2026年7月13日月曜日

甘え 推敲 7

  サンフランシスコで分析のトレーニングを開始した土居は、ライダーとの教育分析について以下のように語る。  「私の体験したことはあまりにも身近なことであるために、いまだこれを十分に整理することが出来ませんし、またこれを整理されないまま生の形で皆さまにお話しすることは、私にとってあまりにも苦痛の多いことでございます。従って詳細は控えますが、ただ結果だけを述べますと、私は予定のコースを完了することなく1956年に帰国したのであります。」

「これには種々の外的事情も関係していますが教育分析の観点から言えば、これを打ち切ることが唯一の解決であるという行き詰まりに逢着したためであります。実際このことは私の精神に深大な効果を及ぼしました。私はそこから逃げようとしていた現実にいやおうなしに直面することを強いられましたし、そのためにいまだかつてなかった不安を経験しました。」(精神分析研究、1958) 

しかしこの帰国は分析家からの助言に基づくとも言っている。

「かくして分析医 Norman Reider の助言により一年後に帰国したが、実はこのような絶体絶命の境地に至って私は初めて『甘え』理論を構築することが可能になったのだ。」 そして教育分析で、最初は「傷ついた獣のごとき心境に陥ってしまった。しかし私は次第にその傷の意味を理解し、それによって真に精神分析を理解するに至ったと思っている。実に本書執筆の最大の苦闘は、教育分析に引き続く自己分析の完成にあったのである。」(精神療法と精神分析、1961、P2)

 帰国後土居はそれについてその後語ろうとしないが、「分析しても終わらない」という考えを重視していたところは興味深い。

「私は『実際上健康と目される人間の分析が未完成に終わることはやむを得ない』というフロイトの言葉を思い出します。」(分析研究、1968、p110)

「屈折した甘え」とは土居先生自身だったのではないだろうか。

「だいたい私自身、私の中にひそむ甘えを自分の分析の中で自覚するのでなければ、甘えの重要性を認識するに至らなかったということが出来ます。」(土居、1968 vol 14 No3 選集2p117)