2025年2月14日金曜日

ビリー・ミリガンを超えて まとめノート 2

シビルとDIDの演技の問題

シビルをめぐる問題から言えること:人はDIDの演技をして他人を信じ込ませることは短時間なら可能だろう。そしてもちろん統合失調症についても、躁状態についてもいえる。ロビンウィリアムスのような役者なら何でもこなすだろう。完璧なシナリオに従い迫真の演技が出来れば、精神科医だってそれが現実のDIDであると信じるだろう。「だったらみなそうやって精神科医をだますことが出来るだろう」という話については、確かに一回限り、一時間の診断面接ならそれは起きうるかもしれないが、いわゆるcollaterl information つまり家族や友人からの聞き取りなどを得ることでそれが演技であることにかなり早くから気づくことになる。つまりそこまでの演技をしてまで病を装う必要のある人はいないのだ。シビルの場合、患者にDIDの演技をすることによりウィルバー先生に関心を持ってほしかったということがあり、作家やウィルバー先生自身が共謀して作品を作り上げたという事情がある限り、あのようなことが可能だったのだ。
そして話はビリー・ミリガンに戻る。彼もまた非常に華々しい多彩な人格を示す。しかし演技はしていないであろう。彼の母親はビリーの幼少時にすでに人格のスイッチングを経験している。ただしそれでも演技ではないかという人がいまでもいるのは、彼があまりに見事な人格を見せているからである。おそらく彼が高度の知的レベルを有しているからこそ、あれほどの多彩な人格がそれぞれ完璧なまでに精緻化されたのであろう。つまりかなりのインプットを消化することが出来る頭脳が備わっているはずだ。ちょうどたくさんの言語を操る人がいるが、その人の才能に似ている。しかしこれは演技ではない。
例えばレイゲンは極めて限られた時間にユーゴスラビア語を習得したことになる。それは驚くべきスピードでなされたのだろう。彼はおそらくある環境でユーゴスラビアを母国語で話し、英語を片言で話す人に接したことがあるはずだ。実際に遭ったり、何らかのメディアを通じて接したのであろう。そしてその人格を完璧なまでに精緻化させた。これは並々ならぬ才能ということになり、その際に彼の脳に起きていたであろうことは幼少時の非常に高い可塑性を再現していたことになる。たとえるならば彼はIPS細胞のようになって環境に反応し、適応していたことになる。あるいは幼少時にそのユーゴスラビア人に遭ったのだろうか。
もしビリーミリガンがレイゲンにスイッチした時の様子を完璧に表すことが出来たら、それは演技かもしれないが、それを、レイゲンになった時には常に再現できるということが、演技でないことの証明になっているのだ。
私も最近成立したという英語を話す人格を有するDIDの方に会ったことがあるが、その英語は幼少時に子供が学んだ片言ではなく、成人して学んだ英語に近いものであった。このことからもビリーに生じたことは特別であったことがわかる。

我が国におけるDIDの法的な処遇について:

刑法第39条は責任能力に関するものだが、人格がいくつかあるという状況を想定したものではない。
日本で最初にDIDの犯罪が話題になったのは、1988~1989年の連続幼女誘拐殺人事件(宮崎勤事件)である。
裁判官がDIDと認めた例は2020年の時点で13件、そのうち半分が過去5年の判決(つまり2015~2020)なのである。
二つのアプローチについて
グローバルアプローチ 主人格が弁識制御出来たら責任能力あり。(できなかったら責任なし。)
個別人格アプローチ 行為を行った人格が弁識制御出来たら責任能力あり。(最も厳しい)

我が国では、DIDを有する人の責任能力についての判断が問われることが増えている。ただし結局はほとんどにおいて(つまり以下に述べる3例を除いて)「完全責任能力あり、すなわち有罪」となる。それでも進歩が見られるとすれば、以前はDIDや解離性という診断そのものを裁判官が受け入れてもらえなかったが、今ではそうなりつつあるということだ。
勿論それでもDIDであっても完全責任能力あり(つまり完全に罪が問われること)とされていることは変わりない。ただし量刑において考慮されることが起き、つまり減刑されることが起きているということは新しい傾向である。また完全型DID(人格間の連絡が不連続なケース)だけでなく不完全型でも量刑の考慮が行われる可能性があるということだ。(この完全型、不完全型というのはあまり耳慣れないが、司法精神医学での言葉の使い方であろうか。要するに完全型とは別人格での犯行を全く覚えていない場合、不完全型はある程度把握しているという意味である。
 責任能力の一部が否定された事例はあり、それは3例報告されている。それらを拾ってみよう。
① 2013年 殺意を持って買い物客をナイフで刺した例(診断はアスペルガーとDID)責任能力が減弱、求刑が懲役8年なのに対して5年が言い渡される。
② 2016年 化粧品や衣類などの窃盗。犯行時にG人格の状態にあり、責任能力が減弱していたとされた。
③ 2017年 覚せい剤使用のケース。「おっちゃん」なる人格に体を乗っ取られて「覚せい剤を使え」という指示に逆らえなかったとして責任能力が減弱していたとされ、執行猶予が与えられた。
さらに知られるのは、2009年の殺人と遺体損壊のケース。このうち後者のみに関して、別の人格状態で行われたとしてそちらは無罪になったという。(もちろん殺人については有罪。)