2026年7月15日水曜日

甘え 推敲 9

● ルドルフ・エクスタインの言葉で言えば、終結では「基本的な結合」(要するに母子密着)が幻覚的に体験されるが、それは同時に基本的な分化であり「自分がある」状態となる事である。

● 終結においては治療者は甘えを許しているが、甘えさせてはいない。これは現実原則に従う甘えであり、患者の側は甘えの充足は一時的であることを知っているので、結局ナルチシズムには逃げ込まない。

 以上はかなり土居の表現を借りた説明であったが、このプロセスについて私自身の言葉でまとめてみよう。先ず最後に出てくるという「素直な甘え」については、土居の主張は分からないでもないが、私自身は多少混乱を感じる。というのも乳幼児における純粋無垢な「素直な甘え」とは違い、治療終結期に見られる甘えはかなり現実を知った上での、いわば成熟した甘え、大人の甘えと呼ぶべきものではないかと思うのだ。

 さてこのプロセスは生物学的にみても意味を持つ。アランショアが論じるように、生下時の右脳優位の体験はそもそも自他未分化の世界である。そこでは母子の右脳どうしの同調が生じ、乳児は母子一体を体験する。これはウィニコット的には「母親の原初的没頭」における「錯覚」、エクスタインの「基本的な結合」の状態である。
 愛着関係において錯覚→脱錯覚を体験できると、自分は自分は世界から肯定され生きるに値するのだという幻想を持つようになる。これはかなり生物学的なプロセスであり、前頭葉と皮質下をつなぐ重要な配線のが形成されることであろう。そしてここで達成されるのは基本的な二者関係、reciprocity の成立であり、相手の心に自分を見出し、自分の心に相手を見出す能力である。