2019年10月15日火曜日

万物は揺らいでいる 推敲 1

今でこそ揺らぎはしずかなブームとも言えるテーマだが、揺らぎはそれこそ宇宙が始まって以来永遠に存在してきた。宇宙の始まりと言われている「ビックバン」はその最大にして最初の揺らぎだったかもしれない。(ただしそれ以前にビッククランチがあり、宇宙は結局収縮と膨張を繰り返しているという説、すなわち振動宇宙論 oscillatory universe theory なるものさえあるのだから、ビッグバンはそれ自身が揺らぎの一部かも知れない。)
ともかくもビッグバンは大変な激震だったわけであり、それにより起こされた擾乱が揺らぎとして全宇宙に、そして量子レベルでの微小の世界に残存しているとも考えられる。そして今でも気温、気圧、海水温、あるいは地震計の示す波形さえも揺らぎが見られる。そして私たちの体の体温も、血圧も、脈拍数も、脳波も揺らいでいる。科学やテクノロジーが進んだ現代ではこれらの揺らぎの存在は常識の範囲内かも知れないが、いったんその理由を問い出すと、その明らかな起源など誰にもわからない。ただ宇宙は、現実世界は、そうなっているとしか言いようがないのである。

揺らぎは最初はゴミだった

このように揺らぎは常に存在していたにもかかわらず、それが話題に上るようになってからはまだ半世紀も経っていない。私たちは最近になって揺らぎを「発見」したのである。しかし世界は今も昔も揺らいでいることには変わりない。
では揺らぎという概念が生まれる前、揺らぎは私たちの目にはどう映っていたのだろうか? 実は人類は長い間、万物が揺らいでいることを知らなかった。そもそも細かな揺らぎを見出すためには正確な基準が必要になる。しかしたとえば時間に関しては16世紀の終わりにガリレオ・ガリレイが振り子時計を発明するまでは、正確な時間の計測は一般人には全く不可能だった。だから脈拍数が揺らいでいることなど知る由もなかっただろう。何しろ人間の脈拍を比較的正確なものと見なし、時計代わりに用いる場合すらあったのである。
ただしそれでも少し注意深い人であったら、脈拍は呼吸の影響を容易に受けることがすぐにわかるだろう。こめかみに指を当てて自分の脈を取ってみればわかる。息を吸い込んでいる時は脈拍数が少しだけ上がり、はいている間は少し下がる。肺が酸素を吸い込んで血液が酸素を運ぶ効率が上がる時には脈を上げ、下がる時は脈も下げるという風にして省エネをしているわけだ。ところが少し注意をすれば見出すことのできるこの脈拍の揺らぎも、いわゆるノイズ、雑音とされていたわけだ。私たち人間は説明できないものは要らないもの、相手にしなくていいものとする性質がある。そのような傾向はもちろん現代の私たちも持っている。ノイズとは余計な音、録音をしようと思っている対象以外の阻害的な音、程度の理解でいいだろう。不要なもの、ゴミとして扱われるものなのだ。そしてそれまでノイズと見なされていたものを真剣に取り除こう、ターゲットとなる音を抽出しようという真剣な試みがなされるようになって初めて、それまでノイズとされていたものの性質が解析されるようになり、そこにある種の法則性が見つかり、それが揺らぎという概念と結びついたと考えることもできる。
似たような例を考えよう。海岸から純粋な砂を集めようとする。純粋な砂は砂場を作る際によく売れるとしよう。ただしここでの砂粒とは、岩石が細かい粒に砕けて出来たものを呼ぶことにしておく。そしてその純粋な砂を集めるために、ごみを取り除こうとして顕微鏡を覗いてみると、砂粒だと思っていたものには砂粒以外のいろいろなもの、ゴミとでも言うべきものが沢山混じっていることがわかる。これまでごくいい加減に砂を集めていた時は、誰もそのゴミの正体を知る必要も、意欲も持たなかっただろう。ところが純粋な砂を集めるために、砂粒とそれ以外のものを峻別するという段になって、初めてゴミと思われたものの中に、カルシウムを主成分とするピンクがかった粒が一定の割合で混じっていることが明らかになる。人は今度はこちらに夢中になり、その由来を知ろうとする。そして早晩それが珊瑚のかけらであった事がわかるのだ。その一部は近くの珊瑚礁から、別の一部は遠くの珊瑚礁から、あるいは太古の海に存在していた珊瑚礁の名残として残っていて、それがその海の壮大な歴史を物語っていることがわかったとしよう。そして今度はそれのみを集めて綺麗なピンクの砂(珊瑚砂)を集めて売ろうということになるかもしれない。こうして突然ゴミの一部は宝の山になるのである。揺らぎにもこれと似たようなところがある。