2026年2月9日月曜日

バウンダリーについて 2

 ところで境界についてこれまで書いてきたこととしては二つある。一つはいわゆる「治療的柔構造」の議論、もう一つは臨界状況の多産性、という事だ。結局自分が書いてきたことを頼りに書き進めるのが無難だろう。

 柔構造については、こんな議論をした。「治療構造を厳守せよ、という事が叫ばれているが、そもそも治療構造は破られてナンボだ」。こう書いてみると非常に乱暴、というか「何言ってんの?」と自分自身に突っ込みを入れたくなる。よくこんなことを書いたものだ。でもこんなことを書きたかったのだ。
 境界は実は何かに刻印されて動かないのではなく、その時その時で揺らぎ、互いの交渉により最終的に決まっていくものである。それを治療者の側が「一回50分ですから」と言って一分も延ばすことが出来ないとしたら、それはそのような構造を治療者の側が押し付けているだけであることを認識すべきなのだ。構造を設定しておくのは、両者にとっての利便性であり、もっと言うと多くは治療者の側の利便性や都合によるものだ。

 こう考えてみよう。コンビニで菓子パンを200円で売っている。客はレジのところで190円にと値引き交渉をするだろうか?客から見れば、「ちょっと高いんじゃない?」とか「値上げ前は190円だったじゃない」と言いたくても、そんなことをレジでいちいちやっていたら回らない。それこそそのたびに店長に聞きに行く、などのことをしていたらレジでお客さんの列が出来てしまう。だからコンビニで値引き交渉をするなんておかしな人だと思われてしまうと思うだろう。ところがお肉の量り売りをするときはちょっと心持多めにしてあげるなどのことは普通に行われるだろう。もともと物の売り買いは売り手と買い手が交渉して値段を決めていたのだ。せり売りやオークションなどを見れば、それが原型だと分かるだろう。定価での売り買いは、どちらか、あるいは両者の利便性のためにそれが選択されただけである。

 その意味で私は構造は「柔構造的」であると言ったが、それが原型であることを言ったまでで、構造は自由に破られてもいい、と言っているのではなく、原型としての柔構造の理念(すなわち原則的に両者の合意で境界が決まるもの)を忘れない方がいいであろうと主張したのだ。
 そして治療構造はまさにそのような性質のものである。柔構造的な部分はいくらでもあると言っていい。患者は治療費を翌月の第一月曜日に振り込むという契約だったとしよう。患者はその日に忘れて火曜日に振り込む場合は、すでに構造は壊されている。それを許容するかどうかは、結局治療者と患者の話し合い(がもし必要であれば)で決まるだろう。あるいはセッションがきっちり50分で終わるのではなく、10秒ないし20秒超過しても許容範囲としている場合には、すでにそれが柔構造であることを示している。

 私がこの柔構造について論じるのは、精神分析的な構造などで、患者がそれを少しでも破ると鬼の首を取ったようになる治療者が散見されたからである。構造を破ろうとすること=治療抵抗という見方である。これでは患者の方から構造を変えるイニシャチブを起こすことが出来なくなってしまうからだ。


2026年2月8日日曜日

バウンダリーについて 7

 ギャバードさんは精神分析の草創期におけるフロイトの弟子たちの過ちに対してその火消しに躍起となっているとし、その例を山ほど挙げているが、最後にフロイトも成人では決してなかったことを強調している。フロイトは性的な意味での境界侵犯こそなかったが、それ以外の境界侵犯についてはそれをいくつか行っていたということが知られる。一つよく知られるのは娘のアンナに対する分析を行ったことであるが、アンナも自分のことをケースとして報告して分析家となったという意味では決して単なる犠牲者であったわけでもない。事実彼女は自分が父親に報告した夢が無断で使用されたことについて不満であったと言われる。しかし最近(と言っても35年も前のことになるが)になって明らかになったスキャンダルの方が強烈だ。私がこのブログでちょうど10年前に書いたもの(2015年12月31日)を再録しよう。

[このいわば「フロイトスキャンダル」とでもいうべき問題は]私がメニンガー・クリニックで精神分析のトレーニングを受けている頃に明らかになったものであり、1990年の3月にそれが公表された新聞(New York Times, 1990316日付) のコピーをスタッフは競って読んでいたのを思い出す。
これはフロイトがある患者に対して行った治療に関する新たな史料が発見されたことに起因しているが、そのあらましを記してみよう(Edmunds, 1988)1920年代にホレイス・フリンクというアメリカの精神科医が、自分の精神の病の治療をかねてウィーンでフロイトの分析を受けた。フリンクは当時自分の患者である既婚女性アンジェリカ・ビジューと関係を持ってしまっていた。(実は精神分析の草創期は、そしてそれ以後も、分析家が患者と関係を持ってしまうことは、ありふれた出来事であり、それをしなかったフロイトがむしろ例外的に見えてしまうという事情がある。)

この分析治療が問題だったのは、こともあろうにフロイトはフリンクに、彼自身も妻と離婚して、アンジェリカも夫と別れさせた上で二人が結婚するように勧めたということだからだ。つまり患者と関係を持ってしまっている自分の患者に、それを制止するどころか、それをさらに教唆したということだが、そこにはある金銭的な事情がからんでいたらしいというのが、この一連の話のポイントである。そこにはアンジェリカが銀行の跡取りである大資産家であったということが関係していた。フロイトはフリンクに、「あなたは潜在的な同性愛者であり、しかもそれが顕在する恐れがあり、それを防ぐためにはアンジェリカと結婚する」必要があると説いたという。そしてフロイトは、「あなたが自分の潜在的な同性愛に気がつかないということは、私を金持ちにしたいという願望に気がつかないことと同じだ。」と言い、アンジェリカとの結婚による資産を精神分析に寄付することを迫ったというのだ。しかし二人の結婚はそれぞれのもとの配偶者の人生を狂わせ、フリンク自身も精神病を顕在化させ、それほど犠牲を払った結婚はすぐに破局を迎え、フリンクはその後非業の死を遂げることになる。アンジェリカの夫はフロイトを告発する文章を新聞に出そうとするが、結局はその機会のないままに病死をしてしまう。経緯から見てフロイトが彼らの人生を破壊してしまったといっても過言ではなさそうである。

以上の事実は、フリンクの娘の調査により明らかになったという。そこで見つかったフロイトからフリンクへの手紙が何よりもの証拠になったのである。非常に筆まめなフロイトがみずから招いた不幸とも取れようが、もちろんフリンクをはじめとしてこの一連の悲劇に巻き込まれた人々が最大の被害者であることは言うまでもない。

このような経緯を見る限り、いわゆる「フロイト神話」は崩れる一方にあるとしても無理ないであろう。1980年以降、公にされる資料や行われる研究はほとんどが、フロイトが理想的な治療者とはいかに異なっていたかについて明らかにする。なぜこのようなことが生じるのだろう? 私たちはそれでもフロイトを「信じる」べきだろうか?

ただしこの種の疑問は的外れなのであろう。なぜならその背景にあるのは、私たちの持つ、過度の理想化に走りやすい傾向だからだ。もとよりフロイトは高潔で公平無私の人間などではなかった。特別高い倫理観を備えていたとも言い難いところがある。冒頭で述べたとおり、フロイトを理想化し、その人間としての偉大さを強調しようとする限りは、それを否定するような材料はこれからでも続々と出てくる可能性もある。またこれは後に述べることだが、フロイトの人間性についてその完璧さを願いつつ資料に当たっても、結局はその倫理性に関してはむしろ俗人に近い印象を受ける。ではフロイトの何がすごかったのか?彼の真価はどこら辺にあったのだろう?


バウンダリーについて 1

  「大人の事情」は続く。突然「バウンダリー(境界)の歴史」についての論文を書くことになった。せっかく書評5本が終わったのになあ。しかし悪くないテーマである。

 私はバウンダリーについての専門家では全くないが(というか、そういう人はいるのだろうか。「境界評論家」とか、聞いたことないなあ)、最近この件が問題になっているのはよくわかる。私たちの周りで常に起きている境界侵犯の問題である。これはトラウマの文脈でも顕著であり、重要なテーマであることは言うまでもない。ではその歴史とは何か。一言でいえば、昔はバウンダリーは今よりはるかにあいまいだったのだ。あってなきがごとし。特に我が国はそうか。何しろ日本家屋は障子と襖で仕切られ、しばしばそれは開け放たれていたのだ。プライバシーはあってなきがごとし。

 それでも昔から境界の問題が確実に存在したのは、たとえば土地の境い目だろう。人は自分のテリトリーを必要とする。いわゆる「縄張り」というわけだが、これは動物のレベルでももちろん存在する。私はネーチャー系の番組が好きだが、コブダイが自分のテリトリーである岩礁を見回り、侵入者を厳しくチェックするのを見た。コブダイにとっては自分の岩礁はパーソナルスペースの一部だろう。自分の利益に関わる境界は意識されやすく、個体(個人)が成立した時からすぐに線が引かれるのだ。

 そのように考えたら境界の基本はオリジンはパーソナルスペースという事になるだろうか。新幹線で京大に通っていた頃のことを思い出す。自由席の隣の人の間のひじ掛けは、そこにどちらが肘を掛けるかをめぐって結構ナーバスになった。

 いわばパーソナルスペースとしての境界は侵害されたらすぐわかるが、それに比べて、身分、人種、関係性に関わる境界はかなりあいまいな部分を含む。それは場合によっては交差していることで複雑な問題を醸す。

 例えば精神科の職場で職場の上司が、少し遅れて精神分析のトレーニングを開始すると、職場の部下が自分のスーパーバイザーになったりする。その場合二人がそれらの役割による縛りを押し切って異性関係に入ろうとすると、かなりややこしいことが生じる。
 将棋の世界などどうなるのか?藤井六冠はどんなに年上の先輩棋士との対局でも上座に座るだろう。でも忘年会などでの席順はどうなっているのだろうか?敬語の使い方は?

 というわけでバウンダリーについての論文はこのようにまったくまとまりのない書き散らしから始まるが、私は実はこの段階が結構好きである。一人でブレインストーミングをしている感じである。


2026年2月7日土曜日

レマ「体は語る」書評 ②

 レマの書評の後半部分

 以下に本書のいくつかの章についての私なりの理解や考えを述べておきたい。

序章 身体が語るときでは、 著者レマの精神分析家としてのスタンスが語られる。そして私たちの身体の在り方が、さかのぼって両親との体験に根差している、というのがレマの主張の主要部分である。それはフロイトの「自我は真っ先に身体自我である」という言葉に反映されているというわけだ。ただしレマはガレーゼやイヤコボーニの研究によるミラーニューロンの研究やメンタライゼーションの概念をも広く援用している。



<以下略>

2026年2月6日金曜日

レマ「体は語る」書評 ①

 こちらもなんとか完成にこぎつけた。実に苦労した書評である。

 美しい装丁の施された本書を手に取り、しばらくページをめくっていくうちに、私はこれは新たなるヒステリー論ではないかと思った。それにしては本書にヒステリーという言葉が一向に出てこないのはなぜだろうと思いつつ、本書を読み進めることとなった。しかし本書はかなり難解である。内容がなかなか入ってこないのは私に原因があるのではないかと思いつつ読み直すうちに、私はようやく本書の持つ意義や重みを実感できるようになった。
 私の文章は「書評」という形をとるものの、そもそも本書の内容に評価を下すような力は私にはない。それに本書の冒頭には、ドナルド・キャンベルによる秀逸な紹介文があり、本書の内容の要約を知る上ではそれで十分である。以下は本書により触発された考えをいくつか述べさせてもらうことにする。

(以下略)

2026年2月5日木曜日

「ジャネの再発見」書評 だいたい完成版

 本書「トラウマと解離の文脈 ピエール・ジャネの再発見」は、原題が Rediscovering Pierre Janet である。つまり訳書の副題に対応しているのだ。表紙カバーではこちらの部分は小さく書かれていて、一見解離とトラウマに関する専門書と見間違いやすいが、まさしくピエール・ジャネその人についての解説書である。邦訳書の題としてこちらが選ばれなかった理由は分からないが、おそらくジャネの名が日本人の読者にはまだなじみが深くないという懸念かもしれない。

 それはともかく、本書は日本の精神医学や臨床心理学において極めて大きな意味を持っている。解離やトラウマについての専門書という以外にも、特に精神分析とかかわりを持つ読者にとっても極めて重要な情報を含んでいるのだ。筆頭訳者である若山氏が序文で雄弁に述べているように、精神分析の隆盛は、現実のトラウマの存在の軽視と表裏一体の関係にあった。(8)実はフロイト自身が幼少時の性的トラウマをヒステリーの病因として特定し、「ナイル川の水源の発見」になぞらえたことがその証左である。いったいフロイトがなぜそれを途中で断念したかは謎であるものの、本書はその問題にも果敢に挑んでいる。

 本書の驚くべきところは、ジャネが現代の論客であるアラン・ショアやスティーブン・ポージス、フィリップ・ブロンバーグらの議論にまでつながって論じられていることで、いわばジャネの理論が刷新されていることだ。ジャネのいわゆる現実機能 fonction du reel とメンタライゼーションは近いといい(129)、それは結局は最近言われる解離における右脳の機能低下、ショアによれば右脳の高位と低位の統合の失敗を反映しているという。

紙面の都合で詳しい解説はできないが、私が考える本書の読みどころだけでもかいつまんで紹介しよう。

「はじめに」では1970年のエランベルジェの「無意識の発見」がジャネの理論を知らしめる上で極めて大きな意味を持っていたこと、そして本書が半世紀を記念して出版されたものであるということが述べられる。

第2章「意識から下意識へ」はジャネのトラウマと解離の理論を改めてわかり易く詳述する。私はこの章を読んでジャネの「心的緊張」という概念が少し飲み込めた気がした。

第3章「ジャネとフロイト」では、フロイトにとってジャネがいわば仮想敵であったことが述べられている。フロイトは敵を見つけることで奮起をしていたというところがあり、それをフロイト自身が明言していたというのだ。

第4章「ジャネとユング」

ユングはフロイトと精神分析を離れてからは、年上であるジャネから大きな影響を受けたという内容が書かれている。この話も興味深い。

第6章「ジャネからフェレンチ、ブロンバーグへ」は、ジャネの理論がいかに現代の関係精神分析に繋がっているかを改めて教えてくれる。ジャネは精神分析の文脈でも偉大なる先駆者だったのだ。

「エピローグ DSMと解離」ではジャネが現代によみがえり、DSMについての論評をしているという体裁をとっている。ところどころにフランス語も出てくるのが面白い。

 ざっとかいつまんで述べたが、本書は精神分析の学徒にとっても、解離やトラウマの臨床家にとっても極めて示唆に富んだ書と言える。ぜひご一読をお薦めする。


2026年2月4日水曜日

ジャネ書評 ⑥

 第13章 解離性障害の病因、病態、治療に関するジャネの見解

本章では解離性障害の病因に関して、ジャネが極めて詳細な論述を行っていることがわかる。彼はまさに医学哲学者 medicin-philosophes の呼び名にふさわしくスティグマ、固着観念、トラウマ、といった概念を駆使した彼の理論が詳細に述べられる。私たちが単純に「トラウマにより解離が生じる」と言って済ましかねないのに比べ、ジャネははるかに詳細な理論化をおこなっていることがわかる。例えばベルグソンにしてもサルトルにしても、デリダにしてもフランス人の書くものは極めて決め細かく、それだけに難解である。

(253)あらためて、ジャネの言う「スティグマ」とは基本障害であり、「固着観念」は付加的な障害であるという。これは過去の現在化(ゲープサッテルのいう”presentification of the past”)、変化に抵抗を示す、という意味ではフロイトの「抵抗」に近いという。スティグマについては、第1章に詳しく、「意識野の狭窄、下意識現象の存在、感覚麻痺、健忘」などを含むという。そしてそれを要約したものが「意識野の後退」であるという。


エピローグ DSMと解離

ジャネが現代によみがえり、DSMについての論評をしているという体裁をとっている。ところどころにフランス語も出てくる。言われていることはとてももっともな理論。PTSDと解離の中途半端な分類はよくないという主張。PTSDの解離タイプというが、そこで離人現実感喪失症だけを特別扱いすること、そしてFBのみを解離症状とするなどがとても中途半端である。そう、ジャネは一世紀も前にかなり包括的なトラウマ―解離理論を打ち立てていたのである。