2026年11月2日月曜日

成田先生のこと 番外 2

  他人は自分と同型であるということは、もちろん患者自身がそれを知ることで人生が変わる可能性がある。(もちろん簡単にそれを「知ること」などできるわけもないが。)自分の苦しさを他人も同じように味わっているということに本当の意味で合点がいくと、人を見る目が変わってくる。安っぽい言い方になるが、「他人に優しくなれる」ということか。  例えばある日私が仕事先のオフィスに戻り、エアコンがつけっぱなしになっていることに気が付く。誰かが何かの用事で私のオフィスを訪れることはある。そのオフィスは他のスタッフが使うこともあるからだ。そこで誰かがエアコンをつけたまま出て行ったのだろうと考え、「誰なんだろう?ちゃんと部屋を出る際にはエアコンのスイッチを切るという基本的なこともできないなんて。まったく‥‥」などとと腹立たしいと思う。しかしよくよく考えると、昨日は最後にオフィスを出たのは私自身であり、自分がエアコンのスイッチを消し忘れたという可能性以外には考えられないことに気が付く。すると先ほどの苛立ちは何だったんだろうということになる。自分がそれを行ったのだ。自業自得であり、もちろん自分を不甲斐ないとは思ってもその自分をゆるすだろう。実に当たり前の話だが、自分自身、あるいは自分の身内が行ったことについては私はこの上なく寛大になるのである。そして他人のしたことに対して許せない気持ちになっている時に、それが許せるようになるとしたら、その人が自分の身内であるという自覚が芽生えた時であろう。  他者に対する様々な気持ちは、その事情を知り、他意がなかったことを知ることで許すことができる。他者に同型性を見出すことで人はこれほど寛容になれる。逆にそうではない場合、私たちは他人のあらゆる言動が許せなくなるのである。