2021年7月25日日曜日

嫌悪の精神病理 推敲 3

  このように報酬系は、報酬刺激や嫌悪刺激が軽度~中等度の場合は、きわめて合目的的に働くことが分かる。適度に心地よい刺激ではドーパミンが放出され、嫌悪刺激では主としてアセチルコリンが働き、私たちは主観的な快や苦痛を覚える。すると体はそれらをさらに求めたり、それを回避、軽減したりするという衝動を生むのである。そしてそれは私たちの生存の可能性をより高めるのだ。
 また嫌悪刺激については、私たちの脳は周到な用意をしている。ドーパミンやアセチルコリン以外の物質も関与して、それを軽減しようと試みるのだ。例えば脳内では鎮痛剤に似たような物質が分泌され、みずから痛みを和らげようとすることが知られている。それがいわゆる「内因性オピオイド」であり、それ自身が報酬系に働きかけることで痛みを軽減する効果を発揮する。そうすることで尋常ではない痛みに対処する力を私たちの脳は備えているのだ。だから極度の苦痛に襲われた際、むしろ至福に近い体験が生じるという現象が知られている。溺死寸前で救出された人などの語る臨死体験の多くがDMTなどの脳内麻薬物質と関連しているという研究もなされている。

星名 洋一郎 (2009)シグマ1受容体の内因性アゴニストは幻覚剤であるDMTだった ファルマシア 4511025-1036

 過剰な快と報酬系の暴走

 では報酬刺激が過剰な場合には何が起きるのだろうか。その場合にこそ問題が生じるのだ。すでに述べたように私たち祖先は過剰な快楽を体験する機会を通常は持ちえなかった。そして報酬系はそれに対する対応能力を持っていなかったのである。その結果として快感が一定限度を超えた場合、報酬系は暴走し、私たちに快楽を体験させてくれるのではなく、逆に極度の苦痛与えることになるのだ。