2019年10月14日月曜日

はじめに 推敲 4

サメ事件とツチボタル

2000年にアメリカ南部のフロリダ州の海岸で、海水浴客が短期間に連続してサメに襲われるという事件があった。当然の事ながら、専門家は何か原因があるはずだ、と考えた。海水温の変化か、潮流の変化か、サメのえさとなる海洋生物の増減か、などといろいろ原因が探られた。しかしどれひとつとして決定的な原因とは言えなかった。これについてペンシルバニア州立スミール大学のデービッド・ケルトン David Kelton 博士はこんなことを言ったという。「これは結局は『ポワソン・バースト』なのだ。」そしてケルトン博士の説明を聞いた住人は一応納得したという。要するにケルトン先生はこのような現象は純粋に偶然でも生じると、説明したのだという。いったい彼の言うこの「ポワソン・バースト」とはなんだろうか? 
純粋に偶然に発生する出来事を時系列で追っても、かなりばらつきがあることが知られている。平均すると3日に一度しか起きないことが、いきなり3日間続けて起きたりする。それがポワソン・バーストとかポワソン・クランピング(かたまり)と呼ばれるそうなのだ。そしてこのサメの襲撃も結局はその類だったということで話が落ち着き、幸いなことにその後はサメの襲撃は頻発することはなかったとのことだ。そしてこれが揺らぎの問題と関係しているのである。
ポワソン・クランピングについて、スティーブン・ピンカー氏(Pinker2012)が描いたものから拝借しよう。彼は下の二つの絵を示して、このうちどちらかが、画面上にまったくランダムに点を打ったものだと言った。読者の皆さんはご覧になってどちらがより偶発的な点の集まりだと思うだろうか?
この種のことを考えたことがない多くの人は結構右を選ぶかもしれない。左の絵はバラつきに不自然さがあり、いくつかの点の塊も、線状の分布の見られる部分も見られ、そうかと思えば点がまばらでやたら広いスペースもあちこちに見られる。こんなことは偶然にはおきそうもないと考えるかもしれない。
実は左側がランダムにプロットされた点だ。ところどころに点の固まった部分があり、なんとなく不自然な気がするものの、これは全くの偶然の産物であり、すでに述べたポワソン・クランピングというわけだ。他方右側の図はニュージーランドのある洞窟の天井に止まっているツチボタルという虫の位置をプロットしたものだそうだ。ツチボタルの方は自分のテリトリーを確保するためにお互いに距離を取り合っているわけだ。後者はある程度のランダム性が個々のツチボタルによって補正され、ならされた状態といえるだろう。
もしこれが例えばパーティ会場に集まった人間であったら、あちこちに人の輪が出来てバラつきはもっと不自然なものになるだろう。かえってポワソン・クランピングに似てくるかもしれない。しかしまったくの見ず知らずの人々がダンス会場に集まったとしたら、少なくとも最初のうちは右の図のようになるのかもしれない。
ちなみにポワソン・クランピングについては、英語の Wikipedia の説明が簡潔だ。ポワソン分布とは純粋なランダム性に基づいた物事が発生する際の分布を意味するが、それが塊を作るという現象は避けられないということである。確かにここに掲げられた図を見ても、いくつかの塊がみられる。そしてこれはおそらく何度同じような図を作成しても見られる「ダマ」なのだ。
私がピンカーの絵で示したかったことは、この一件不自然なバラつきが感じられるような左の図は、結局はランダム性を伴った出来事の推移で生じる揺らぎを二次元空間で表したものだということだ。一つの揺らぎに、あるいはピンカーの図のかたまり(ポワソン・クランピング)に私たちは一喜一憂し、大概はそこに意味を見出そうとする。「どうもここら辺は、あるいは昨今はサメが出没しやすい、どうしてだろう?」とか「またこの株が上昇してきたぞ。~がその理由だろう」などのように、である。揺らぎやポワソン・クランピングは、いわば私たちの想像力が生み出したものに過ぎないだろう。
 現にこのポワソン・クランピングこそが、私達のヒューリスティックの重要な決定要因であるという説がある。