2026年7月18日土曜日

甘え 推敲 12

  ここで古沢の治療態度に注意を向けたい。古沢は、患者からのネガティブな反応を一種の抵抗としてとらえ、それによって引き起こされかねない逆転移に十分注意を払い、泰然自若とした態度で土居に接したということなのであろう。土居はそこに特に悪意は感じられなかったとのことだ。土居はむしろそれを古沢の一種の愛情表現の様に理解している。しかしこれはとても patronizing な態度と言えるだろう。まるで土居を子ども扱いしている、ということのようだ。

 では土居は古沢の何に関して怒ったのだろうかについて再度考える。土居はそれに関して、古沢が「患者を常に飲んでかか」り、そのことに患者が反撥しても、「まさに『のれんに腕押し』で、自分は悪感情には反応しないとばかり口をぬぐっておられた」(p.230)という。

土居はこのような古沢の態度を古沢が対象に対して「取り込み」や「のみこみ」を行ったのであり、分析用語で言う introjection, incorporation の問題であると説明している。土居は古沢が「患者を常にまた容易に自分の中に取り込んでしまい、そのことの中にひそんでいるご自分の無意識には気がつかなかった」と述べている。

 しかし実は私は土居の文章のこの部分を読んでいて、非常にわかり辛いという印象を持った。これがどうして同一化に関係しているかがピンとこない。それについては土居の別の著書「精神分析と精神病理」を取り寄せて読むしかないが(土居がそれを引用しているからだ)、そこで私の解釈を交えていえば、これは自己愛の問題と理解する方がわかり易いような気がする。古沢は自分が完全に患者のことをわかっており、そしてそれが絶対的に正しいと思っていたから、その余裕の分だけ、自分は逆転移反応を起こさないと言えたのだろう。そして自分の考えに対する土居の側のいかなる異議も治療抵抗として扱ったわけだ。そしてそのいかにも自信満々の態度が土居を怒らせたのではないか。