ある学会の抄録を書いている。
開業精神療法を行う私たちにとって、AIがどのような意義を持つのかという問題は、この二、三年になって急速に大きなテーマとなりつつある。これは精神療法のオンライン化の可能性と共に私たちの臨床に直結する問題となりうる。私はこの問題について、以下の三つのテーマに沿って論じたい。それらは、1. AIは心を交わすに値する存在なのであろうか? 2. AIは治療者としてどのような役割を演じる可能性があるのか? 3. AIから治療者は何を学べるか?である。
1. AIは心を交わすに値する存在なのか?
ほんの数年前まで、私たちは「人工頭脳」とまともな会話を交わすことなどおよそ不可能と考えていた。ところが2022年11月の対話型AI (ChatGPT)の公開以来、わずか3年あまりのうちに私たちの考えは大きく変わりつつある。多くの患者が日常的にAIを用いて様々な相談を行っていることを耳にする。そして私たち治療者の多くも同じような体験を持っているであろう。しかし同時に私たちが持つのは、AIを一人前の心を持つ存在として関わっている自分たちに対する違和感ではないか? そもそもAIは「心を持たない」存在のはずである。それは構造上ものごとの真の「理解」が出来ず、主観性やクオリアの体験を持つことが出来ない。そのような存在と心を通わせ、共感をし合えることなど可能なのであろうか?この問題についての私の考えは、AIは間違いなく「知性」であり、「心を持つかのごとくふるまう」何かであり、それをかりそめの心(【心】)として扱わざるをえないという現実である。
<以下略>