2025年12月25日木曜日

PDの精神療法 書き直し 3

 BPDかASDかCPTSDかを判断するという方針は治療を見据えたPDを知る上での一つの指標であると考えたい。それは何よりもこれらが昔で言う第一軸診断に関与しているからである。例えばある否定的感情や離隔、制縛性などが特徴な人に関して、その人がASDの診断基準を(少なくともある程度は)満たすことに気づかれた場合、その治療指針はより支持的で心理教育的な要素を持つことになるだろう。また過去のトラウマが存在し、否定的感情、離隔などが顕著な特徴とされる人の場合、その人がCPTSDを満たすことでよりトラウマに焦点づけられた治療が求められることになるだろう。

Gabbard によるPDの心理療法の9か条 

PDに対する心理療法を行うにあたり心がけておくべきことをGabbard2017)は実証的な研究と脳科学的な研究から以下の項目について必要性を語っている。これらはこれは主としてBPDの治療に向けられたものであるが、広くPD一般に通じるものと考えられる。これに加えて筆者が必要と感じる項目を以下に述べる。

1.柔軟性を保持すること治療者は患者のニーズに合わせ、治療者のそれまでの訓練に基づく治療技法やアプローチを柔軟に用いるべきであろう。理論にとらわれず、探索的なアプローチと支持的なアプローチはその時々で柔軟に使い分けられるべきであろう。特にBPDの治療に際しては治療者が情緒的に揺さぶられることも多く、治療構造を守ることの重要性は言うまでもないが、初心の治療者がそのために防衛的になることは、患者にとっては冷淡で反応に乏しいと思われがちになることに気を付けなくてはならない。治療はいわば患者との「ダンス」であり、そこで患者が持ち込む様々な関係性のパターンを体験することになるが、そこでの治療者の自発性もまた大きな意味を有する。
2. 精神療法を実行するための条件を確立すること特に確かな治療構造と治療契約を結ぶことが重要となる。そしてその治療構造は患者にとっても治療者にとっても安全が確保されるようなものである必要がある。そして治療者は差し迫った自殺の危険性に対しては入院も必要となる可能性があること、治療者に何が出来て何が出来ないかを伝えることも推奨される。セッション間の電話などによる通信に関しては治療スタイルにより異なる対応がなされるが、危機的状況では連絡がつくようにすることは患者が理解され抱えられる感覚を得るためには必要であろうとされる。

 3.受け身的なスタンスを回避すること。治療者は受け身的なままにとどまらず、患者が見ようとしていないものにも目を向けることを促すべきである。治療者は患者に、変化を起こすためには努力が必要であるということを伝え、よりよい刺激を与えるために治療者は積極的であるべきことを強調する。そして患者が自分のことを考えること、として他者の気持ちを考えることの努力がBPDの治療のためには必要である点を強調する。
4.「悪い対象」となるという役目も引き受ける用意を持つこと。患者の多くはわずかなトリガーに反応し、治療者に怒りを向けることがある。それは半ば生物学的に定められている。治療者は客観的、中立的な存在のままでいたいという願望を放棄し、言わば「程悪い対象 bad-enough object」となることをいとわないことも重要である。患者から怒りや攻撃性を向けらた時に「程よく悪い対象」になることを引き受けることで、無反応な治療者を力ずくで動かしたいという患者の試みを回避することが出来るかもしれない。
5.怒りの背後にある痛みに共感すること。患者からの挑発に怒りで返すことは、BPDの患者の過去において繰り返された対象関係に加担することになる。むしろその背後にある患者の傷付きに注目すべきである。従来の考え方では、患者が本来有する攻撃性の解釈が有効であるとされるが、これには例外がある。特にトラウマを受けた患者の場合はその傷が十分に癒えることが第一の目標となろう。
6.メンタライゼーションを促進すること。後に述べるようにBPDの治療において中核的となるのが、患者が自分自身の思考や行動が他者の心にどのように映るかについての理解を深めることである。例えば患者の挑発的な言動について、それを咎めたり早計な解釈を行ったりするのではなく、詳しく尋ね、それが外界の他者ないしは治療室における治療者にはどのように映るかについて率直に話し合うという方向性が重要となる。
7.必要な時に限界設定を行うことこれは上述の治療構造とも連動して強調される。治療構造を設けることは、治療者が恣意的ないしは懲罰的に患者に対する限界設定を行っているという誤解を防ぐ意味でも重要である。
8.治療同盟を確立し、維持すること。 PDの心理療法においては治療関係やラポールの成立や維持が極めて重要であり、治療の成否を占うものであるともいえる。そしてそのために必要なのが、最後の項目である。
9.逆転移感情をモニターすること治療者が自分が治療場面でどのような感情状態にあるかについて知ることは、力動的な治療を超えて恐らくあらゆる治療のモダリティにおいて必須である。そのために治療者は適切なスーパービジョンやケース検討の機会を利用する用意がなくてはならない。

10.トラウマの視点を忘れないこと。今の患者のあり方が過去に経験したトラウマを反映している可能性があるという視点を保ち続けることで、患者に向ける共感の質や度合いが変わることがある。もちろんそれはすべてをトラウマで説明しようとする試みとは異なることは言うまでもない。

11.患者を変えようと思わないこと。治療者が治療的なヒロイズムに陥り、患者の不適応的な側面を改善しようと試みることは、時には患者に多大なストレスとなる。患者が発達障害傾向を有する際には、特的のものの見方や行動パターンを変えることは自分の感覚を失うことに匹敵するような意味を持つ。