解離性同一性障害(DID)における知覚異常
-統合失調症との鑑別において
先の自験例では幻聴については記述しなかったが、解離性障害、特にDIDにおいては幻聴は極めて頻繁に報告される。それを統合失調症の幻聴と比較しながら論じたい。幻聴はDIDで特に多く、100%に見られ、その多くは交代人格の間の会話であるとする。(Steinberg 1994, Middleton 1998)
解離性障害における幻聴に関しては、諸家が様々にその特徴について論じている。Putnam (1989) は解離性幻聴の特徴として以下をあげている。それは患者をけなす、自己破壊的な行動を起こすよう命令する、あるいは患者を第三者的に語り、思考や行動にコメントしたり、自分たちの間で論争をしたりする、あるいは小さい子供や幼児の泣き声を聞くが、時には指示やアドバイスを与える、頭の内部ではっきり聞こえる、などである。
このような解離性の幻聴を論じる際、統合失調症のそれとの相違が問題となることは言うまでもない。従来の精神医学は幻聴はまず統合失調症の症状としてとらえられるという風潮があったからである。そのような傾向が一変したのは、「シュナイダーの一級症状」DIDでも多く当てはまってしまう、という事実がRichard Kluft や Colin Ross などにより示されたからである (Kluft, 1987, Ross, 1997)。解離性障害にむしろ特徴的であるという理解がなされるようになった。そしてDIDにおける幻聴の特徴も統合失調症のそれとの違いという観点から論じられることが多い。
上述のPutnamもDIDの幻聴が頭の中で明瞭に聞こえるという特徴に関し、それがその意味で「二次過程」的であり、統合失調症に特有のあいまいで「一次過程」的な幻聴と区別されると述べる。また松本は解離性の幻聴と統合失調症のそれとの違いをまとめる中で、Putnam が論じている項目に加えて解離性の幻聴が断続的であること、人格的な声によるもの、幼少時より持続している点を挙げ、また抗精神病薬に対する反応は弱いとする。
柴山はすでに述べたようなDIDの幻聴の特徴について述べた後、統合失調症における他者の先行性という特徴を強調し、以下のように述べる。「[統合失調症において]幻聴の意図するところは、常に把握できない部分を含んでいる。従ってその体験はある種の驚きと困惑を伴っている。それに対して解離性障害では、他者の対象化の可能性は原理的に保たれており、不意打ち、驚き、当惑といった要素は少ない。」
あるDIDと統合失調症との鑑別が難しかった30代の女性は、(中略)それがなぜか耳元で聞こえるのであり、その意味で幻聴ではないと主張した。
この例にみられるように、解離の場合には声の主が現実の他者の声との識別が出来るのに対し、統合失調症の場合はそれが曖昧である。これは統合失調症性の幻聴が関係念慮としての性質を帯びているからである。この例のように遠隔にいる他者が声を送ってくるという体験はテレビやSNSで自分のことが話されているという体験に近いのである。