2019年10月28日月曜日

アトラクター 推敲 4


ところで衛星は、単に土星からの引力を受けつつ周回運動を繰り返しているだけではない。離れた位置から太陽や地球や火星からも重力が加わっている。そしてそれらの相対的な位置は刻々と変化している。そのために衛星の軌道は刻々と変化し、ずれていくことになる。だからそれ全体がローレンツのアトラクターの様に構成されていることがわかる。

ところで土星の輪のうちところどころに櫛の歯の様に抜けている部分に気が付くだろう。特殊な力が加わることで特に大きくずれていった衛星たちが去った跡である。大部分の氷の衛星たちはそのまま周回を続けているからこそ、輪の形は安定し、カッシーニ等の探索衛星により細かく記載されているのだ。しかしその輪の間の空隙には以前は衛星が周回運動をしていたが、周囲の惑星との引力のバランスその他により少しずつ不安定になって行き、軌道がずれていって、ローレンツのアトラクターのようにピョンとその円周から外れて、おそらくは土星に氷の雨として注いでいったものと考えられている。すると衛星の軌跡というのはまさにこのストレンジ・アトラクターそのものを表していると言っていい。
   自然界でストレンジ・アトラクターが圧倒的に多い(というよりはシンプルなアトラクターは存在しえない)のは、そこに存在するもののすべてが、周囲から数限りない重力を受けていることと無関係ではない。先ほどの土星の例では、衛星は間接的に太陽からも地球からも火星からも影響を受けていると言った。ところがそれらの惑星をまとめている太陽を中心とする太陽系そのものが銀河の中心を旋回しているのだ。そこではただ一つの星から影響を受けているだけという恒星も惑星も事実上存在しえない。そしてその意味では極端に言えば、宇宙にあるすべての天体はお互いに回っている、あるいは回ろうとしているのである。これは宇宙的な意味での揺らぎの表現と考えることもできる。
星が揺らいでいるという視点は少し捉えにくいかもしれないが、実は昔の人にとって、惑星は揺らいで見えていた。惑星 planet というのはギリシア語のプラネテス(「さまよう者」「放浪者」などの意)から来ている。実際に惑星を望遠鏡で観察していると、恒星の周囲を公転する様子はちょうどフラフラ揺らいでいる様子として観察されていた。もちろんそれに対して恒星の方はほんの微々たる揺らぎでしか対応していないので、それは見えにくいということになる。
ところでそのように考えると、天体のそもそもの揺らぎは自転、ということになる。さすがに地球は、月は、太陽は水の分子の様にぶるぶる震えては見えない。その代り自転しているのである。