2021年7月5日月曜日

パーソナルセラピー 4

 従来教育分析には、教育する、という意味と治療するという意味が両方含まれていた。実際に自分自身がある意味では実験台になって、上級者にお手本を示してもらえるという意味では、実に分かりやすく効率の良い学び方と言える。人によってはこれこそが究極の学び方と考えるであろう。

精神分析には、一つとても興味深い慣習がある。それは教育分析を受けた被分析者は、その分析家の学派に属するようになることが多い、というものである。もちろん例外はたくさんあろうが、私たちはそのような形である高名な分析家が後継者を育てていくことをあまり疑問に思わない。それだけそのような例を私たちはたくさん知っているのである。

例えばフロイトに分析を受けた(ただしそのことはあまり公にはされなかったが)アンナ・フロイトは、フロイトの死後は彼の精神分析理論の守護神のようになったことはよく知られる。あるいはメラニー・クラインに分析を受けたハンナ・シーガルやジョアン・リビエールは当然クライン派になるし、ウィニコットに受けたマスッド・カーンはウィニコッチアンと目される。フェレンチに教育分析を受けたバリントはフェレンチアンである。コフートに分析を受けた人たちでコフート派にならなかった人は例外的であろう。