過労がたまって熱っぽくて体がだるく、風邪の引きはじめではないかと思う時がある。そして大抵はその後数日風邪で体が動かないということになると、休講にしなくてはいけなかったり、外来を休診することになったりして非常にまずい。「熱が出るわけにはいかない」のである。そのような時私はあえて体温を測ることなく、というよりそれを避けて消炎鎮痛剤、例えばイブプロフェン200㎎一錠を飲んだりする。これは考えれば、おかしな行動だ。まあ稀に、2,3か月に一度程度のことだが。
この行動は医学的には気休めでほとんど意味のない行為であることは分かっている。本当に風邪の引きはじめだったら、イブプロフェン1錠で回復するということはないだろう。でも何となく安心するのである。「イブプロフェンを飲んだからダイジョーブだ」と自らに言い聞かせる。しかし医者の身で、何がダイジョーブなのか全然分からない。これなどはむしろおまじないに近い。神社でお賽銭を投げて手を合わせるようなものだ。イブプロフェンを飲むと体(心?)が回復するという信心 belief のせいである。
と書きながら、実は医学の世界ではいろいろなことが起き、私がプラセボ効果と決めつけている私の気休めの行動も、その一部は実は医学的根拠があることがわかったりする。例えば非ステロイド系抗炎症剤は炎症を引き起こす物質であるプロスタグランジンの生成を抑制することで、炎症を鎮め、痛みを軽減するとされている。私たちが体がだるくて熱っぽいという時、実際にウイルスや細菌に感染していなくともプロスタグランディンやそのほかの炎症性サイトカインが出ていて、実際に怠さを引き起こしているのかもしれない。プラセボ効果は実はそうではなかったとなったりする可能性だってある。(本当のところは私は専門ではないので分からないが。)しかし私はやはりイブプロフェンが私にとってのプラセボであることを知っている。なぜなら飲んだら2,3分したら体が軽くなった気がするのだ。これなど絶対にありえないことである。薬効成分が血液循環に乘って体中に回るまでに30~40分は必要だからだ。