耳を傾けることである。

このプロセスは例えば子供の旅立ち、治療の終結、弟子の独立などの際にも生じる。親からの教えやメッセージを「もうたくさん」と感じて子供は出て行く。子供が生き始めている世界は、普通は親の想像をすでに遥かに超えている。その子供を親は想像できない。自分を超えた世界にいる子供を理解出来ないのがそもそも当たり前なのだ。その子供を快く送り出す親の心情、と言ってもいいかも知れない。

2010年8月14日土曜日

不可知性について その6. 他人を宇宙人として見る

このところ連日テレビ(私の場合はNHK)で戦争関連の番組を放映しているが、戦争体験者がますます高齢化し、そのうち日本では戦争を誰も体験した人がない時代が来る、というのは大変なことだと思う。しかしそういう私も戦後の生まれなのだが。
ここ数日気になるのが、政治記者影山氏の自死のニュースをNHKが報道せずに終わってしまいそうなこと。(ネット的にはそうなっている。私もNHKでは見たことない。) 失敗学的には当たり前のことだ。つまりあらゆる組織が、それぞれやましい側面を持ち、それを糊塗しようとするし、公明正大な組織は実際には存在しえないわけだが、それにしてもやはりがっかり。毎日NHKを見るという習慣を支えるためには、「今のNHKはこれまでと違う」というあまり根拠のない考えが必要なのだが、ますます根拠がないことを思い知らされてしまう。
さて不可知性と対人関係との関連ということであった。私は「他人は宇宙人だ」と思うようになってからずっと対人関係が良好になっている。宇宙人だと思うから、あまりに非常識だったり、予測と違う行動をとっても、特に腹が立たない。というより常識、非常識ということがそもそもわからなくなってきた。腹が立たないのは、そのせいもあるかもしれない。対人関係を悪くする最大唯一の秘訣。それは相手を責めることである。そして相手を責める最大唯一の理由は、相手が自分と同じような心の働きをすることを想定し、余計な期待を持つことである。

先日紹介したタケシのエッセイ(北野武 ニッポンの問題点を語る(上))「電車の中の化粧なんて、酔っぱらいの立ち小便と同じ」というのが面白かった。これなどは、拍手喝采を送りたいところだ。こればかりはなぜか腹が立って仕様がないわけだが、いざ「電車の中で化粧をすることって、本当に非常識なのか?」と問い始めると、本当にわからなくなる。すると結局「他人に迷惑をかけていないならマアいっか?」となる。もちろん心情的には「人前での化粧なんて、ありえない。何考えてんだ、こいつ」と思っている。でも他の人の脳の中で起きていることは基本的にはわからない。だって宇宙人だからだ、と考えることで我慢できる。

しかし他人を宇宙人としてみる、ということにはもちろん副作用がある。それは他人をある意味で見放して、精神的に孤立することを意味する。誰かと精神的に結びつく、ということは、宇宙人として見られないということ、相手の反応に喜んだり落胆したりすることだ。でも「他人を宇宙人と見すぎないようにしなくてはならない。」という警告は必要ない。すべての他人を宇宙人として見れないのが、そもそも人間だからだ。

2010年8月13日金曜日

不可知性について その5  不可知性と対人関係

思わせぶりの台風も温帯低気圧になって太平洋に去ってしまった。と、まるで台風を擬人化しているが、考えてみれば、北米を襲うハリケーンなどは、ひとつひとつにファーストネームがついている。
ハリケーン・アンドリューとか、ハリケーン・カトリーナとか。昔の人は「くそ、アンドリューのせいで、今年のとうもろこしの収穫は台無しだ!」などと言っていたのかもしれない。台風も同じようにしたりして。するとおかしな話になる。

ニュースで「思わせぶりに日本を撫で回すようにしていたアケミがとうとう行ってしまった。」
天気の話だかなんだかわからない。

たけしの話題から、不可知に戻る。

「交通事故起こして以来、残り時間なんて全然考えないね。今日、もし余命1カ月と言われても、そのまま仕事やって生きる自信あるね。若いころからなぜか、63歳くらいでくたばるかと思ってて、その年になったけど、ここんとこ仕事の調子がいいんで、下手するとあと10年くらい生きちゃうかな」

たけしはこれを例の交通事故から起きた人生観の変化と説明しているが、実際に死に近い体験により、死への恐怖が軽減し、それが異なる人生観へと導いたという例は多い。思うに死への恐怖は、それが強い人々がより長く生きながらえてきたという事実があるのだろう。適者生存というわけだ。死を恐れる集団と、死をも恐れぬ向こう見ずの集団を考えた場合、10年後の生存率には明らかな差がでてくるはずだ。それはある種の、死を恐れるという性質は、脳に組み込まれたプログラムであり、臨死体験は、それを外してしまうのかもしれない。そしてそれによりたけしも自分にとってそれまで大いなる未知道であり、不可知であったものに備えることに汲々としなくなったのだろう。不可知(の究極である死)を垣間見た → 不可知であることの恐怖が軽減した → 人生(いい意味で?)ドーデモよくなった、ということか。

実は不可知性を受け入れることで一番大きな意味を持つと思うのは、対人関係だが、これは明日。(続く)

2010年8月10日火曜日

不可知について その4.不可知性と人生

森元首相のご子息。うーん。コメントのしようもありませんね・・・・。息子に父親の後を継がせるという目論見が、これほどまでにうまくいかないこともあるのだ、という例のような気がします。むしろ父親の方の責任ではないでしょうか?

ともかくも、不可知性というテーマで書いて今日で4回目であるが、どうも断片的にしか伝えられていないと思うのは、やはり私がこのテーマについて感覚的にしか理解していないからだろうか。しかしこの考え方は何らかの形で自分の役にたっているのも確かなのだ。というよりも、モノの見方を根本的に変えてくれた気がする。
基本的に私は臨床家であるので、実際に心の問題に役に立たないものには、個人的に興味がわかない。ノンフィクションには没入できても、小説にはできないというのと似ている。この世が不可知である、という認識は実生活にとって有効である必要があるということだ。
現実は不可知であるという認識が私達の生に意味を持つとすれば、それが死生観にかかわっている部分だろう。私たちはいつ死ぬかわからない、ということを根本的なレベルで受け入れておくこと(もちろんそれができたら、であるが)で、私たちの人生の各瞬間はより豊かなものに出来る可能性が生まれる。それは「今日は生きていられる」と言うことが満足感を与えてくれるからである。
不可知の反対は、可知だろうか?つまり将来のことがすっかりわかっていると言うこと。あるいは物事には理由があり、それを突き止めることで自分や他人の将来を変えられる、という考え方だろうか? しかし不可知の反対としての可知に、たとえば「自分が死ぬ予定」は決して含まれないはずである。もし含まれているとしたら、「自分は○月×日に~の事情で死ぬ」ということを知っていることになるが、その時まで生き続ける絶対的な保障などなにもない。

結局不可知の反対は、「何も考えない」「将来のことについては考えを先送りする」ということになるだろう。でもそういう人たちは、一見気楽なようで、実は周囲の人たちにとっては一番厄介なのである。なぜなら彼らは「何も考えていない」はずなのに、自分の人生に過剰な期待やないものねだりをし、それがかなわないとどんなに自分が不幸かについて嘆くのである。「何も考えない」人は運命を受け入れることが得意ではない。あきらめる、受け入れる代わりに自分の「不運」を託つことになる。

人間は年をとるに従って、さまざまな意味で死に近づいていく。持病がどんどん増えていくし、一昔に出来たことが、ひとつずつ出来なくなっていく。それでも格別落ち込まずに、それなりに幸せを感じつつ生きていくためには、歳を重ねるということは「体が衰えて、病苦が増えていく」と言うことを初めから受け入れ、人生の計算に入れておかなくてはならない。それにより「自分は不幸だ」という感覚を和らげることができる。

これはたとえば目の前のケーキを食べる、という比喩を用いて説明できるだろう。目の前のケーキを食べていくに従い、残りは少なくなっていく。しかしわたしたちは普通は「ああ、ケーキがあと一口しか残っていない。何ということだ・・・。」と不幸のどん底に陥ることはない。私たちはケーキが残り少なくなるに従って、もうこれ以上のケーキを期待してはいけないという心の動きが働くのであろう。ケーキが残り一口になったときには、「もう残り一口しか食べたくない」「これ以上望んでもなにもないのだ」ように私たちは自分たちの欲望を調節していくのだ。それと同じように、人生も終わりに近づくにつれて、「もう十分に生きた」「これ以上生きることを望んでも不幸になるだけである」という風に考えが変わっていくのが理想なのである。

さてここまで述べても、不可知性を受け入れることは死への不安や苦しみを軽減するだけなのか?と言われそうだが、それでも立派なものではないだろうか? 覚悟のできていない人生(実は私も含めて、大抵の人は、みなこのレベルだろう)は、実は毎日の出来事に一喜一憂し、どうでもいいようなことに悩み、苦しむものである。「楽しい!生きていてよかった!」と感じられるのは、おそらく人生で数えるほどしかないのだろう。人生における快をプラス、不快をマイナスとして平均してみよう。おそらくかなりマイナスに傾くというのが実態ではないのか?それをそう感じさせないのが、先ほどの「不可知の逆」であり、夢想であり、考えることの先送りではないだろうか?
今日のテーマは書いていて深刻で、とてもギャグが出る余裕がない。
ホフマンの「精神分析における儀式と自発性」
ところで不可知と言いながら、私たちは死ぬと言う運命は可知であるといっている。死ぬと言うことは可知だとしても、その後自分におきることはまったく不可知であると言うことを考えると、これも不可知に入るのだろう。
私に不可知についての考えを解説してくれたのはホフマンの本であるが、彼は不可知を「自分が死ぬと言う運命にあると言うことを除いては、何が起きるか少しもわからない」こと言い表している。必ず死ぬということしか確かなことはないのだが、いつ、いかなる形でそれが起きるかは、これまた不可知というわけだ。

2010年8月9日月曜日

不可知性 その3.

東京では久しぶりにちょっと涼しさを感じる。一息ついた感じだ。
不可知性の話であった。例えばこのブログ。何がどうなっていくのかわからない。だからやっていられるというところがある。決められたことを書くのは、原稿の執筆だけでたくさんである。

不可知とは不安を掻き立てるばかりのものでもない。ある意味では自由が保障されているところに成り立つということだ。自由でなければ、不可知を不可知のままにしておくことができない。一家の主婦であれば、「今日の晩御飯の献立 ・・・・・ ・おなかがすいたら、冷蔵庫から何かみつくろって作ればいいや・・・」では済まされない。今日の夕食はこうである、と不可知の要素を減らさなくてはならない。不可知の中に身をゆだねることは、だから気楽で自由なことでもある。

不可知とは興奮させることでもある。私がそもそもこのことを意識しだしたのは、もう10年くらい前に読んだ、その頃はネット上の書き手に過ぎなかった田口ランディの文章である。何かミステリーか何かについての文章で、最高のエンディングは、最後まで読み終えた際にズドーンと不可知の中に突き落とされ、その中で陶然とさせる様なものだ、と書いてあった。

今田口ランディについて検索すると、もう彼女は売れっ子作家である。相変わらず歯切れのいい文章。こんなものを出している。「不可知への冒険 メイキング・オブ・マージナル 第一回 偉大なるおろか者たち 田口ランディ 平成21年8月15日発行 青木誠一郎 角川学芸出版」結局不可知は、彼女にとって続いているテーマであるらしい。

もちろん魅力的な不可知性とは、全くの混とん、というわけではない。第Ⅰ秩序のないものは、私達の感覚としてすら入力されない。ある程度形をなしたものの含む混とん、ないしは完全な形を誇っているかのようなものの持つ二重性であったりする。これまでは悪と決め付けていた登場人物が実はそうとも言えなかったことを知った時。これまで予想していた犯人が突然見えなくなって終わる時。そしてもっとその奥にある世界の広がりを感じて、それを知りたくなる。ちょうど絵画で言えば、原色とは程遠い、さまざまな色合いと陰影を含んだキャンバス上のオブジェに吸い込まれるような体験。

不可知の快は、その意味では恋愛の初期の体験とも似ているかもしれない。相手の私生活のほんの断片から際限なく想像が膨らんで、もっともっと知りたくなる。(これは長年連れ添ったカップルとちょうど逆である。こちらは相手の個人的な事情をほんのちょっとだけ垣間見ても、その意味するところ(意味付けするところ?)が分かりすぎて、むしろもうたくさん、という感じか。)

2010年8月8日日曜日

不可知性 その2.

おそらく一般の方にはどうでもいいこのテーマを続けるのは、本質的にこのブログは自分だけのものだからである。これを読んでいらっしゃる読者(推定12人)は、大変申し訳ないのだが、たまたま私の都合で付き合っていただいているだけである。
しかしそうは言っても不可知性のテーマはできるだけその面白さを知ってもらいたいという気持ちがある。それはおそらく皆のためになるという気持ちがある。ただし私は素人である。だから書いている内容は、実は裏をとっていない。うろ覚え、どっかでこんなことを読んだ気がする、ということを書いていることも多い。私がはっきり出典をあげていないところは、確かさはそんなものと思っていただきたい。
しかしそれにしてもどうしてこの不可知性が面白いかについて、もう少し話したい。つまり私がこのテーマにビビっときたのはどんなところか、である。(牧●●子さんの表現を使わせていただきました。)そうすることにより、私がなぜ「どうしてカモノハシかも?」という、優柔不断で非断定的で、不価値そのもののようなキャラが好きなのかも、すこしはわかってもらえるだろう。(実はなんとなく、単にかわいいだけ、かも。)

毛はいつもはてな?の形をしてるよ。時々思いついたときにピン!とまっすぐになるとか。

不可知性の最大の原因は、私たちが住む世界が、ともうもない数の粒子から成り立っているからだ。だから世界の動きは到底ニュートン力学では追えない。例えばビリヤードで15の玉を崩して、最終的にどの玉がどこで止まるか、など予想できるだろうか?そしてビリヤードの玉より途方もなく多い粒子(水、窒素、酸素、などなど)の世界に私たちは生きている。その動きを追うための手段はせいぜい流体力学。しかし流体の動きのシミュレーションが出来るようになったのは、コンピューターの発達を待たなければならなかった。そして最新のコンピューターを用いても、極めて基本的な水の流れ(流れを遮る一本の杭の周囲にできる乱流など)のシミュレーションくらいしかできないという。すごいなあ。気象現象など極めて大雑把な予想しかできないのも当たり前の話というわけだ。ましてや人の体の変化や心の動きなど・・・・・・。
では気象現象は、人の心は、まったく予想できないのか。そこで意味を持つのがゆらぎ、である。(続く)

2010年8月7日土曜日

不可知性 その1.フランスのたけし人気

ということで、いっそこのテーマにしてしまおう。失敗についてもいつの間にか結構書いたし。不可知性。Unknowability. 面白いなあ。普通は別に面白くないか? 結構長くなる気がする。
たけしがフランスで人気だそうだ。彼の映画はファンがたくさんいて、彼は巨匠扱いだそうな。彼のことを聞いて私は不可知性のことをごく自然に考えてしまう。「パフィー」がアメリカで受けている、という話を聞いたときもそんなことを思った。
不可知性ということと、人気ということ、ヒット曲、株価の上昇降下、結晶の形成、臨界状態、・・・・・みな繋がっている。複雑系という糸によって。私たちが住んでいる世界とは一種の臨界現象であり、ちょうど食塩の濃度が増して、どこかで塩の結晶ができはじめるような段階にあると言ってよい。そこではどこで結晶が形成され、大きくなっていくかはおそらくきわめて偶然に左右される、そういうことだ。
どうして私たちの生きている世界が臨界点にあるかといえば、臨界点に達している事柄に関して大きな動きが生じる可能性があり、私たちの関心を呼ぶからだ。相転移の生じないような状況、たとえば世界にまれに見る平和な時代であった江戸時代などは、政治体制という意味では相転移は起きず、そしてドラマのテーマにもならなかった。でも最大の相転移が訪れた幕末は、めまぐるしい出来事が生じ、一瞬先もわからない動乱を経て、数限り無いドラマが生まれた。私たちの興味や関心はそういうところにばかり向かうから、結局世界の動きは常に臨界現象ということになるわけだ。

そこでたけしの話だ。彼の何かがフランス人の映画評論家の心をつかみ、彼を評価し、そこから結晶が生み出されたのだろう。人気は途中から一人歩きをする。皆が注意をそれに向けたということは、それが人気を得るということになり、あとは自動的に、これまた予想不可能な地点まで結晶が育つ。他人がいい、と認めたものは、自分もそれを認めたいと思う。それにより自分も仲間に加わりたいからだ。それと実際に「いい」と感じることとは、意外なほど近い関係にある。かくしてたけしは映画監督としてすごい、ということにフランスではなった。日本ではさほどそうではなく、むしろ「あのフランスで認められているのだからすごいはずだ」というふうに評価されるというところがナサケけない。

そういえば日本においては少なくとも何が人気を博するかは、不可知とは言えないぞ。欧米、特にアメリカですでに流行ったもの。これが少し遅れて日本でも流行る。本当の意味で予想不可能で奇想天外なことは起きないというのが私たち日本社会なのだろうか?