土居健郎先生の甘え理論はどのくらい先駆的であったか、というテーマで論じる。私はたまたま昨年11月に、ある学会の「甘え」に関するシンポジウムに招待され、甘え理論を再考する機会を持った。その結果以下の疑問が生まれた。
一つには世界的に知られている甘え理論の何が画期的だったのか?(本当に画期的だったのか?)ということである。甘えは日本の精神分析にとって一つの記念碑という意味合いがある。それほどにこの理論は世界中で一定の認知度と評価を得ているのだ。しかし我が国の精神分析で甘え理論を発展させた業績というのはさほど多くないというのが現実である。もちろん国内では様々に議論されている。しかし世界でレベルでもあまり盛んな議論を巻き起こしているとは言い難い。それはなぜだろうか?私たちはこの貴重な遺産を正しく評価しているのであろうか?それが一番問うべき問題である。
もう一つの疑問は土居先生は甘え理論を「実践」していたか?ということだ。それは一つには土居先生はお弟子さんを甘やかす、ということとは程遠い存在だったということも関係している。それを先生に散々お世話になった私が言うことは恩知らずと思われても仕方がないかもしれない。でも私の土居先生のイメージは、とにかく果敢に自分の意見を舌鋒鋭く述べる、いわば「戦う人」というイメージなのだ。
もちろん甘えの理論を唱えた土居先生が患者や弟子の甘えの願望を満たすことを意味するかと言えば、全く違うかもしれない。しかしそれでは治療者としてあるべき姿として彼が唱えていたのはどのような態度だったのか。これを私はまだ十分に理解していないことをこの度自覚したのである。