2026年7月14日火曜日

甘え 推敲 8

 さてここからは土居による治療論について論じる。おおむね言えることは、土居についての精神分析はそのまま甘えの理論であるということだ。一言で無意識内容や無意識的葛藤と言っても、様々なものが考えられるであろうが、土居は無意識的葛藤として3つを提示し、それらすべては甘えに関与しているかのような記述を行っている。そしてそれぞれについて、精神分析により至る洞察は明確に示されている。それは以下のとおりである。

三つの無意識的葛藤
土居「無意識的葛藤は3つに分かれる。それぞれに洞察を得ることで症状や問題は消失し、終結に至るとする。そしてそれらを以下に分類する。
1.甘えたいが、甘えることは自分の弱さをさらけ出すことなので出来ない(男性に多い)。  ⇒ 甘えることは致命的な弱さではないという洞察。
2.いくら甘えても、甘えだけでは足りないと感じる(女性に多い)。
     ⇒ 甘えることによって何かを自分にほしがっても無駄であるという洞察。
3.甘えることを知らず人を避けようとする(男女を問わない)。
     ⇒ 甘えても裏切られるとは限らない、という洞察。

先ずこれを読んだ読者はどう思うだろうか?一つ明らかなことは、土居はある意味で精神分析に真っ向から対峙しているということである。ただし無意識や葛藤などのタームを用いているということは、土居は精神分析そのものの存在意義に対して反対しているわけではない。そうではなくフロイトが打ち立てた理論とは明らかに別の路線を提案していることになる。そしてその意味では土居はフロイト自身と対峙しているということが言えるだろう。

 その上で土居は人間の精神の発達について、以下のようなアウトラインを論じている。(ちなみにこれらは土居(1961)の「精神療法と精神分析」(p195~)からかなり逐語的に引用してまとめたものである。


  • 物心が付き始めた幼児は、受け身的対象愛が満足されないことによる葛藤をすでに持っているので、それを意識的に満足させようとして甘える。

  • ただしこの時期に愛情不足がはなはだしいと、自分に甘えるナルチシズム(自己愛)が発生する。それが憤怒や憎悪や自己卑下に転嫁する。これが強いと去勢不安とペニス羨望を越えられない。

  • 治療中は甘えられない葛藤が、拘り、拗ね、僻み、捻くれ等で表現される。

  • そして治療により葛藤が順次に解決されて行けば、最後にバリントの言う受け身的対象愛が純粋な形で出てくる。これはナルチシズムの核が破れた、不安の伴わない素直な甘えの出現である。