第6章 ジャネからフェレンチ、ブロンバーグへ
(119)フロイトが解離の発見をどうして放置したかはいまだに解明されていないという。ジャネの貢献は「精神力動診断マニュアルPDM-2)に反映されている、という事だがこの本、案外手に入れにくく、調べられていない。
(121~124) フロイトは意図的な抑圧によって無意識内容を作り出すという説明。どうやらこれが解離と抑圧の違いのエッセンスと言っていい。そしてこれがフロイトが解離を否定する源になっているのだ!!!! (124)「これらの罹患によるヒステリー症例における意識の分裂は、意志や意図に端を発するものである。‥…しかし実際に起きることは患者個人が意図する事とは異なっている。・・・その人にできるのは、その表象を心的に孤立させることだけなのである。」
(ちなみに私(岡野)はフロイトに問いたい。「という事は、解離や抑圧は意識的な活動の産物でしょうか?」これにフロイトは答えられないであろう。なにしろ意思や意図、と言っているのだから、意識的な産物というしかない。しかしそれが無意識内に抑圧されるのに抑圧したことを意識している、とは矛盾してはいないだろうか?これが一番抑圧理論の一番悩ましい点なのだ。)
(126)ジャネの心理的統合不全 désagrégation psychologique は要するに高いレベルの意識が備わる綜合的で統合的な高次の機能(=現在化 presentification、現実機能 fonction du réel )とは正反対のもの)=意識野の狭窄、と考えてよいだろう。
(126) Liotti のまとめは完璧である。ジャネは、(意識のスプリッティングは)激しい情動で心が機能欠損になるためと考えたが、フロイトは自我による能動的な防衛だとした。これはえらい違い。もっと言うと解離は防衛ですらないであろう。心はダメージを受けているからだ。
(137)ブロンバーグの思考もほぼショアらの考えに近い。彼は通常の解離と病的な解離を分け、後者に関しては「早期の関係性トラウマが逆行性健忘を引き起こし、象徴的な形を欠いた身体的記憶は、意識的かつ明示的な形で表現され得ず」・・・それを「津波の影」と呼ぶ。そしてそれを表すのがエナクトメントであるというのだ。
第7章 ジャネのフロイト批判
ラッセル・ミアーズは、フロイトとジャネを両立させる立場らしい。
(144)ジャネ自身のフロイト理論との違いに関する主張は3点あるが、一番大事なのは、解離は受け身的、抑圧は能動的ということである。(146)これに関連して、フロイトは「意識内容の分裂は患者の意志の努力の結果である」とする(1984)。トラウマ後の解離は防衛であり、何かにより動機づけられた心的規制を示すというのは力動精神医学の基本となったのだ。
以下、いくつかの重要な知見。
(145)遺伝+トラウマという考えにより、ジャネの理論は愛着理論を先取りしていた。
(148)意識野の狭窄、とは精神レベルの低下、と考えるべきらしい。狭窄、という言葉がちょっと引っ掛かり、誤解を招きやすいと私(岡野)は思うのだが。
(148)累積ストレスで、PFCの樹状突起が失われ、扁桃体の樹状突起は促進される。慢性ストレスでPFC灰白質が低下するのは、人においても確認される。