2014年12月27日土曜日

最新の解離(17)

いわゆる「出癖(でぐせ)」について

子供の人格部分の「定着」を促進するべきか、回避するべきかは、非常に相対的な問題である。つまりそれはケースバイケースであり、それが良いことか悪いことかは単純には決められないと言うことだ。Aさんの子供の人格部分Aちゃんが、恋人であるBさんと一緒の時に出現することが多くなっている、という同じケースについて考える。それが是か否かは、実はAさんとBさんとの関係だけでなく、Aさんの生活全体を見なくては判断できないことなのだ。たとえばAさんがパートで本屋さんに勤めているとしよう。週3回、勤務時間は8時間だ。仕事は大体Aさんにはこなせる範囲だが、週末に客がたくさん訪れたり、クレームを付けるお客さんが現れたりすると、Aさんのキャパシティを超える緊急事態となることもある。Aさんは通常は一生懸命大人の人格で仕事をこなすが、そのような緊急事態では、時々意識や記憶が飛んでしまい、Aちゃんの人格が出現するというようなことが起きるようになったとする。
Aさんのパート先でこのようなAちゃんの振る舞いがますます起き、それが明らかにBさんとの付き合いによりで触発されているとしたら、つまりBさんといることで明らかにAさんが出やすくなり、つまり「出癖」がついてAさんの仕事の害になっているとしたら、これは問題ということになろう。その場合はBさんとの間でAちゃんの出現を抑制するような何らかの手段を講じることでさえ必要になるかもしれない。
ただしこのような形でパート先で出始めたAちゃんがその後どのようにふるまうようになるかは、かなりケースバイケースである。そのうちAちゃんが年齢的に成長し、パートの仕事にも適応し、Aさんの役割をとってかわってしまう場合もありうる。またAちゃんをたしなめることにより、Bさんとの間では出続けていても、逆に仕事中はAちゃんが抑制されて出にくくなる場合もあろう。
 さて私の臨床経験から言えば、AちゃんがどんどんAさんのパートの仕事を圧迫するというようなことは皆無ではないにしても、かなり少ないように思う。臨床家個人としてはそれを体験してはいない。AちゃんがBさんの前で「出癖」が付くことはよくあることだが、仕事にまでそれが侵食することは少ないようだ。そのような印象があるからこそ、Bさんの前でAちゃんがより多く出るようになってきているという話を聞いても、急いでそれをとめたりはしないのである。それに万が一Aちゃんが仕事の「邪魔」をすることが多くなったとしても、それはおそらく治療者やBさんがAちゃんとそのことについてまず話してみる段階であろうし、それはAちゃんにおとなしく寝てもらうよりは積極的な治療的介入といえる。
ただしここで一言注釈を加えておきたい。恋人や治療者の存在が子供の人格部分の出癖を生む場合、それがいわゆる「悪性の退行」を呈する場合がある。Bさんと付き合うようになってから非常に我儘にふるまう人格が出てBさんを疲弊させる、ただし両親の前ではいつものようにふるまうということが生じる場合がある。その際はBさんと付き合うという環境そのものが退行促進的であり、本人もそれを止めることが出来ない場合が多い。もし同様のことが治療者との間で生じている場合には、治療の継続そのものを再考しなくてはならないであろう。もちろんそれがAさんにとって大切なパートナーである場合にはその関係を絶つという選択はそれほど簡単には取れないであろうが、長期的に見た場合には安定した関係を築けないであろうことは予測できる。もちろんこの注釈に関しては、これは解離性障害の患者さんにとってのみいえることではない。

子供の人格部分の成長という現象

 子供の人格と出会い、かかわる事のひとつの目標は、その子供の人格部分の成長である。しかしこう書くと誤解を招くかもしれない。子供の人格部分は文字通り「成長する」というわけでもないであろうし、何しろ実際に存在する子供でもないのだ。またメタファーとしての「成長」に限って考えたとしても、それを期待できない子供の人格部分もいる。またやんちゃな子供の場合、周囲は成長するより先に「寝て」もらいたいと願うだろう。それでも当面の治療目標といえるのは、子供の人格が出現している限りは、それがより自律的になり、節度を持つようになるという意味での成長を果たすということである。治療者やBさんがAちゃんと話し合うことで、Aちゃんの心境に変化が生じ、「Aさんのためには~をしてはだめなんだ」と考えられるようになることを期待するわけである。
 ただしここにも悩ましい問題がある。Aちゃんは必ずしも主人格Aさんのために自分を律するべきだと考える保障はない。解離している人格部分が互いに利害を異にすることは、しばしば臨床上体験される。むしろAちゃんはAさんのために犠牲になるようなことは全く望まない可能性すらある。私の経験では子供の人格の多くは主人格の「お姉さん」(そのように呼ぶことが多い)に対して一定の敬意を払う傾向にあるが、例外も多々あるようである。
 さて以上のことわり書きを前提とした上で言えば、子供の人格部分は一般には時間経過とともに成長する傾向にあるようである。最初は言葉もおぼつかなかった子供の人格部分が、やがてしっかりとして話し方になり、書く文字も「大人びて」いくというケースを見ることは多い。一般的に言えることは、その子供の人格部分が比較的保護的なパートナーや、支持的な治療者との間で瀕回に登場するうちにそれが生じていくという印象を受ける。子供の人格が出てきた際に、私は名前と年齢を聞くことが多いが、実際に語る年齢が上がっていくことが臨床上確かめられることもある。
子供の人格部分の成長がどのような意味で望ましいかは、あえて述べるまでもないであろう。成長により人格はそれが持っていた可能性のあるさまざまなトラウマを克服し、言葉に直すことが出来る可能性がある。先に子供の人格の出現はある意味でフラッシュバックである、と述べたが、たとえ子供の人格部分が、遊び専門の役柄のように見えても、それは遊び足りないという意味でのトラウマを負った子どもの頃を表現しているという理解がおおむね正しいだろう。(もちろんこのような目的論的な理解には限界があるということは常に認識しておかなくてはらないが。) 
子どもの人格が「成長」するということは、その子どもが成長を促進するような、つまりは安全でサポーティブでかつ適度の刺激に満ちた環境であることを示していると言えるだろう。そうでないとその子どもの人格はその人格が成立した時点、多くはトラウマの起きた時点に留まっていることになる。フラッシュバックとはいわば固定して自動的に再生されて、そこに創造性が介入しないような精神活動である。フラッシュバックが繰り返されるということは、精神が凍結されているかのように成長することなくそこにとどまったままの状態であると考えられるのである。
こどの人格の成長の話をするとしばしば患者の家族から次のような質問を受ける。「ということは、子供の人格部分はどんどん成長して行って、やがて主人格のような大人になるんですね。」これに対して私はこう答えている。「理屈ではそうかもしれませんね。そしてそのような例も報告されています。でも大体そのうち姿を消してしまうことが多いようです。」実際に子どもの人格が思春期を経て成人するプロセスを私は終えたことがないが、それは私の臨床経験が不足しているせいかもしれない。しかし印象としては、子どもの人格はある程度年を重ねるうちに、その役割を終えて奥で休んでしまうようである。
それでは子供の人格部分をどのように成長させるかについては、そこに特別な技法はないのであろう。それは子育てに特に一定のテクニックがないというのと一緒である。治療者に十分な感受性や配慮があれば、あとは子供の人格部分に遊びを通して自己表現をする機会を持ってもらうということで十分である。子供の人格部分が言語表現が不十分であるだけ、非言語的な手法、つまりは箱庭、描画、粘土などを主体としたプレイセラピーが用いられることになろう。その過程で決まったパターンが出現するとしたら、その子供の人格部分はそれにより何らかの過去の体験を再現し、表現することで乗り越えようとしている可能性が高いと考えるわけである。治療者は子どもの人格が安心して出て来てプレイセラピーにより自己表現をするというレベルにまで導くということで、仕事の半分は終わっているのである。繰り返すが、そこに特別な治療技法、テクニックが必要というわけではない。

子供の人格部分が「遊び疲れる」ということ

私が臨床上よく用いる考え方に、「子供の人格部分が出てくる際は、遊び疲れるまで相手をしてあげてはどうか」というものがある。実際子供の人格部分は遊ぶことである程度満足し、その後ゆっくり「休む」という印象を受ける。この「遊び疲れ」のニュアンスは患者さん自身の表現にそのヒントが聞かれることがある。人格部分の中には短時間で引っ込んでしまう人がいるが、彼らがしばしば「眠気」を表現するのだ。あたかも彼らが持っているエネルギーに限界があり、一定時間以上は疲れて眠くなってしまうので内側に戻ってしまうということをしばしば聞くのである。
 もちろんこの「疲れ」や「眠気」にどのような生理学的な実態が伴っているかは不明であるが、少なくとも彼らの主観としてはそう体験されるらしい。ということはやはり、子供の人格部分は仕事中に飛び出してしまう傾向を抑えるためにも、しかるべき場(セラピーなど)でエネルギーを発散したもらうことが有効であると考えられるのだ。

子供の人格部分が大人の情報を知っているということ

子供の人格部分の扱い方の最後に、子供の人格部分の「子供らしくなさ」に関してひとこと述べておこう。
 解離性障害の治療に携わるものにとって、子供の人格部分と対面し、治療的な応対をすることは、治療者としてのキャリアーの一つの里程標であり、少し大げさに言えば「帰還不能点 point of no return 」というニュアンスすらあるように思う。多くの治療者が解離を扱うことで一種の色眼鏡で見られるということを体験する。「あなたもあちら側の人になってしまったんだね?」という憐憫の混じったまなざしを同僚から向けられることだってありうるのだ。身体のサイズとしては成人の子供の人格部分とプレイセラピーを行なうことは、人格交代という現象を認め、受け入れることを意味する。しかし解離性障害を「信じない」立場の治療者にとっては到底そのようなかかわりは受け入れがたいということになるだろう。
 たとえ人格の交代現象そのものは認めたとしても、何日か前にこのブログで述べた問題が頭をもたげる。「子供の人格部分に『出癖』がついたらどうするのだろう?」「子供の人格部分をそれとして扱うことで、医原性の人格交代を助長しているのではないか?」このように子供の人格部分をそれとして扱うまでに治療者は二つの障壁を乗り越えなくてはならないのだ。
解離性障害の懐疑論者にとって格好の攻撃素材となるのが、この表題に掲げた、人格同士の情報共有の問題である。子供の人格との会話で時々不思議に思うのは、その語彙の思いがけない豊富さだ。子供の人格部分はしばしば幼児期に特徴的に見られるような発語の障害を示す一方では、3歳の子供の語彙にはないであろう単語が出てくることがある。たとえば「自動車教習所」などは普通は出てこないだろうし、理解も出来ないはずだが、ある3歳(自称)の子供の人格部分はこのような言葉を理解し用いている。ここで不慣れな治療者の頭にはまたあの考えが頭をもたげてしまう。「やはりこの患者は子供の演技をしているだけではないのだろうか?・・・」「患者の演技に乗っている自分は、果たして治療者として振舞っていると言えるのだろうか?」
 
しかし実際に生じているのはDIDの方の持つ記憶や情報ソースには、人格部分が時としてアクセスできるという以上の何も意味していないものと思われる。


2014年12月26日金曜日

最新の解離(16)

(9)子供の人格の扱い方

 本章ではDIDの治療に関して、特に「子供人格」の扱いについての私のごく最近の考え方をまとめてみたい。まずはシンプルな問いからはじめよう。それは
「子供の人格が出てきたら、どのように扱うべきだろうか?」
というものである。この単純な質問に対して、すでに臨床家(精神科医、心療内科医、心理士など)の意見は真っ二つに割れてしまうといっていい。片や「子供の人格は無視する。相手するのは治療的でない」であり、片や「扱うことこそ治療的である」となる。もちろん、そのような減少に突然遭遇して、どのような対応をとっていいかわからないという臨床かが大半かもしれない。しかし同僚やスーパーバイザーと相談したり書物から学んだ結果として至る結論は、ここに述べた二つに集約されることが多い。そして現時点でも前者の方が圧倒的に優勢という印象を受ける。それは人の心を扱う専門領域であるはずの精神分析の立場をとる人々の中にも同様であるという印象を受ける。
 もちろんその子供の人格が、誰の前でどのような状況で出てくるかにより、事情は大きく異なる問題でもあろう。治療者の前で、あらかじめ予想された状況で子供の人格が出てきた場合と、夜、恋人の前で突然出てきた場合とではだいぶ事情が異なる。しかしいずれの場合にも、その対処には両極端がありうる。最初から相手にしないか、それとも子供として話しかけるか、である。
 ここで子供人格が出現する状況をいくつかあげてみよう。
l         受容的な人に出会い誘発される場合 ・・・DIDの場合は、自分の子供っぽく依存的な部分を抱えてくれるような人との間で出てくる傾向にある。それはたとえば恋人や配偶者、教師、先輩、友人、治療者などである。ただしそれらの人々に慣れ、その人との関係を安全と感じる場合に限られると考えるべきであろう。またそこに慣れていない第三者が介在する場合には、出現が抑制される傾向にある。
l         ある種の動作に誘発される場合 ・・・あるDIDの方は、書店でのアルバイトでポップを書いているうちに、「お絵かきモード」になり、子供人格に変わってしまうことがあるという。また実際に治療場面で箱庭やスクイグルなどを行っているうちに子供人格になる場合もある。
l         視覚、聴覚刺激に誘発される場合 ・・・ プレイルームにDIDの方を誘導した場合、そこにあるぬいぐるみやその他の玩具に刺激されて、より子供人格が出て来易くなることがある。
l         ストレスやトラウマを思い起こさせる体験に誘発される場合 ・・・DIDの方が実際に幼児期にトラウマを体験した場合、その時刻に決まってそのときの子供の人格が出てくる場合がある。
l         覚醒状態が低下している場合 ・・・ 多くの子供人格が夜間や就寝前、ないしは眠剤の服用後に出現する傾向にある。この時間帯ないしは状況では覚醒レベルが落ち、大脳皮質による抑制が低下し、一般の人々も退行して子供らしくなる傾向にある。
l         催眠やリラクセーションにより誘導された場合 ・・・ 子供の人格は催眠やリラクセーションにより出てくることが頻繁にあるが、そこには催眠をかける治療者側の受容性ということも関係している。つまり治療者側に子供の人格を受け入れる用意があることで、子供の人格のほうも「安心して」出ることができる場合がある。

以上の様々なさまざまな状況で子供の人格が出現するが、それは多くの場合、そうと気づかれずに見過ごされてしまう運命にある。親は「この子は時々幼稚なしゃべり方をする」「時々急に依存的になる」と考えるだけで、そこに人格の交代が起きているという発想を持たない場合も多い。また子供の人格の方でも自分があまり受け入れられていないと感じられる状況では、すぐに姿を消してしまう場合も多く、また自分があまり相手にされない場合には「奥で大人しくしている」ことにより、結果的にその存在が見過ごされてしまうこともある。 

ところで子供の人格はなぜ成立するのだろうか? その子供の人格が出現する時に、常におびえたりパニックに陥った様子を示す場合には、それがある種のトラウマ体験を担っている可能性が高いことは言うまでもない。私が担当しているあるDIDの方の子供の人格は、毎日夜の決まった時間に出現する傾向にあるが、それはその方が幼少時に親との死別というトラウマ体験を持った時刻に一致している。別の方の子供の人格は両親の激しい争いごとを目の前にして、パニックに陥っているという体験のままの状態で出現する。
 これらの子供人格の出現のパターンを見る限り、これは一種のフラッシュバックの形式をとっていると考えていいであろう。フラッシュバックとは、PTSDの症状に特徴的とされ、ある種のトラウマをその時の知覚や感情とともにまざまざと再体験することである。そのフラッシュバックが「人格ごと生じる」という現象として、この子供の人格の出現を理解することが出来るだろう。
他方ではいつも陽気にかつ無邪気にふるまう子供人格に出会うこともまれではない。別の人格を呼び出そうとDIDの方に協力を呼び掛けると、それとは異なった子供の人格が代わりに、決まり悪そうな表情で出てくるということがある。あたかもその子供の人格は治療者と遊ぶ機会を待ち望み、呼ばれていた人格の代わりに出てきたかの印象を受ける。そのような様子で出現する子供の人格が深刻なトラウマを担っているかは定かでない場合も少なくない。特にその人格が他人との接触を求め、一緒に遊ぶことで喜びを表現するような場合には、その子供人格はそのDIDの方が幼少時に甘えや遊びを十分に体験できなかったことの代償と思えることも少なくないのである。

子供の人格への応対

「子供の人格が出たらどうしたらいいのですか?」という問いは、患者の家族からも、療法家からも頻繁に問われる。そこには二つの問いが含まれているといってよい。一つはこちらも相手を子供と見なして接するべきか否か、それとも大人が演じているものとして対応するべきかという問いであり、もう一つは子供の相手をまともにすることにより、子供の出現が定着してしまうのではないかという問いである。
この両方の問いは、どちらも解離の本質に迫り、かつ非常に大きな誤解を伴った問いと言えるだろう。まずは最初の問いである。あくまでも子どもとして接するべきであろうか?
まず私自身としては、「もちろん子供として接するべきである」と言いたい。子供の人格の出現は、例えていうならば、ある患者さんが治療者と話していて、突然その患者さんの娘が入れ替わったようなものである。そのような場合、治療者はどうするべきだろうか。
 その時に治療者がその子供に対して、「大人が演じているものとして」対応するとしたら、「あなたは子供のように私に甘えたいんですね。」となるであろうが、その子供は何のことが分からなくてきょとんとした目をするだけだろう。話しかけているのは母親に対してではなく、あくまでも子供自身に対してだからである。
 ただし私のこのたとえでは、子供の横に母親がいるというところが重要である。実際に子供の人格が登場する時に、背後に大人の人格が見え隠れすることが多い。やはり子供の人格だけでは心配ということだろうか。子供の人格が前面に出ていて、大人の人格が後ろで観察しているという場合も多い。するとその大人の人格は治療者の様子を見て「ああ、この治療者は私の子供の人格のことを受け入れてくれないようね。じゃ私が代わらなくちゃ。」ということになったりもする。ここにはその治療者に対する「気遣い」すらありうる。そして子供の人格が引っ込んで大人の人格が再び登場すると、治療者はこう言うかもしれない。「多重人格と言われる人たちの人格部分、例えば子供の人格は、それを扱うことで出続けるのです。私は扱わない主義なので子供の人格などは出てきません。その意味でDIDは医原性ともいえるのです。」。子供の人格がこの様に時には中途半端で、治療者の対応の仕方に応じて変わることは、一部の治療者の解離現象に対する無理解を助長することにもつながるのである。
子供の人格に応対する時のもう一つの懸念を思い出してみよう。それは「あからさまに子供の人格を相手にすることにより、子供の出現が定着してしまうのではないか」というものであった。実はこの問いに対する答えは微妙なものとなる。それは確かに場合によっては、そのようなかかわりにより短期的にではあれ子供の出現が「定着」してしまう可能性があるからだ。そしての定着の仕方によってはそれが本人のために好かったり悪かったりもするのである。
子供の人格とは、おそらくその人の中でまだ扱われ切れていない部分という意味を持つ。その人が子供時代に表現できなかったものが残っていると考えてだいたいは間違いがないだろう。DIDの方の多くは幼少時に子供らしさや甘えを十分に表現できていない。これは臨床で彼女たちに会っていて持つ印象である。そしてそのような患者さんたちの子供時代としては、幼らしさや我儘を表現することが抑圧された厳しい生育環境を想像することが出来る。
 ただし例外と見られる場合もあるようだ。DIDの方の母親が「この子は小さいころから頑固で自己主張が強いという一面を持っていました」と話すことがあるのである。このようなことからも子供人格の成因について安易に憶測することには多大な危険が伴う。すぐにでも両親の批判が始まってしまいかねないからだ。だからここでは一般化した言い方を用いて、「子供の人格は一般的に自己表現を求めて出てくると考えるべきだ」という程度に考えておこう。この表現であればほぼ妥当であると考えられるからである。そして自己表現の機会が必要なくなった子供の人格には冬眠という手段が残されているからである。
 さてあるDIDの方Aさんが、ある程度受容な人、例えば恋人Bさんに出会い、デート場面で子供人格Aちゃんが出てくるとしよう。(その受容的な人とは治療者でもパートナーでも友達でもいい。でもここでは一応恋人を想定する。)AちゃんはBさんと仲良くなり、しばしばBさんがいる時に出て来て、遊びをせがむようになる。子供の人格の出現が「定着」した状態と考えていいだろう。するとBさんにとっては恋人と会う時間にその子供の相手をすることになる。彼はそれを不都合と感じるかもしれない。それがBさんにとって好ましくない状況であり、BさんがAちゃんの主人格Aさんに会いたいと思う気持ちを対象なりとも失わせるとしたら、Aさんにとっても不都合なことになろう。
 もちろんBさんがAちゃんの出現を歓迎するか、少なくとも受容的な態度で接する場合もあるだろう。そしてそれがAさんのBさんへの信頼を増すことになり、二人の仲がより親密になるとしたら、結果的にこの「定着」は悪くなかったということにもなるのだ。

現実にはこのような場合さまざまなケースが考えられる。BさんがAちゃんの出現に寛容な場合が多い印象があるが、時にはAちゃんを全く相手にしようとしなかったり、虐待的であったりするのである。

2014年12月25日木曜日

最新の解離(15)

人格部分との治療的な触は、それ自体が「ミスマッチ」となりうる

このテーマとの関連で、最後に解離とTRPに関して、まとめておきたい。ひとことで言えば、人格部分との接触は、それをいたずらに敬遠することなく、それが生じる時はTRPとしての意味を持つ形で扱うべきである、ということである。私が出会った人格部分たちの多くは、さまざまなトラウマ記憶や不満を抱えている。自分が一個人格として認めてもらえない、異なった性の体に閉じ込められている、自分の人生を歩めない等の不満や不幸を抱えている。そしてそれらの体験を訴えることを目的として出現することも多い。
 それではなぜ人格の交代が生じるのか? 本当のところはわからないが、それは今まで果たせていない自己表現の機会を求めてのものと考えるのが一番近いように思う。人格部分ごとに、自分を表現したい、わかってもらいたいという願望を持つのだろう。というよりは、そのような願望を持つ人格部分が出現する傾向にある、と考えるべきかもしれない。時には人格部分への移行が、あたかもカタルシス効果を求めているかのような生じ方をすることもある。職場での勤務を続けていると、そこでのフラストレーションの度合いに応じて、子ども人格の出現を抑えがたくなるという体験をよく聞くが、これは内側からの衝動として感じるのであろう。ただし子ども人格の出現とともに主人格は意識を失うということであれば、彼(女)は正確にはカタルシス体験を持たないことになる。
 ともあれそのような形で出現した人格を治療者が敬意をもって接することは、それそのものが「ミスマッチ」としての体験を生む可能性がある。なぜならそれまでは人格部分は出現してもそうと認められず、自己表現をする場を常に排除され続けてきた可能性があるからだ。自分は自己主張を許されない、あるいはたとえしても認められない存在、という体験を持ち続けることの多かった人格部分は、「存在を認められる」という新しい体験を持つことになる。そしてそれまでその人格部分に相当する神経ネットワークがほかの部分と遮断されていたという状況が変わるのであろう。それがこれまでに見た「再固定化」に相当する現象と考えられるのではないか?

TRPは解離性遁走には当てはまらない?

 ところでこの「人格部分には主張がある」という仮説は、解離性遁走に関しては、あまり当てはまらない可能性がある。遁走中の人格はしばしば人格的には白紙のような存在で、必要最小限の意識レベルで行動しているかのようであり、そうすることで何を主張したいのかは不明なのである。
 1013年9月には、千葉県茂原の高3女子が二月間行方不明になった事件が報道されたが、御本人に会わない以上何とも言えないが、報道の内容から判断する限りでは、やはり朦朧として最小限の判断力で徘徊していた可能性がある。一種のトランス状態と考えてもいいのではないか。ちょうど意識状態としては半覚せいに近い状態と考えることが出来る。

 ここで一言トランス状態についての説明を加えたい。2013年に発表された米国のDSM-5には「他の特定される解離性障害」の下位項目として「解離性トランス」が設けられている。これについては「この状態は直接接している環境に対する認識の急性の狭窄化または完全な欠損によつて特徴づけられ,環境刺激への著明な無反応性または無感覚として現れる。無反応性には,軽微な常同的行動(例:指運動)を伴うことがあるが、一過性の麻痺または意識消失と同様に、これにその人は気づかず、および/または制御することもできない。」と説明されている。

 解離性遁走には不明なことが多いが、おそらく人間の心にはある種のプリミティブな意識状態のモード、コンピューターで言えば、DOSモードのような状態が存在し、そこへの回帰が時々原因不明ながらも起きるのではないか? 遁走状態にみられる自我の在り方は、いわゆる文化結合症候群に見られるそれにむしろかなり近い。アイヌのイム、東南アジアに見られるラター、アモックなどにかなり類似している。突然あるプリミティブな人格状態になり、急速に回復して健忘を残す。DIDによる人格交代と、遁走における人格状態の変化との違いは何か?
 おそらく人格状態の交代には、二つの要素がからんでいることになる。一つは主人格のストレスの大きさないしはストレス耐性の弱さであり、それが人格部分にスイッチするきっかけとなりうる。そしてもう一つは人格部分の持つ準備性、あるいは「出たい」という衝動であろう。おそらく人格Aがストレスに耐えられず、また人格Bが出番待ちをしているというタイミングが重なれば、AからBへの移行がスムーズに生じる。しかしAがストレスに耐えられない時に、Bに相当する人格が未形成な、あるいはプリミティブなモードの場合はどうか? おそらくそれが遁走状態を生むのであろう。遁走がしばしば全生活史健忘を生むのは、人格Bに相当する状態が、それ自身の生活史を持たず、いわば白紙の状態でAの人生を引き継いだ状態と仮定することが出来る。
 このことから導き出されるのは、TRPの考え方は、DIDタイプの人格交代に対してはある程度の応用が可能だが、解離性遁走に関しての応用可能性については未知数と言わざるを得ないということである。


2014年12月24日水曜日

最新の解離(14)

(8)解離と再固定化療法

本章では解離とTRPの関係について考える。そもそも本書は解離性障害に向けられたものであり、再固定化やTRPについてこれまで長々と考察してきたのは、それが解離の治療に役立てる事が出来るかどうかについての検討のための準備であった。
 記憶の改編や再固定化について論じた後に解離性障害について考えると、改めて解離という現象の不思議さを感じる。AとBという、互いに健忘障壁のある人格を考え、それに相当する神経ネットワークA、Bを考えてみる。常にこの二つはその人の中で頻繁に興奮しているはずなのに、この二つがつながらず、共鳴もしないのだ! あたかもつながる機会がありながらわざとつながろうとしない二つのネットワーク群、という印象を受けるのである。
 このAとBの疎通性の欠如はおそらくA,とBの間にシナプスの形成が行われていないという状況とはおそらく違うと私は考える。Aが興奮しているとき、Bは抑制される、という機制がない限り、人格間のスイッチングは起きないのではないかと思う。そう、思考ないし記憶の神経ネットワーク間のつながりは、両者を結ぶ神経線維があるかないか、だけでなくそれが興奮系か抑制系か、という問題も含む、実に複雑な話なのである。以上を前置きとする。

人格部分との出会いはトラウマの再演でもある―トラウマを抱えた子供の人格部分

人格部分との出会いは、しばしば外傷記憶を扱うことを意味する。それは典型的には、子供の人格部分が現れ、いつもおびえて泣き叫ぶという形で出てくるような場合にはなおさらである。その際はその人格部分の出現はトラウマのフラッシュバックと似た現象としてとらえることができる。ただしその場合はフラッシュバックより一つないし二つほど「次元が高い」現象と理解することが出来る。PTSDにおけるフラッシュバックがある種のトラウマの時のシーンの二次元レベルでの、静止画的な再現とすると、子供人格の出現はそれが継時的な動画のようであり、その時の自分が舞い戻っているという、より複合的な現象だからである。またこのことは、PTSDのフラッシュバックも一種の人格交代現象に類似する、という見方を促すことにもなるであろう。このことはいわゆる構造的解離理論の第1次解離という概念が含意していることでもある。(この理論では、PTSDもやはり解離として理解するのが特徴である。)
 子供人格がトラウマを抱えている場合、その人格に伴ってそのシーンがいつも同じ形で反復するという印象を受ける。ただし子供の人格にはとても無邪気で創造的でクリエイティブな振る舞いを示すものもある。一見明白なトラウマを抱えているわけではなく、ただ遊ぶことを目的に出てくるように見える子供たちであるが、臨床上はこちらに出会うことの方がむしろ多い。彼らの目的は何であろうか?おそらくこちらはトラウマを背負ったこともの人格部分とは多少なりとも異なる由来を持つ可能性がある。こちらはむしろ愛着障害に由来するのではないか。のびのびと甘え、遊ぶ体験を実際には持てず、ファンタジーの中でのみそれが実現していた場合、それもまた子供の人格部分として隔離されてる可能性があるのだ。ただし最近用いられる「愛着トラウマ」という表現を用いるならば、こちらもまたトラウマ由来ということが出来るかもしれない。
さて私がこの章で扱いたいのは、これまで考察してきたTRPを解離性障害に応用する可能性についてである。そこでTRPについて少し復習しよう。私たちが学んだのは、トラウマ記憶がそこに流れている確信的な考えとともに、それとミスマッチとなるような思考を隣接させることで、再固定化が起こるということであった。そして前章ではさまざまな例を見たわけだが、そこで提示された症例はどれも、ある種の文章化しうるような思考内容を抽出し、それをインデックスカードに書いて宿題として何度も声に出して読んできてもらうという形式をとっていた。その意味ではかなり認知療法的な手法ともいえる。
 しかし解離の場合にはおそらく通常の認知療法的な手法はあまり通用しない可能性がある。インデックスカードを用いた宿題が意味を持つのは、それが一般して一つの人格により行われていることを前提としている。しかしDIDの場合には事情が異なる。ある人格Aが学んだ内容を人格BやCは把握していない可能性があるのだ。そのためにたとえば人格Aに対して、あるいはB、Cに対して個別にこのTRPのプロセスを行っていくことになる。そしてその具体的な手順としては、おそらく考えを文章化する、という形ではなく、より体験的、実践的なセッションになるはずである。
 例えば第(6)章で紹介したケースDを思い出していただきたい。Bさんは20代後半の女性で、閉所恐怖症があり、車に乗っていて渋滞に巻き込まれると、胸のあたりがざわざわしてくる、というあのケースだ。Dさんの場合の治療者は、その状況を思い出してもらい、そこでイメージの中で新たな行動に出てもらうことでその記憶の再固定化につなげた。もちろんこの例で渋滞に巻き込まれたDさんは人格部分ではない。しかしそれはトラウマの再現であり、それを体験しているDさんはいつもとは異なる心の在り方をしているはずだ。そしてこのような手法を、DIDにおいて傷つきを体験している人格部分について応用することができるであろう。
 ここであるDIDの患者Aさんを考え、そのトラウマを負った子供の人格Aちゃんを考える。Aちゃんは幼少時に野犬に襲われて瀕死の重傷を負ったのである。するとその人格が出て反しているときにそれを想起してもらい、Aちゃんが「こうすればよかった」というイメージを浮かべ、さらには実行したつもりになってもらうという作業がもし可能であれば、それは再固定化につながる可能性がある。たとえばその犬に対して突然魔法の剣を取り出して斬り捨てる、ドラえもんに登場してもらい、撃退してもらうなどでもいいであろう。
このようなプロセスの際、そのような作業を行うためにAちゃんを呼び出すか否か、という問題があるが、もちろんAちゃんが「眠った子」である場合に「起こす」必要はないであろう。その外傷記憶は再固定を待つまでもなく風化しかけている可能性があり、その場合に新たに呼び起こすことは治療的とは言えないからだ。

一見普通の(ANP的な)子供人格とのかかわり

トラウマを負ったAちゃんのような子供人格とは別に、そうでない子供人格、遊びを求めて出てくるような子供人格とのかかわりは、再固定化とどのような関係があるのであろうか?
 ここでバンデアハート先生たちによる「構造的解離理論」に基づけば、出現した時に一見普通にふるまう人格は「ANP的」、つまり Apparently Normal Part (一見正常な人格部分)としての性質として分類されるのであるが、ここではどのように呼ぶかはさほど重要ではない。ともかくもこの一見遊び盛りの子供人格Aちゃんについて考えてみる。すでに私はかつての著書で、「子供の人格をどのように扱うのか?」というテーマについて幾度となく扱ったわけであるが、その一つの扱い方は「遊ぶ」ということであった。これがおそらく妥当である一つの理由は、子供の成長ということにある。Aちゃんの主人格は、おそらく養育上あまり「遊べる」環境になかったことは多くの患者の伝えるところから推察される。実際に「遊ぶ」かかわりが続くにしたがって、ケースによっては言語能力が発達し、書く字も達者になり、遊びもより成熟したものへと変っていき、「遊びたい」という願望も軽減していくことはよくある。
これとTRPとはどう関係するのだろうか?おそらく「遊んでいいんだ!」「自分らしく自由に振舞っても怒られないんだ!」という体験が再固定化に必要なミスマッチなのだろうと私は考える。
 あるDIDの方から、「小さいころ幼稚園で普通に遊べても、家に帰ると決して同じような振る舞いが出来ないし、そもそもそのような発想が湧かなかったということに気がついた」という話を聞いた。あるいは「小さいころは女の子であるにもかかわらず、決して人形やおままごとの遊びをさせてもらえず、人形も買ってもらえず、常に男の子として振舞うことを強制された」という方の話も聞いた。親といることである特殊な振る舞いしか許されず、それ以外を常に抑制しなくてはならないという家庭環境は決して少なくない。するとそれが許されるような体験はおおむねミスマッチとして体験される可能性があるのである。そしてそれが解離の患者さんの場合に特別に治療的な意味を持つのであろう。
 
子供人格においてなぜ遊ぶことが治療的かについて、明確な答え方はできない。しかしひとつ臨床的な印象を述べるならば、子供人格の「気が済む」のであり、「思い残すことなく大人になれる」という感覚が生まれるのではないか、ということだ。解離性障害の治療においてしばしば問題となる、この「思い残し」とは何か?そこにこだわりがあるために、あたかも浮かばれない霊のように居続ける子供の人格、とたとえることも出来よう。一つ言えるのは、それが子供の人格の、ある表現されることのなかった部分に関連しているであろうということだ。「お母さんに甘えたい」「わがままを言いたい」「お人形と遊びたい」という願望は、おそらく子供時代には本人にも意識されることなく、したがって表現されることもなかった。多くの子供の場合、甘えたくても甘えられない事情があれば、その気持ちは抑圧という形をとることで処理をされるのであろう。しかしそれが時には別の、解離という形をとって処理される場合もある。そしてその処理のされ方が、ちょうど神経回路における「つながっていない」状態を形成する。つまり「わがままを言いたい」は通常の子供が行う思考活動や記憶の形成とは隔離された形で残っていく。「人形をねだる」という発想はそもそも日常生活における母親とのかかわりで、わいてこない。そこに治療者が表れて「遊んでもいいんだよ」と伝えることは、ミスマッチであると同時に通常の思考過程とその思考や願望を「つなげる」意味を持つのである。

解離のTRPに必要な心構え―解離や人格交代を危険視しないこと

解離における再固定化の問題を扱う上で、改めて提言したいことがある。それは、解離を必要以上に危険視しないことの重要さである。
 日米での臨床を通してしばしば出会ったのは、解離性健忘に対するかなり偏った考え方を持つ臨床家(心理士、精神科医)である。彼らは患者がある事柄についての健忘を起こしていると知ると、基本的には患者にその記憶内容に触れさせないようにする傾向にある。
 あるケースは突然職場から失踪し、数日後に町を徘徊しているところを保護された際には、過去3か月間の記憶がなかった。彼は救急搬送されて身体的、神経内科的には何も問題がないことがわかった後、精神科の入院病棟に移された。そこでは基本的に過去のことを伝えることが控えられた。とくに失踪前にあったという職場での上司との確執については、それが患者の耳に入らないように特別に「配慮」されたという。結局記憶は戻らず、また器質的な異常も見つからずに3か月後に退院となった。
 このような形での精神科による解離性遁走の扱いは比較的よく耳にする。治療法がどこにも明確に書かれてはいない以上、精神科医が勘に頼ってやるしかない。その結果として解離体験をいかに「防ぐ」かに重点が置かれるのである。
 もちろん入院中は患者に過去の情報を全く耳に入れないわけにいかないので、徐々に患者を現在の生活状況に関する情報に慣らしていくわけであるが、大体数週間は猶予期間に充て入院を継続し、おそらく何も明らかな異常が見つからないままに器質的な疾患の除外を続けるのみで、その間何ら具体的な治療は行われないことになる。その際過去の出来事から遠ざける根拠となるのは、「解離性健忘はストレスやトラウマから逃れるための機制だから、その時のことを思い出させることで、再び遁走が起きてしまうかもしれない。」という理屈である。
 このように解離を危険視し、それを敬遠する傾向は臨床家の間できわめて根深い。心を扱う人々が、特に医学的な知識が乏しい場合に一番陥りやすいのは心因論である。ある心の現象には、それが起きる心理的な理由があり、主として何かから身を守る為、防衛の為にそれを用いるが、時にそれが破局的な結果をもたらすのだという発想。これが解離性健忘にも同様に適用される。
 しかし解離性健忘が起きるタイミングからは、漠然と何らかの心因はうかがえても、それ以外は偶発事、アクシデントとしか理解できない生じ方をすることもまた多い。解離はそれを一つの現象としては捉えても、その再発を恐れるあまり必要な情報さえ伝えないことは患者の社会復帰を遅らせることにつながる可能性がある。

おそらく解離という現象には、その人の中枢神経系にとっての安全装置というニュアンスはあるだろう。それが生じることによって当座の体験を回避することに何らかの意味があったと考えるべきであろう。しかしその生じ方はまた偶発的であり、個別的である。それはそれが生じるようなあらゆる手段を講じたとしても起きる時は起きる。解離が顕著なトラウマに際して生じる場合以外は、それを予見することが非常に難しい場合も多い。それでも無理に解離を回避しようとすると、必然的にそれを生む可能性のある日常生活上のストレスやトラウマに対して腫れ物に触るような態度を示すことになる。しかし解離症状に必要なのは、それが日常生活に支障をきたす形で起きる際にはそれを扱わざるを得ないという、ある意味では自明な姿勢である。

2014年12月23日火曜日

最新の解離(13)


デブリーフィングの問題から学ぶこと―新しいトラウマ記憶と古いトラウマ記憶

このデブリーフィングの問題をもう少し臨床的に考え直してみよう。というのもCISDが有害であるという結論は、私たちの日常臨床的な発想とはかなり異なるからだ。またもちろんこの話が、本章ですでに述べた、つらい出来事を話すことで気が楽になるという例とは矛盾していることは明らかである。そしてこの問題はトラウマを扱う際の治療者の心にも一つのジレンマを生んでいるのは確かなことなのだ。なぜつらいことがあった時にすぐに話せば楽になる場合があるのに、グループでデブリーフィングをするのはよくないとされているのだろうか?
実は私は、デブリーフィングでトラウマ記憶が悪化するのは、実はほんの一部の例であろうと考えている。一部の例では確かに話すことで「レコード盤の凹凸がさらに深まる」という事態が起きるのであろう。しかしそれ以外の例ではいい意味での記憶の改編が生じることもまた多いはずだ。さもなければトラウマを体験した私たちはだれも、少なくともその直後の一定の期間は、一切それを口外しないことでさらなるトラウマを回避するであろう。ところがつらい出来事を打ち明けるということはあまりに頻繁に、しかも当たり前のように私たちが行うことであり、それが事実多くの場合に助けとなっているということにも疑う余地はないであろう。私の考えでは、デブリーフィングに関する教訓は、「トラウマの直後に体験を話すことを促すことで、その人のトラウマ記憶がより苦痛を伴うものとなる場合がある」ということでしかない。極論をするならば、トラウマの直後につらい気持ちを打ち明けたい人を「ダメですよ、デプリーフィングになってしまいますから」と言って拒否するとしたら、そのことでかえって問題が生じるものと思う。
デブリーフィングの問題が端的に教えてくれているのは、私たちはおそらくトラウマ記憶を、新鮮なそれと陳旧性のそれとに分けて考える必要がある、ということだ。確かにトラウマが生じて間もない記憶の扱いには気をつけなくてはならない。彼らに「詳細な描写を求めること」には慎重にならなくてはならない。しかし同じことをトラウマを受けて1年以上経った患者さんに当てはめる事が出来るだろうか?それではそもそもエクスポージャー療法(暴露療法)が一切成り立たないどころか、むしろ非治療的に働いてしまいかねない。 
常識的に私たちが知っているのは、時間がたったトラウマは、それを語らせることでそれが深刻な形でよみがえるということは一般的には起きない、と言うことだ。ここで「一般的には」と断ったのには重要な意味がある。例外も確かにあるからだ。つらい体験を語ることは、その人の気持ちを暗くし、絶望的な気持ちを一時的にではあれよみがえらせる。治療場面でそのような状況に遭遇するのは治療者にも胸の痛む体験だ。しかし通常は、その話題から離れることで患者の表情も戻っていく。時間が経った記憶は基本的にはその深刻さを悪化させることはないのだ。あくまでもその記憶が形成された直後は事情が違う。
 ではいつまでがその「直後」と言えるのだろうか?おそらく明確な説はまだないのであろう。可能性としては数日間~数週間ではないだろうか。この期間は海馬が LTP( Long-term potentiation, 長期増強)という状態を経て長期記憶を形成するまでの期間で、それ以降は海馬はそれを大脳皮質の各場所に手渡してしまう。つまりこの期間以内なら、記憶はまだ海馬にとどまっている状態である。海馬とは興味深い器官であり、脳においては例外的に細胞が常に再生していることが知られる。記憶を残した鋳型自体が数日間で消えていくのだ。以前にレコード盤の比喩を用いたが、トラウマを受けた直後のレコード盤は海馬の歯状核という部分に相当するのである。ここのレコード盤は少し変っていて、それがレコード針でなぞられることで(つまり「詳細な描写を求めることで」)その刻印が深くなっていくという構造になるのだろう。そしてそれが深ければ深いほど、数日以内に皮質に手渡す際の記憶の鮮明さや強度も高まるというわけである。

記憶の再固定で起きていること―「補助線」仮説

再び記憶の再固定化の問題に戻り、その際脳の中で起きていることに関する私の仮説を示したい。それは私が「補助線」仮説とでもいうべきものである。幾何学で補助線を一本引くと見えなかったものが急に見えてきて、問題が一挙に解決するように、脳においてもわずかな神経回路の疎通が、ある種の記憶や思考内容の全体の質を変えるということが起きるのではないか。そしてそれが記憶の改編や再固定化で生じているのではないか、というのが私の考えである。
そもそも記憶の改編や再固定化とは、それほど特別な現象なのだろうか? たとえば気付きとか、「あ、そうか!」体験で起きていることとあまり変わらないのではないだろうか、という疑問も持っている。これについて少し考えて見よう。
 そもそも私たちがある事柄について決して忘れないような体験をする時、脳の中で何が起きているのか? 例えば長い間考えあぐねていた問題にあるヒントが与えられ、そこから一気にその問題が解決したとしよう。いわゆる「あ、そうか!」体験である。これは一度それが生じた場合には、二度とそれを忘れることはない性質のものとなりうる。その意味ではその問題に関する思考そのものが極めて迅速に改編され、ないしは再固定された例と考えることが出来るだろう。
 この例で思考が改編ないし再固定化された際の脳の中の機序は、ある意味では容易に想像できることだ。ちょうど円環の最後がつながったような状態である。神経回路AとBがすでに形成されて、あとはAとBをつなぐほんの一本の短い回路が形成された状態と考えられるであろう。それにより主観的には「ああ、なんだ、AとはBのことなのだ」あるいは「ああ、AがBを引き起こしたのだ」という体験となるだろう。その後には「AとはBである」という説明を繰り返し聞く必要がない。ほんの一回だけ、それも耳元でささやかれるだけでも、「AはBだ」はそれ以降は再び学習をする必要がないほどに迅速な効果を及ぼす。学習という意味ではこれほど効率のいいものはない。それを私が比喩的に「補助線」と呼んでいるのである。
ひとつのわかりやすい例を挙げれば、私の主張が理解しやすくなるだろう。たとえばあなたの職場にAさんという同僚がいるとする。彼の振る舞いや言葉遣いはどこかで聞いたような気がするが、思い出せない。懐かしいが過去に会った覚えなどはない。ところがある日AさんがX県出身であることを知る。彼の気性や言葉に見られるちょっとした訛りは、以前に親しくしていたBさんに似ているのだ。そしてBさんが確かX県出身と聞いていた。そこであなたはX県人としてのAさんという新たな思考を得る。そしてそれまで持っていたさまざまな疑問が氷解することになる。
「X県人としてのAさん」という思考の持つ量は膨大である。それはその事実を知らされるまではあなたの頭に存在しなかった。しかしどうしてそれがほんの一瞬にして、しかもほぼ半永久的に形成されるのであろうか?私たちは4ケタの番号を記憶するのでさえ、何度も復唱しなくてはならないのである。それは何よりAさんに関する様々な情報はすでに蓄積されており、またX県出身のBさんから体験していた独特の雰囲気もすでに成立していた。あとは両者の間に一本の回路が形成されただけだからである。ちょうど水をたたえた二つのダムの間に掘られたトンネルのようなものだ。シャベルによる最後のひと堀りで両者がつながる。するとそこには一つづきのダムが成立することになる。
 ただしもう科学的には思考Pと思考Qがつながる、ということはダムがつながる以上の大きなインパクトを与えることになる。それはPとQという二つの神経回路が「同期化」するようになるということである。ある思考内容が想起されているとき、それに相当する神経回路は興奮した状態になるが、それが同期化しているということが大切である。すなわちそれがひと塊として興奮し、少なくとも部分的にはその興奮の波形が一致することで(それぞれのサインカーブの位相が一致していることで)、その細部にまで思い至ることができるのであろう。Aさんを思い浮かべているとき、例えば彼の顔を想起した直後に声を想起することは比較的容易であろうし、彼の過去の経歴について聞き及んでいることも同時に思い出されるであろう。それはAさんに関係した様々な情報や記憶に関する回路が同時に励起しているからこそ可能なのである。
 さてPとQという回路につながりがないということは、Pの興奮に際してQが同時に興奮しない、つまり同時に想起できないということだ。そして両者につながりができるということは、Pの興奮がQの興奮を呼び、ないしはその逆のことが生じ、それが位相を同じくするということだ。それによりたとえばAさんの顔を思い浮かべても、その会話の記憶を掘り起こしても、それが「X県人」という思考と同時に興奮するようになる。これはおそらくこれまでのAさんの記憶に全く新たな色彩を与えることになる。「Aさんがあの時あのような表情をしたのは、X県人の特徴だったのだ」という形で、である。
同様の例をもう一つ挙げておこう。あなたの職場に新しく入った同僚Cさん。どうもいい印象がない。面と向かって話したことは一度もないが、いつも人を見下すような、自信ありげな強い口調がいけ好かないと感じている。ところがある時、そのCさんが、Y県のある高校の出身であることを知った。あなたもY県出身である。「なんだ、同郷ではないか。しかも同じ地元だ」それに話を聞くと学年もあなたとあまり違わず、ということはどこかですれ違っていた可能性もある。すると途端にCさんに対する印象が違って来る。自分はY県人出身の人間はとっつきにくいが悪い人間はいないと思っている。Cさんもぶっきらぼうで言葉は荒っぽいが、人は悪くないのかもしれない。今度飲みに誘ってみよう、と思うようになった。
 この場合CさんとY県人との神経ネットワークは「補助線」的な一本でつながったことになる。するとCさんのイメージは、Y県人というイメージに強く影響を受けることになり、あなたのCさんに対する心証はガラッと変わってしまうことになるだろう。

ところでこのような神経ネットワークの成立は、それまでの非外傷的な体験を外傷体験に変えてしまうという作用も有する。そのような例を米国滞在中に聞いた。ある女性(Eさん、としよう)はある男性 F に付きまとわれて、危うく性被害に遭うという体験を持っていた。彼女はそれに傷つきはしたが、さほど深刻な反応は起こさなかった。ところが後になって捕まった男性 F は、何人かの女性に性的暴行を加えたあげくに殺害していたということがわかり、それが大きく報道された。その報道に接して、自分にトラウマを負わせた男が実は殺人犯であったことを知った E さんは大きなショックを受け、「一歩間違えれば自分は殺されるところだった」と思ったという。その時からフラッシュバックや感覚鈍麻などを伴ったPTSD 症状が始まったのだ。
この E さんに関して生じたのは以下のことだろう。F に付きまとわれた記憶はネットワークを形成していたが、それ自身はさほどトウラマにはなっていなかった。しかし F が殺人者と知り、その記憶のネットワークが興奮するときは殺人者という恐ろしいイメージとともに興奮することで、その記憶の一つ一つが異なった意味合いを持つようになった。その結果として付きまとわれの記憶はことごとくフラッシュバックを伴うほどに外傷性の意味合いを持ってしまったのである。

神経回路同士のつながりが不完全な場合
これらの三つの例においては神経回路の疎通性の成立ということを、記憶やイメージの改編の仕組みとして考えた。この場合その記憶の改編はかなり具体的な脳のレベルでのシナプスの形成によるものと考えることができる。なぜならAさんがX県人であるという思考、CさんがY県人であるという思考、Eさんに被害を与えたFは殺人者であったという思考は、それ自身がかなり具体的な事実認定であり、そのシナプスの形成はその根拠が保障されているからである。それはたとえばAさんがX県人ではないか、と単に想像しているだけであったり、CさんがY県人ではないかという噂を聞いただけであるという場合とはかなり異なる。それらの場合はいっぺんに相手に対する印象が変わるということはないであろう。それ等の可能性はAさんやCさんに対するそのほかの様々な属性と同様、不確実なものであるが、それはAさんについてそれ以外にもたくさんある不可実な可能性と同様である。それらとはすなわちAさんが「本当は悪い人間ではない可能性」とか、「何らかの理由で私に恨みを持っている可能性」「ゲイである可能性」などと同様である。
 このような場合は、それらに相当する神経回路PとQとのつながりはどうなっているのであろうか?私の推測ではあるが、そのつながりは不完全で、シナプス形成はかなり弱い(細い?)ことになるであろう。すなわちPが興奮しているときのQの共鳴の仕方が十分でなく、それは主観的にそのつながりの弱さを、つまりはその結びつきが可能態でしかないことを感じさせるのであろう。
たとえば次のような思考実験をしてみる。同僚CさんがY県出身であるということを、しばらく前にどこかで聞いていた気がするが思い出せない、という状況である。その時はまだCさんに出会っていず、その人となりに特に関心もなかった。そしてその新人の出身地が何らかの形で伝えられた時から時間がたっているために、その記憶もすでにあいまいになっているのである。この場合はそれを聞いていた時には記憶をしていた内容が「消去」されかかっていた状況と考えると、シナプスの結合が弱くなっていると考えることができる。そう、「~かもしれない」と想像している状況とあまり変わらないのだ。

この時の神経ネットワークPとQとの関係は微妙である。両者はつながっているようでつながっていない。それは想像上一時的につなげることはできるが、いわばその時だけ臨時に梯子をかけたような状態であり、実際のシナプス結合には至らない。あなたはAさんの仕草からX県人ではないか、とふと思ったとする。実際にそうだとすると納得のいくような仕草が多々見られると考える。しかし「そんなバカな」「俺は何を夢想しているんだろう」という形で打ち消した途端、一時的に共鳴していた神経回路PとQはすぐその共鳴をやめてしまう。想像していた時はPとQを一時的につなげてみただけであり、それは実際のシナプス形成にはつながらない。もしそれがシナプス形成を多少なりとも生むとしたら、AさんがX県人であるということを何度も想像するうちに確信に至ることにもなりかねないが、その種の精神病理が存在することは論を待たないとしても、ふつうはそれは生じないのである。