2025年11月10日月曜日

ヒステリーの歴史 改めて推敲 10

  このMUSという疾患群は最近になって精神医学の世界でも耳にするようになったが、取り立てて新しい疾患とは言えない。むしろ「医学的に説明できない障害」の意味する通り、そこに属するべき疾患群は、医学と呼ばれるものが生まれた時から存在したはずである。そして身体医学の側からはMUSはそれをいかに扱うべきかについて、常に悩ましい存在であり、それは現在においても同様であるといえよう。結局MUSに分類される患者は「心因性の不可解な身体症状を示す人々」として精神医学で扱われる運命にあったのだ。そしてそれは昔のヒステリーとほぼ同義だと考えられる。しかしこのカテゴリーに属する疾患を身体科で扱うという兆しが見られたことは精神科医にとっても朗報と言える。そしてもちろんFNSもこのMUSに含まれることになる。

   ここでMUSに属するものについて比較的わかりやすく図に示したものを、ある学術書(Creed, Henningsen, Fink eds, 2011)から引用する。なおこの図には発表された時期 (2011) に合わせて筆者が日本語で診断名を書き入れてある。ここにはMUSという大きな楕円の中に身体表現性障害と転換性障害の集合が含み込まれ、また器質性疾患の集合はMUSと一部交わっているという関係が示される(図の斜線部分)。



 さらにはこのMUSの概念と並んで脳神経内科の分野で最近提出された、いわゆる「第3の痛み」と言われる「痛覚変調性疼痛 nociplastic pain 」の概念にも注目するべきであろう。これは侵害受容器性疼痛(体の部分の組織の損傷が見られるもの)と②神経障害性疼痛(その部分と中枢を連絡する神経の病変のあるもの)以外の痛みであるとされる。そしてそれに関連して中枢性感作というメカニズムが想定されているが、この種の痛みを主症状とするものとしては、線維筋痛症、顎関節症、偏頭痛、過敏性腸症候群、非特異的腰痛、慢性骨盤痛などが含まれるという。

安野広三 (2024) 痛覚変調性疼痛の背景にあるメカニズムとその臨床的特徴についての検討

心身医学 64巻 5号 415-419

この痛覚変調性疼痛の認定もまた、精神科医にとっては朗報と言える。なぜならこの種の痛みこそ、精神科で患者の口から聞かれるものの多くをカバーしているからであり、少なくともその一部は脳神経内科その他の身体科の治療者にゆだねることが出来るようになるからだ。