2023年8月7日月曜日

連載エッセイ 7の7

 ちなみにこの図が出てくるのは2004年の Edelman の ”Higher than the Sky”(Edelman,2004, Yale University Press, p.71 )という本であった。2000年の著書には出てこないのに4年後に出てきたのはどのような意味があるかはわからないが、彼らの考えていたことがより明確になったということが推察出来るだろう。このことからエデルマンは、分離脳においては二つのダイナミックコアが左右脳で成立していることは認めるであろう。しかし多重人格のようにダイナミックコアが複数存在するような状況において、それがどの様な形で存在しているかわからない。

この図はとりあえずこのDCを私が更に簡略化し、記号化したものである。 

すると人の脳は、これを左右に二つ持っていることになる。これが次の図である。




さらにはこれがDIDの場合に重複しているというイメージを描いたのが最後の図である。(ちなみにこの図は色々な論文ですでに使いまわしている。)

2023年8月6日日曜日

連載エッセイ 7の6

そもそもコアとは何か?
実は同じことを20年以上前に考え、理論を提出した学者がいる。どれがノーベル賞受賞者 Gerald Edelman の「ダイナミックコア」説である。この連載にもすでに何度も登場していただいている。

「脳の特定の場所はこのダイナミックコアに常に属しているのだろうか? このコアは分割されたり、増殖したりするのだろうか?この複数のコアの存在に関する病理的な状況はあり得るのだろうか? あるいは一つのコアに異常があるのだろうか。次のように予測することには意味があるだろう。意識に関する病理、特に解離性障害やスキゾフレニアは、ダイナミックコアの病理によるもので、その結果としてダイナミックコアの複数化を引き起こすのだろうか?」(Edelman & Tononi (2000) Universe of Consciousness. Basic Books.) p154)

 この引用文は貴重である。なぜなら Edelman の研究をそのままDIDの理論に引っ張ってくることが出来るからだ。
ではそのコアとは何か。Edelman & Tononi の "Universe of Consciousness”(p.144)での表現は結構曖昧だ。「神経細胞の集団が以下のような条件を満たす場合に、意識的な体験に直接貢献する。それらは機能的な固まり functional cluster として分配されたそれらの一部が、視床皮質システムの入再入 reentrant による関りを通して、数ミリ秒の間に高度の統合を達成する時。そしてその意識的な経験が支えられるためには、その機能的な固まりは、高値を示す複雑さにより示されるように高度に分化されている必要がある。」(念のため以下は元の文章。)
A group of neurons can contribute directly to conscious experience only if it is part of a distributed functional cluster that, through reentrant interactions in the thalamocortical system, achieves high integration in hundreds of milliseconds. To sustain conscious experience, it is essential that this functional cluster be highly differentiated, as indicated by high values of complexity. (Universe of Consciousness. p154

この図は Edelman (2004)Higher than the Sky.Yale U
niversity Press, p.71 より引用。






2023年8月5日土曜日

連載エッセイ 7の5

 少なくとも人間のはデュアルコアであるということはここで示せたと思う。それもかなり見事な機能の仕方をしている。両者は切断しても、おそらく異変に気が付かずにこれまでの通常の機能を維持する。すなわち「通常の機能」自体が二つのコアにおける活動を基盤にしているということだ。それは両者からのインプットを基盤に左脳で統合しているという形を取る。そのことがよく分かるのがジョーの例だ。彼は左右脳が切り離されていても、それに頓着しなかったようである。そして左右の脳がお互いを知らず、あたかも別個の人間のようにふるまっているというのが決め手といえるだろう。
 ところでこのことから多重人格状態において起きていることについて類推することには極めて大きな飛躍がある事になる。例えば次のような仮説でさえ、すでにうまくいかない。
 「いわゆる二重人格、すなわちAさんという人格とBさんという人格を持つ状態については、それをそれぞれが左右脳の何方かに宿っているものと想定することが出来る。」
これが正しいのであれば、どんなにやりやすいであろう。私達はよく「ジキルとハイド」のことを考える。(言うまでもなくスティーブンソンの「ジキル博士とハイド氏」という小説に由来する。))ただしDIDにおいては交代人格が一人だけ、つまり主人格と合わせて二つの人格、ということはあまりなく、たいていはかなりの数(しばしば二けた以上)を示す。右脳に一つ、左脳に一つという別れ方はしない。それに右脳は言葉を操ることが出来ないというハンディを負うが、DIDの人格たちは通常はどの人格も普通に自分の立場を表現する。つまりDIDにおいて見られる「コア」は左右脳のどちらかに限局されることなく、いわばいくつものソフトウェアがコンピューター上で動くようにして、かなり自由奔放に脳を使って活動をする。ではその「コア」を構成するものは何か?

2023年8月4日金曜日

連載エッセイ 7の4 機能的な分離脳の概念

 分離脳に関する最近の研究について探しているうちに、「機能性分離脳 functional disconnection syndrome」という概念をネットでよく見かけることに気が付いた。つまり分離脳が脳梁の切断などにより起きているのではなく、機能的に起きている。これはもっとわかりやすく言えば、それらの間の連絡が不安定だったり、不十分だったりするということらしい。そしてそれが神経発達障害のような状態で起きているのではないかという仮説が見えるのである。すなわち「脳のアンバランス brain imbalance 」ということだ。米国人がよく口語で使っている 「化学的なアンバランス chemical imbalance」という表現を彷彿とさせる表現だ。こちらの方は、「私は普通に悩んでいるだけなのに、どうしてお薬が必要なのですか?」と言われた場合に、「それは頭の中で化学的なアンバランスが起きているからだよ」という形で正当化するときに便利な表現だ。何しろ「ケミカルインバランス」という表現を一般人はみな聞いたことがあるので、「つまり心の中で起きていることは、脳の中のどこかの異常に対応する、というわけね」という理屈を言葉のレベルで皆受け入れているということになるからだ。」

この概念の始まりは以下のようだ。In 1977, Witleson reported[6] that developmental dyslexia may be associated with (i) bi-hemisphere representation of spatial functions, in contrast to the unitary right hemisphere control of these functions observed in normal individuals.

1977年にウィテルソンという学者が読字障害は空間認知の機能が左右脳に及んでいるということを発見したという。通常は右脳が主としてそれを処理するのに比べた特徴だとしたのである。つまり空間認知に左脳まで使われてしまうことで、左脳が特化した言語学的な認知プロセスを行うことを阻害するというわけだ。
 ということで左右脳の不釣り合い状態がどうやって発達障害の問題に結び付くのだろうか。あるサイトでは、これにより生じる障害のリストを挙げている。https://www.carolinabraincenter.com/what-is-functional-disconnection-syndrome/#:~:text=Functional%20disconnection%20syndrome%20is%20where,communicate%2C%20and%20share%20information%20appropriately.

それらは不注意、衝動性、不安、情報処理が遅いこと、所持障害、社会的な付き合いの苦手さ、非言語的なキューを拾うことの困難さ、人の気持ちの読めなさ・・・・。ひとことで発達障害的な問題といえそうで言えなさそうな感じだ。ちなみにこれは「キャロライナ脳センター」のサイトであり、ノースキャロライナ州の機関が研究をリードしている感じだ。そして治療手段としては、半球同士の統合と同期化を行うという。これをしない限り、弱い方はますます弱くなり、左右のインバランスが悪化する、と書いてある。そして最初のアセスメントで、例えば聴覚の脆弱さが見つかった場合は、それを促進するという。

2023年8月3日木曜日

連載エッセイ 7の3

 この分離脳の問題、かなり重要なので少し掘り下げて考えてみることにした。

 ちなみにこの分離脳研究の第一人者のマイケル・ガザーニガ先生は、ジョーという男性と二人三脚で研究を進めている。羨ましい限りだ。その様子はユーチューブで見ることが出来るが、とても興味深い。一つ興味深かったのは、ジョーは左脳と右脳に入った内容を、左右の手で別々に描くことが出来ている。右手で三角を、左手で四角を同時に描くのだ。これを何不自由なく出来るということは、左右脳がお互いに干渉しないからだ。ということはそれぞれの半球は,独自に動き、それに疑問を感じていないということである。ということは、私達が悩むのは、やはり脳梁で左右脳が繋がっているからと考えることが出来るであろう。またもう一つ特徴的なのは、分離脳を持った人は、そのことに違和感を感じていないことだ。つまり二つの考えに引き裂かれて悩むことはない。おそらくそれは一つには左右脳に引き裂かれることがもうないからだと言えよう。この様子から私たちの心の在り方を根本的に考え直すヒントが得られる。以下、ネットのNature Digest, Vol. 9 No. 6 NEWS FEATURE 「分離脳」が教えてくれたことを参考にする。https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v9/n6/%E3%80%8C%E5%88%86%E9%9B%A2%E8%84%B3%E3%80%8D%E3%81%8C%E6%95%99%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8/36734

 先ほど述べた、患者は脳の分離に違和感を感じていないという件に関して、ガザーニガは次のように言うという。「患者は、不完全な感じがするとは一言も報告しなかったことだ。」「左右の大脳半球は互いに相手を恋しがることはないのだ。」そしてその理由として、左脳はいわば「解釈者」であり、それは、実際に起こったことの説明を考え出したり、次々と入ってくる情報を選別したり、外界を理解する助けになる物語を組み立てたりするために、誰もが利用しているものだ、とのことである。

ともかくも、分離脳においては、左右が共存している。つまり並列処理をしていることになる。それが脳梁で繋がれることで失われると考える根拠はないだろう。


2023年8月2日水曜日

連載エッセイ 7の2

 この左右脳の関りをどのようにうまく処理しているのかはわからない。しかし人は普通、左右脳の言い分の真ん中で立ち往生してしまうわけではない。それは大概どちらか強い方の声に従った結果かもしれないし、そんなことでいちいち迷っていられないので心の中で適当にサイコロを振った結果かもしれない。ただそれに至る左右脳の葛藤は私たちが日常的に数多く体験していることのはずだ。そこではおそらく二人の自分が戦うということを意識することなく、妥協をして自分の中でその矛盾を収めることになる。

ではこの右脳の働きと左脳の働きは、同時並行なのか?あるいはタイムシェアリングのようなことが起きているのか?(後者については一度棄却したが、とりあえず一度ここで浮上させておこう)。そのヒントになるのが、いわゆる分離脳の実験である。もしこの脳梁が切断され、左右の脳が別れた場合、そこで不思議なことが起きることが知られている。例えば一方の脳に発生した癲癇の波が他方の脳に広がらないようにするために、この脳梁が切断されるということがある。するとなんと左の脳 (右半身の体の活動に表される)と右の脳 (左半身の体の動きにより表される) がバラバラに機能するということが起きる。たとえば右手でボタンをかけようとしても、左手ではそれを外そうとするということが起きる。これはまるで二人の別々の人間が体の中に存在しているかのような事態である。そしてこのことは、実は私たちは自然な状態では二人の心を持っているものの、それらが脳梁により連絡を取り合っているために、両者の間での合意や妥協形成がなされ、結果として両者が一つになっているという錯覚を抱いている可能性があるのだ。そのような右脳と左脳は互いに葛藤関係になる可能性があるが、それは私たちが自分の心に起きていることを少し反省してみることである程度は自覚的になれるかもしれない。
 ところで脳梁が脳梗塞や脳出血などで破壊されても、やはり左右脳の情報の交換が出来なくなって離断脳の状態になり、脳梁を切断された人と同様に、左右の脳はいわばバラバラに動き出す可能性がある。それがいわゆる「他人の手症候群 alien hand syndrome」と呼ばれる状態である。その場合には一つの手が自分の意志に逆らって勝手に動き出すという症状を示し、それは一般的には拮抗失行と呼ばれ、右手が随意的、意図的な行動を行おうとすると、左手がそれに関係ない、あるいは拮抗する動きを見せる。

この実験が示すことは極めて興味深い。まずは片方の脳だけで心を持つことが出来るということだ。左右を切り離した状態では、右脳と左脳は別々の心を有し、しかも互いを知らない。そしてそれらは同時進行できる。このことから最も自然に類推できることは、左右脳は、本来それぞれが同時進行しており、かつかつコミュニケーションを取っているということだ。するとたまたま脳梁が機能的に切断された際には、両者がバラバラに機能し、また連絡が回復した場合は普通の状態に戻るということが考えられる。

脳がデュアルコア的であるとはそのような意味でである。


2023年8月1日火曜日

連載エッセイ 7の1

 人間の脳はもともとマルチコアである

 多重人格状態をパソコンにおいて複数のアプリが立ち上がった状態になぞられた場合、タイムシェアリングは不可能らしいということになった。では最近の複数のCPUを積んだ(マルチコアの)コンピューターに相当することが起きている可能性はあるだろうか?つまり人格AとBが別々のコア(に相当する脳内システム)を用いて存在している可能性があるのか? この問題を考えることから今回を始めよう。

 まず最初にお断りしておくならば、人間の脳は生まれながらにしてデュアルコアなのである。それは脳が基本的には右脳と左脳に分かれており、それぞれがある程度独立して機能していると考えられているからである。

(ちなみに以下は前著(解離性障害と他者性、2022)のp.102以降に書いた内容と一部重複する。)

 脳は右脳、左脳に分かれている。その組織は脳幹部や松果体という部分を除いてそれぞれ左右一対が備わっている。だから右脳も左脳も、それぞれが独立したシステムということが出来るのだ。ただし左右脳は脳梁という橋渡しにより連携している。脳梁は二つの脳の間を約二億本と言われるケーブル、すなわち神経線維による連絡路なのだ(図 10-4) 。それにより左右の脳はものすごい速さで情報をやり取りしているので、右の心と左の心という二つの心を持っているという自覚がない。 でも実際はそうなのだ。

 この二つの心の存在というのは、二重人格のようなAさんとBさんが異なる内容を話す、という極端な形を取ることはない。しかしあたかも心の中で対話が生じているような経験として持たれる。
 例えばあなたがダイエットをしていて甘いものをなるべく控えようとしているとしよう。しかし夕食後についいつもの習慣でチョコレートをひとつつまもうとする。すると心の中で「ちょっと待った! 間食はやめることにしたんじゃないの?」 とたしなめる自分の声がするだろう。いわゆる葛藤を体験することになるのだ。そしてその声を聞いた後に最終的にチョコレートを口に入れてしまおうか、それとも我慢しようかという結論を出すであろう。この葛藤というのは私たちが通常体験していることだが、それは自分に甘く、快楽を求める傾向のある、いわば子供の自分と、それを律しようとする大人の部分の声ということになる。そして実はこれは右脳の声と左脳の声として理解することが概ねできるのである。