2020年4月30日木曜日

トラウマ難治例 2


2. 発達障害の層
最近の精神医学的な診断や治療場面においてはASD 等の発達障害についての議論がきわめて盛んである。それについてはそれがいわゆる過剰診断であるという懸念を抱く立場もある(Frances, 2015, Cooper, 2014, 十一, 2016)。ただし筆者は「難治例」に限らずあらゆるケースに関して、その発達障害的な問題の有無を問うことは極めて重要であると考える。私は個人的には発達障害を疑うことは、過剰診断を防ぐという逆説があるものと考えている。衣笠が記載している通り、ASD はさまざまな精神疾患に「重ね着」され、その在り方を修飾するものの、それ自身の存在はかえって見えにくくなっている。衣笠はトラウマケースについて特に言及はしていないが、PTSD, 解離性障害などのトラウマ関連障害にも言えることである。
十一 (2016) は、ASD の併存症状として、外的、感覚的な特徴に類似する第三の人物に対する攻撃性や堅調な転移感情が、条件学習に基づく投影的機序により生じることが多いと指摘する。また彼らには被害念慮や妄想様の観念も伴うことが多いとする。
岡野、(2014) 臨床心理事例研究 41, 2014 p1523
Rachel Cooper 2014Diagnosing the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Routledge; 植野仙経訳、村井俊哉訳 2015)『DSM-5 を診断する』日本評論社
十一元三(2013)「自閉スペクトラム症の意義と問題点」(村 井俊哉編、村松太郎編『《精神医学の基盤 [3] 神医学におけるスペクトラムの思想》』学樹書 院、2016pp. 140-147
Allen Frances 2014Saving Normal: An Insider's Revolt against Out-of-Control Psychiatric Diagnosis, DSM-5, Big Pharma, and the Medicalization of Ordinary Life. William Morrow Paperbacks; Reprint edition , 大野  (監修), 青木  (翻訳)『〈正常〉を救え』講談社、

筆者(2014)はかねてからASD 傾向のある人の一部にみられる被害念慮や恨みの感情に着目してきた。一つの仮説であるが、人が特に汲むことが難しいのは、相手が自分に向けた善意や優しさであり、それは自分が同様の感情を相手に向けることの難しさと表裏の関係ではないだろうか。そしてそれは他者への感謝の念の希薄さと、その分増幅された迫害念慮を生むきっかけとなるのであろう。結果としてASD 傾向を持つ人にとっては、対人関係を持つことが被害体験となりやすく、そこから生まれる恨みの念はさらに対人関係を難しくする。私たちが出会うトラウマケースで、まぎれもないトラウマの体験者であり、その意味で犠牲者でありながら、人間関係の構築が難しく、そのためもあり社会的なリソースを得られない人がいて病状を遷延化させることが多いが、そこにはこの発達障害的な要素が潜んでいる可能性がある。