この問いは非常に難しい。しかし逆方向の問い、すなわち「AI自身は無意識を持つのか」と問うよりは、まだ考察の道筋を立てやすいであろう。AIの無意識について問おうとすれば、その前に「そもそもAIには心があるのか」という、より存在論的な問題を扱わなくてはならないからである。精神分析的に言えば、フロイトの心の構造モデルをAIに適用することに意味があるのか、という問題である。ここではこの難問をいったん棚上げし、むしろAIとの対話によって、私たち自身の意識化されていない心的内容にどこまで近づくことができるのかを考えてみたい。 実際にAIと対話していて気づくのは、AIが私たちの無意識を積極的に解釈しなくても、私たちがまだ十分に意識していない内容に気づかせてくれる可能性があるということである。少なくともそれは、前意識的なレベルでは十分に起こりうる。 自然な対話者としてのAIは、私たちの言葉を理解しようとする過程で、曖昧な部分について明確化を求めたり、以前の発言との矛盾を指摘したり、繰り返し現れる言葉や表現に注意を向けたりすることができる。つまりAIは、私たちがまだ十分に意識していない意味そのものに直接アクセスするというより、それらが言葉の中に残した痕跡を拾い上げることができるのである。 例えば、私が妻について話している途中で、誤って「私の母」と言ったとしよう。AIはまず、「いま『妻』ではなく『母』と言いましたが、言い間違いでしょうか?」と確認するかもしれない。これは単なる明確化である。しかし、その後も私が同じ言い間違いを繰り返したとすれば、AIは、「妻について話しているときに『母』という言葉を使ったのは、これで二度目です。ご自分で気づいていましたか?」と指摘することができる。