岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
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不可知性
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2011年4月9日土曜日
治療論 その2(改訂版) の続き
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大きいフォントが読みやすいのはわかるが、やはりどう考えても内容からいえば出来るだけ小さいフォントで掲載したい。まったくたいしたことのない内容だからである 。 絶対読者を置いてきぼりにしているだろうなあ。どうでもいいテーマだろうなあ。マアいいか。不可知性というテーマでは、この...
2010年9月28日火曜日
二者関係 その1. 人と関わるということ
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あれほど日本の政府関係者が「絶対謝らないぞ!」と言ったのだから、中国側からさぞかし反応があるのかと思いきや、そうでもないのだろうか?少なくとも私がチェックしているインターネット上のニュースには出てこない。その代わりに見つけた読売新聞(インターネット版)の記事。こんな風に言っても...
2010年9月23日木曜日
不可知性 その12. 外交は不可知性の極致、二者関係はむしろ予則可能である
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昨日は日中の問題で未熟なことを書いたような気がする。私は政治音痴なので、二つの国の間で生じうる事柄がそれこそ不可知性をはらんだ予想不能なプロセスを取るということがどうもピンときていない。しかし実際は、事態は非常に混沌としたものである。二国関係は二者関係と同じように、あるいはそれ以...
2010年8月24日火曜日
怒らないこと その2. 龍馬の話に戻るまで
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昨日の続きである。ちょっと長くなったが。 この世に強者、弱者は常にある。社会的な地位や性別や年齢に大きく左右はされるが、一応はそれとは独立した形で存在し、人の間に序列を生む。どこかに明記されているわけではなくても、社会の中で人はそれを感じ、推し量ろうとしている。時々顕著に表れ...
2010年8月22日日曜日
不可知性 その12. 臨床で語る言葉
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昨日、今日と昼間だけ外出の機会があったが、うーん暑い。ここに最初に書くことがいつも天気になってしまう。このところスイカバー(ゼミの ●● クン、キミがおなかをこわしたやつだ)がおいしい。 昨日、おとといとブログを書くのをさぼったつもりだったが、何やらフランスのことについて書いて...
2010年8月18日水曜日
不可知性 その10. 不可知性は快楽とも関係している
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このブログをやっていると、使い方を覚えると、少しずつこのブログが「ひとなみ」に見えてくるのが、面白いといえば面白い。昨日は内容をトピックごとに分ける、ということが出来るようになった。なれている人には当たり前のことかもしれないが。 一昨日このブログで、「私たちは不可知性に耐性が...
2010年8月17日火曜日
不可知性 その9 自分を不可知と信じることで、創造性が増す(かも)。
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ブロク読者の方からのコメントに、自分自身に関する不可知性というテーマがあった。大事な問題である。もちろん人間は自然の一部であるから、複雑系に属し、したがって不可知なのだが、問題は「自分がそれを知っているのか」である。 私は自分を不可知と知るというのは一種の才能かもしれないと考え...
2010年8月16日月曜日
不可知性 その8. おそらく人間は不可知性に耐性がある
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昨日書いたことは間違い。やはり体は暑さには慣れていなかった。今日はアツい。 変なことを言うようだが …・・。不可知性について何回か、わかった風なことを書いているが、人は世の中の出来事が予測不可能で、現実は不可知であるということを、ある意味では体で学び、よく知っていて、うまく適...
2010年8月15日日曜日
不可知性の7. 人を対象と見るか、モノと見るか?
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今日は久しぶりに日中買い物に出かけたが、暑さのピークは過ぎているのではないかと感じた。そしてあとで知ったのは、久しぶりに今日東京は真夏日であったということ。やはり暑さに慣れてきた、ということなのかも知れない。 昨日の宇宙人の話、精神分析的にはこんなふうにつながっていく。 ま...
2010年8月14日土曜日
不可知性について その6. 他人を宇宙人として見る
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このところ連日テレビ(私の場合はNHK)で戦争関連の番組を放映しているが、戦争体験者がますます高齢化し、そのうち日本では戦争を誰も体験した人がない時代が来る、というのは大変なことだと思う。しかしそういう私も戦後の生まれなのだが。 ここ数日気になるのが、政治記者影山氏の自死のニュ...
2010年8月13日金曜日
不可知性について その5 不可知性と対人関係
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思わせぶりの台風も温帯低気圧になって太平洋に去ってしまった。と、まるで台風を擬人化しているが、考えてみれば、北米を襲うハリケーンなどは、ひとつひとつにファーストネームがついている。 ハリケーン・アンドリューとか、ハリケーン・カトリーナとか。昔の人は「くそ、アンドリューのせいで、...
2010年8月10日火曜日
不可知について その4.不可知性と人生
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森元首相のご子息。うーん。コメントのしようもありませんね・・・・。息子に父親の後を継がせるという目論見が、これほどまでにうまくいかないこともあるのだ、という例のような気がします。むしろ父親の方の責任ではないでしょうか? ともかくも、不可知性というテーマで書いて今日で4回目であ...
2010年8月9日月曜日
不可知性 その3.
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東京では久しぶりにちょっと涼しさを感じる。一息ついた感じだ。 不可知性の話であった。例えばこのブログ。何がどうなっていくのかわからない。だからやっていられるというところがある。決められたことを書くのは、原稿の執筆だけでたくさんである。 不可知とは不安を掻き立てるばかりのもの...
2010年8月8日日曜日
不可知性 その2.
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おそらく一般の方にはどうでもいいこのテーマを続けるのは、本質的にこのブログは自分だけのものだからである。これを読んでいらっしゃる読者(推定12人)は、大変申し訳ないのだが、たまたま私の都合で付き合っていただいているだけである。 しかしそうは言っても不可知性のテーマはできるだけそ...
2010年8月7日土曜日
不可知性 その1.フランスのたけし人気
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ということで、いっそこのテーマにしてしまおう。失敗についてもいつの間にか結構書いたし。不可知性。Unknowability. 面白いなあ。普通は別に面白くないか? 結構長くなる気がする。 たけしがフランスで人気だそうだ。彼の映画はファンがたくさんいて、彼は巨匠扱いだそうな。彼の...
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