2026年10月16日金曜日

成田先生のこと 推敲 12

 なぜ正直なのか?

 成田が「白状」とまで称するこの態度は、ある重要な点を示す。成田は自分が運動が苦手で、また孤独で人と交われなかったとするが、なぜ彼がこのようなことを言うかと言えば、彼が精神療法に関して自分がある種の権威として扱われている事への予防線なのである。すなわち自分はそれほどたいそうな人間ではなく、弱さを持った生身の人間であるということを宣言している。これはあたかも彼が武装解除をし、一介の人間としての体験から出発するという姿勢である。そしてその体験は彼自身の体験であり、そこから学んだことが彼の言動の源泉になっている。それは運動が苦手で孤独な人間であっても、一人の人間として体験できる何かを示しているのであり、その発言が権威を身にまとったものではなく、他者からの引用ではないことを示している。
 さらに言えば、そのような率直さ、正直さが人間関係を築くうえで最も効率的であるという確信のようなものが成田にはあるのであろう。それは相手が仕掛けてくる攻撃に対してそれに乗ることなく、いわば合気道的に受け流して相手をいなす方便である。
 このことは治療関係にも言える。治療場面で治療者が窮する時、たいてい治療者は防衛的になっている。そこには「分析理論から言えば」、「お作法から言えば」こうなるという方針が無力化される瞬間であり、いわば治療者として持っている武器が奪われ、丸腰になった状態と言える。その際に素であること、正直であることは恐らく最善の態度であり、そこには「自分はここでは何もできません」と白旗を上げるということをも含む。しかしそうすることで逆説的に何かの方向転換が生まれるというのが成田の知恵なのである。