ところで同様の動きは2022年の ICD-11の最終案ではもっと明確に見られた。こちらでは転換性障害という名称は完全に消えて「解離性神経学的症状症 Dissociative neurological symptom disorder」という名称が採用された。これはDSMのFNDの「F」、すなわち機能性functional のかわりに解離性dissociative という形容詞が入れ替わった形となるが、ほぼFNDと同等の名称と言っていいだろう。
さてこの「転換性」という表現の代わりにFNDにが用いられるようになったことは非常に大きな意味を持っていた。このFNDという名称は、これまで転換性障害と呼ばれていた人々の示す症状を最も客観的に、そして味気なく表現したものといえる。機能性、とは器質的な変化が伴わないものを意味し、また神経症状症とは、症状としては神経由来の(すなわち心、ないしは精神由来の、ではなく)症状をさす。つまりFNDとは「神経学的な症状を示すが、そこに器質的な変化は見られない状態」を客観的に記述したものにすぎないのだ。
ところでここでいう神経症状とは、神経症症状との区別が紛らわしいので注意を要する。神経症状、とは神経(内科)学的 neurological な症状をさし、例えば手の震えや意識の混濁、健忘などをさす。簡単に言えば症状からして神経内科を受診するような症状であり、知覚、感覚、随意運動などに表われる異常である。転換性障害が示す症状はこれらの知覚、感覚、随意運動などに表われる異常であったから、それらは表れ方としては神経症状症と呼ぶことが出来るのだ。
それに比べて後者の神経症症状とは、神経症の症状という意味であり、不安神経症、強迫神経症などの神経症 neuross の症状という意味である。
なぜ「転換性障害」が消えたのか?
さて問題は転換性という用語が機能性(FNDの”F”、すなわちfunctional)に置き換わることになった意味である。それは「転換性」という言葉そのものについて問い直すという動きが切っ掛けとなった。その動きについてJ.Stone の論文を参考に振り返ってみる。
本来転換性という用語はFreudの唱えたドイツ語の「転換 Konversion」(英語のconversion)に由来する。 Freudは鬱積したリビドーが身体の方に移されることで身体症状が生まれるという意味で、この転換という言葉を使った。
ちなみにFreudが実際に用いたのは以下の表現である。「ヒステリーでは相容れない表象のその興奮量全体を身体的なものへと移し変えることによってその表象を無害化する。これをわたしは転換と呼ぶことを提案したいと思う。」(Freud, 1894)
しかし問題はこの転換という機序自体がFreudによる仮説に過ぎないのだとStone は主張する。なぜなら心理的な要因 psychological factors が事実上見られない転換性症状も存在するからである。
Freud,S (1894) The neuropsychoses of defense. SE3,p48、防衛―神経精神症。フロイト全集1. 岩波書店,p.398)
Jon Stone (2010)Issues for DSM-5:Conversion Disorder Am J Psychiatry 167:626-627.
このようにFreudの転換の概念を見直すことは、心因ということを考えることについての再考を促すこととなった。そしてそのような理由でDSM-5においては転換性障害の診断には心因が存在することをその条件とはしなくなったのである。
ところでDSM-5やICD-11において新たにFNDとして掲げられたものの下位分類を見ると、それがあまりに網羅的である事に驚く。つまりそれらは視覚症状を伴うもの、聴覚症状を伴うもの、眩暈を伴うもの、その他の特定の感覚障害を伴うもの、非癲癇性痙攣を伴うもの、発話症状を伴うもの、麻痺または筋力低下を伴うもの、歩行障害の症状を伴うもの、運動障害の症状を伴うもの、認知症状を伴うもの ・・・・・・ と細かに列挙されているのである。つまり身体機能に関するあらゆる症状がそこに含まれるのだ。これは概念的には予断を多く含んだ転換性障害の代わりにより客観性や記述性を重んじたFNDが採用された結果として理解することが出来るだろう。