2021年6月26日土曜日

嫌悪 9

  嫌悪というテーマで書いているのであるが、実は嫌悪に直接触れてはいない。私はもっぱら快、不快について書いていたのだ。でもやはり不快と嫌悪は違う。というよりは不快感に含まれるが、それ独特の性質を持つ。言うまでもないことだが、対象性である。嫌悪は対象に対して向けられる。英語ならばAversion, dislike, hate…。「~を嫌悪する」という場合は目の前から消し去りたい、目を背けたい、そこから遠ざかりたいような「何か」に対する感情である。そしておよそあらゆる生命体がその反応を示す。おそらくそれは実際にその生体にとって危険物で、その生存を脅かすためにいわば条件反射として備わった反応なのである。私たちはそれが脳の辺縁系という部分にある偏桃体と深く関与することを知っている。ということは嫌悪とは偏桃体において何らかの対象物が感作された状態とみていいだろう。偏桃体が切除された場合に生じる反応はクリューバー・ビュッシー症候群と呼ばれ、興味深い記載はネットですぐ見つけることができる。
平山 恵造順大学脳神経内科)先生による、「Klüver-Bucy (クリューヴァ・ビュシィ)症候群」の記載(Brain and Nerve 脳と神経 26巻4号 (1974年4月))からの引用。

 1937, 1938, 1939年にわたつてHKlüverPCBucyが,猿の両側の側頭葉切除に際して現われた症状を記述した。すなわち,生物,無生物,有害物,無害物を問わず,逡巡することなく接近する行動,すなわち Lissauer 連合型精神盲,または視覚失認を思わせるような行動を呈する(psychic blindness物をやたら口にもって行き,口中に入れ,噛み,なめずり,唇でさわり,鼻先でにおいをかぐなどの動作がみられる(oral tendencies).食べられないものは捨て,食べられるものはのみ込む。目にうつるものは生物,無生物を問わず,あちこちと視線を送り,それに反応する。周囲の事物,変化に対しあたかも強いられたかのごとくに反応する(hyper—metamorphosis)。怒り・不安の反応が消失し,危険物をさけなくなり,無表情となることもあり,情動行為が変化する。ときには攻撃的反応をとることもある。(emotional behavior changes性行動が変化し,heterosexualhomosexualautosexualなどの性行動がみられる(increased sexual activity)。

 この様子を思い浮かべる限り、この猿の心は壊れてしまっているという印象を受ける。特に⑤が興味深い。いろいろなものとセックスをしたくなるのだ。人間の症例などを読むと出てくるが、ごみ収集車やエッフェル塔と性交をしたがる、などの兆候が表れるとも記載されている。つまり偏桃体とは生命体が経験から、あるいは本能的に嫌悪するような対象を識別し、そこから身を遠ざけるのを助けてくれる器官なのだ。そして性交渉などの特別な対象との特別な行為の際にのみにこの偏桃体による抑制が外れるということなのだろう。