第8章 PJのホリスティックプロジェクト ①
(161)少なくともジャネはいわゆる「ポリサイキズム」にくみしていたとみられる記述。「脳内で生成されるすべての心理的現象は・・・・あるいは多少なりとも完全にグループ化され、新しいシステムを作る傾向がある(Janet, 1901, p492 )」
(163) 統合不全 désagrégation と解離 dissociation を混同するべきではない、とある。前者の特別なものが解離 dissociation という理解であろう。
(167)フロイトのジャネ批判。彼はジャネの考えである患者の基本的な脆弱性、個人的綜合の低下という考えを受け入れず、患者が薄弱だから意識の分裂が起きるのではない。そう見えるだけだといった。
(168) 解離の理論への注目は、Lenius らの研究の影響が大きかったことが改めて強調されている。ある実験では、トラウマ的な脚本を聞いた被検者の70%が心拍数の上昇を見せ、30%が低下したという。
第9章 PJのホリスティックプロジェクト ②
(176)心理的緊張という概念について。ジャネもこの概念の限界に気が付いていたという。この概念は一定の複雑さを保ち、秩序と総合を生み出す力、という意味。しかしこれだけでは足りないと思い、心的力という概念を付け加えたという。
11章 トラウマを抱えた患者との催眠療法的関係 (OVDH、Cathy Steele)
フロイトの転移に近い考えを、いかにジャネがより徹底した形で唱えていたかが書かれている章。サルペトリエールのジャネの患者たちが慢性のトラウマを抱えていたという事実、それに対してジャネがどのように治療的な手を差し伸べるべきかについても記載されている。(210)この部分を読むと、よく出てくるトラウマ治療の3段階説がおそらくジャネ由来であること催眠術師への依存がモルヒネ依存と同等の強さを持っていたという事情など、現在の私たちからは想像できない事ばかりである。
第12章 「トラウマ後ストレスの治療」は、バンデアハートとバンデアコークというトラウマの世界での二人の偉大なオランダ人による共著である。これを読むと、ジャネがいわゆるトラウマケアの三段階説、つまり①安定化②トラウマ記憶の扱い③再発予防、人格の再統合、リハビリテーションを先取りしていたということがわかる。(233)彼はその意味ではPTSD(彼の時代にこの言葉はなかったが)の治療論を唱えた最初の心理学者であったことがわかる。その中で興味深いのが②であり、トラウマ記憶を扱うことの難しさにジャネが取り組んだ様子が書かれているが、彼が行ったいわゆる「代用法」すなわちトラウマ的なイメージを中立的、ないしは肯定的なイメージに変えるという試みが興味深い。ジャネは催眠を用いてトラウマ記憶にさかのぼり、例えば幻覚的なトラウマ的イメージを花が咲いている絵に置き換えることに成功したとある。これについては Richard Kluft などによる、「トラウマを否認するプロセスへの加担だ」というネガティブな評価があるものの、ジャネの治療的な試みとして評価すべきであろう。
なおジャネの概念の中で理解の難しい心理的力と心理的緊張についての解説もありがたい。
心理的力 利用可能な精神的エネルギーの総和
緊張 エネルギーの組織化のレベルと、有能で創造的かつ内省的な活動を行う能力