2026年7月11日土曜日

甘え 推敲 5

 土居の甘え理論は先駆的であったか?

この時点で冒頭で示した問いを発しよう。土居の甘えの理論は普遍的に存在する問題であると言えることは示した通りである。しかし現在の精神分析理論においてどのくらいこの理論は貢献しているのであろうか。このテーマを論じることは容易ではないが、まずここで現在において甘え理論に一番関係のありそうな理論について紹介しよう。それは英国の分析家ジェレミー・ホームズの提唱した「愛着を基盤とした精神療法」( attachment-informed psychotherapy, AIP)である。

愛着を基盤とした精神療法 AIP  (attachment-informed psychotherapy)by Jeremy Holmes

 以下に簡単にこの療法の特徴について述べよう。
 まずこの治療法においては治療者―患者の同期 synchronyが重視される。生物行動学的同期こそが治療においてmutative moment で重大な影響を及ぼすのである。
そのために radical acceptance を重視する。これは徹底した受容、とでもやくせるであろうが、また無条件の受容と言い直すことができるであろう。つまり甘えの考えに近いわけである(ただしホームズ自身は土居の甘えの理論に言及しているわけではない。)
 またこの療法では患者の情動的な関係性の世界の validation を、解釈に先立つものとして重視するのである。そしてメンタライゼーションは前頭葉-扁桃核の連結を促進する。治療者に必要なのは sensitivity である。
 そしてここでメンタライゼーションの項目が出てくるように、同様の考えはピーター・フォナギーやアラン・ショアによっても支持されている。
 このように愛着に基づく精神療法では、治療とは愛着関係を再現し、そこで治療者・患者の間の心の、生理作用の、脳の同期化を目指すものである、というのがフォナギーやショアやホームズの主張であった。
 この理論に従った場合は、精神療法における治療関係はある種の愛着関係の再構築としてのニュアンスを持つことが示唆される。これは従来の精神分析における解釈を中心とした認知的なプロセスをその治癒機序として考える流れとは大きく異なる方向性になる。
 でははたして土居の理論は、これらの流れに先駆する理論であったのか?その答えを以下に探ることになるが、多少結論を先取りするならば、もし愛着に元ずく精神療法が愛着関係を取り戻すという方向であるならば、おそらく土居の方針はそれとは大きく異なり、むしろ真逆なところすらある。土居が繰り返し言うように、本当の意味での甘えは実現しないということを理解することが治療であるという考えを彼は持っていたからだ。しかしそれはどのような意味なのだろうか?以下に述べるように、土居は治療の最後には「素直な甘え」が登場すると言っている。つまり素直な甘えを治療者に表現することになるわけだ。でもこれは甘えを満たす体験ではない、とも土居は言う。ここの関係はいったいどうなっているのだろうか?
あるいはもう少しわかり易く言うのであれば土居は周囲に厳しく、あまり「甘え」を許してくれなかったという印象を抱く人が多い。(土居はむしろ好戦的だった???)
 土居は「とろかし」の古沢との分析になぜ行き詰ってしまったのか?(彼の甘え願望は古沢によっては満たされなかったのだろうか?)
結局土居は患者を「甘えさせた」のか、「甘えさせなかった」のか?