2021年6月27日日曜日

嫌悪 10

 以上のことからある重要な考えが浮かび上がる。「嫌悪=ストッパー説」である。そして実際嫌悪刺激を嗜癖などの治療に使うという試みが知られる。ネットで手に入る論文を読んでみた。
Elkins, RL, Richards, TL, et al (2017) The Neurobiological Mechanism of Chemical Aversion (Emetic) Therapy or Alcohol Use Disorder: An fMRI Study. Frontiers in Behavioral Neuroscience.2017.00182

 アルコールの嫌悪治療aversion therapy などはいくつかの研究がある。この研究ではアルコール依存症の患者さんたちを入院させて、嘔吐剤を服用したのちアルコールを試飲してもらう。当然激しい嘔吐を引き起こすので、「アルコール=気持ちを悪くするもの」という条件付けが生まれるわけだ。これを数セッションやると、被検者の多くはアルコールを見ただけで嫌悪観を催し、飲まなくなるという。約70%の患者さんは一年が経過してもアルコールを飲んでいなかったというのだ。
 この研究の一つの売りは、fMRIを用いて、断酒に成功した人の脳の活動を調べ、明らかな変化が見られたということである。後頭葉に活動の低下が見られたと報告している。
 ちなみにこの研究は少し予想に反しているところがある。本当は活動が低下してほしいのは側坐核などの報酬系のはずである。後頭葉がどうして関係してるのかわからない。
 そこで改めて考えてみる。嗜癖とは何か。アルコール依存の人は、お酒のコマーシャルを見ると喜びを覚える。報酬系が興奮するのだ。ただし実際にお酒を飲んでいるわけではないので、「一杯やりたい!!」となる。これを渇望craving という。この渇望が最近のDSMのクライテリアにも新たに導入されたという。(ちなみに物質依存の診断基準も随分変わったものだ。以前ならアルコール濫用とアルコール依存を区別し、後者の条件としては離脱と耐性がある、というシンプルなものだったが、ここにそういえば渇望はなかった。確かに「吞まないでいると苦しい(離脱)、酔うために飲む量が増えていく(耐性)」というだけだと、肝心の「飲みてー!」(渇望)に言及していないことになる。(まあ飲まないと苦しくなり、たくさん飲むようになった人が「呑みてー!」とならない、ということはほぼあり得ないが。)これは物足りないことになる。ともかくもDSM-5ではアルコール問題を軽度、中等度、重度に分けているだけだ。そしてそれは11のクライテリアのうちいくつを満たすかによって決まってくる。23つだと軽度、45だと中等度、6以上だと重度だという。しかしこの11の中には、離脱(11番目)と耐性(10番目)も含まれる。この二つだけガッツリ満たしている「軽度」アルコール使用障害もあるんだろうか?それはおかしな話だ。