2026年6月19日金曜日

甘え理論の先駆性 1

  土居健郎先生の甘え理論はどのくらい先駆的であったか、というテーマで論じる。私はたまたま昨年11月に、ある学会の「甘え」に関するシンポジウムに招待され、甘え理論を再考する機会を持った。その結果以下の疑問が生まれた。

 一つには世界的に知られている甘え理論の何が画期的だったのか?(本当に画期的だったのか?)ということである。甘えは日本の精神分析にとって一つの記念碑と言ったニュアンスがある。それだけこの理論は世界中で一定の認知度と評価を得ている。でも我が国の精神分析で甘え理論を発展させた業績というのはあまり知られていないのも確かである。また世界でレベルでもあまり盛んな議論を巻き起こしているとは言い難い。それはなぜだろうか?私たちはこの貴重な遺産を正しく評価しているのであろうか?それが一番問うべき問題である。

ただしこういう私も去年のシンポジウムがなかったらこの問題に着手する事はなかったのを思えば、私自身が甘え理論に特別関心を寄せていなかったのも確かである。それはなぜなのか?これは私自身への問いということにもなる。

もう一つの疑問は土居先生は甘え理論を「実践」していたか?

実はこれは非常に悩ましい問題だ。土居先生は御自分の二回の教育分析に関して、それが波乱に満ちて、中断の形をとったことを自ら明かしている。しかしそのことから自分が得たことはとても大きかったとも語る。それが甘え理論とどのように関わるのか?その理論は自らの苦しい教育分析によって得られたものと関連しているのか。

 しかし実に意地悪な見方をするならば、教育分析に「失敗」した彼にそれを語ることは出来るのか、となる。先生自身が自らの失敗体験(?)を開示していることに、私たち後身は何を学ぶことができるのか?