2026年11月7日土曜日

エナクトメントと治療作用 2

 ここで一つの臨床例を挙げてみる。

患者の話を聞いていた治療者が思わずあくびを漏らしてしまうとしよう。それに対して患者が敏感に反応する。そして呟く。「あれ、先生、今あくびをなさったようですね・・・」

それを聞いた治療者は言葉にならない反応をしてしまう。「はぁ(ため息)・・・・・」そしてその直後に両者の間に気まずい沈黙が流れるとする。

ここで両者の心に起きた情動に注目しよう。患者の心には「先生があくびをした…私の話がよほど退屈なんだろうか?」という焦りとも失望ともつかない感情が起きる。それが「あれ、先生、今あくびをなさったようですね・・・」という率直な言葉になったのだ。ところがそれを聞いた治療者の側の情動も動く。しかし何と表現したらいいか分からず、それが「はあ…」というため息のような声になって表出される。このままでは両者の間にはある種のすれ違いが生じたままである。そしてお互いに相手の心の中で起きていることを測りかねず、モヤモヤした状態が残るだろう。もちろんここで「心の出会い」などは生じていない。ある種の得体のしれない「心のぶつかり合い」が起きただけである。

ちなみにこの状況では「はあ」というため息を聞いた患者の側にさらに起きる情動にも注目しなくてはならない。