2024年11月21日木曜日

統合論と「解離能」推敲 18

 今日の成果はこのスライド一枚だけである。






2024年11月20日水曜日

男性の性加害 4  

 斎藤章佳著:子供への性加害-性的グルーミングとは何か (幻冬舎新書, 2023年) を読んでいる。p.86,87 にとても重要な記載があった。

ポルノ規制が語られる際に必ず出てくるという「カタルシス効果」つまりポルノによって性欲が解消されて性犯罪が減る効果については、実証結果はほぼ皆無だという。そして英語圏でなされた46の実証研究をPaolucchi et al (2000)がメタ分析をしているが、ポルノに晒されると「逸脱的な性行動を取る傾向」「性犯罪の遂行」「レイプ神話の受容」「親密関係に困難をきたす経験」がいずれも2,3割増加したという。もう一つ Ybara,et al (2001)の研究も紹介されている。10~15歳の男女を対象に、「暴力的な性的描写の視聴経験」があるかないか、という違いと「性的な攻撃行動」との関連性を調べたところ、前者がある場合には後者が6倍も高いという結果であったという。

Paolucci EO, Violato C. A meta-analysis of the published research on the affective, cognitive, and behavioral effects of corporal punishment. J Psychol. 2004 May;138(3):197-221.
Ybarra ML, Thompson RE. Predicting the Emergence of Sexual Violence in Adolescence. Prev Sci. 2018 May;19(4):403-415

さてこれは何を意味するのだろう?ポルノにより性的逸脱傾向が増す、という議論は「抑止効果」と相反するものなのか?実はケースバイケースではないか。二次元の世界に夢中になり、現実の異性に関心が向かなくなるという言説は完全に否定されるのか? それともこの研究は「PC」だからなのか?でも一つ確実なのは「抑止効果」説はそれなりの根拠を示さない限り信憑性を得られないということだ。

2024年11月19日火曜日

英語論文の推敲

 あるほんの短い英文の投稿論文にもう1年以上苦労している。解離と中枢神経刺激薬との関連についてのケースレポートである。査読で返されては修正提出を繰り返している。まあreject されるよりは希望は持てるか。今回の追加分。

One case report (Aydın, EF. 2022) states that a 39-year-old woman with DID and ADHD showed marked improvement in DES score when methyphenidate was administered. 一つのケース報告 (Aydın, EF. 2022) はADHDとDIDを併発した39歳の女性の例において、メチルフェニデートによりDESのスコアが低下したとある。

Aydın EF, Koca Laçin T. A case of dissociative identity disorder and attention deficit hyperactivity disorder comorbidity. European Psychiatry. 2022;65(S1):S471-S471. 

 Some reports that in many children with ADHD, disturbed developmental processes might lead to the impairment of resilience and increased sensitivity with respect to stressful experiences, resulting in pathological dissociative processes (Bob, P., Konicarova, J. ,2018).そして一群の小児においては、発達過程の何らかの障害によりストレスフルな体験による脆弱性や感受性が増し、それが病的な解離症状に関連するという報告がある (Bob, P., Konicarova, J. ,2018).

Bob, P., Konicarova, J. (2018). Neural Dissolution, Dissociation and Stress in ADHD. In: ADHD, Stress, and Development. SpringerBriefs in Psychology. Springer, Cham.

Some studies reported improvement of DPDR with methylphenidate(Oleskowicz, T (2019, Foguet, Q. et al. 2011). いくつかの研究ではDPDRのメチルフェニデートによる改善を報告している(Oleskowicz, T (2019, Foguet, Q. et al. 2011)。

Oleskowicz, T (2019) Methylphenidate as a Treatment for Depersonalization/Derealization Disorder.
Foguet, Q. et al.(2011)  “Methylphenidate in Depersonalization Disorder: A Case Report”. Actas Españolas De Psiquiatría, vol. 39, no. 1, Jan. 2011, pp. 75-78.





2024年11月18日月曜日

解離における知覚体験 14

ちょっと書き進めるにも、沢山の引用が必要になり、大変である。だから学術論文を書くのは嫌いだ。


 最近の研究はトラウマと幻覚傾性 hallucination-proneness との関係が注目されている。特に小児期の性的虐待は統合失調症や双極性障害や一般人において幻覚との関連が報告されている(Varese F, 2012)。 しかしそこに解離症状が絡んでいることが注目されるようになっている・つまり小児期の虐待は解離症状を生み、それが幻覚体験につながるというわけである(Moskowitz & Corstens, 2007, Anketell et al, 2010)。また解離傾向は精神病症状の中でも特に幻覚と関連していることが明らかになってきているという(Kilcommons & Morrison, 2005)。これはColin Ross の「統合失調症の陽性症状は解離の性質を有する」という主張を思い出させる。(Ross, 1997 p196)

Jones, O., Hughes-Ruiz, L., & Vass, V. (2023). Investigating hallucination-proneness, dissociative experiences and trauma in the general population. Psychosis: Psychological, Social and Integrative Approaches. Advance online publication.  Wearne D, Curtis G, Choy W, Magtengaard R, Samuel M, Melvill-Smith P.  Trauma-intrusive hallucinations and the dissociative state. BJPsych Open. 2018 Aug 30;4(5):385-388. Varese F, Barkus E, Bentall RP. Dissociation mediates the relationship between childhood trauma and hallucination-proneness. Psychol Med. 2012 May;42(5):1025-36. Ross, CA (1997)  Dissociative Identity Disorder - diagnosis.clinical features and treatment of multiple personality. John Wiley & Sons, Inc. Moskowitz A, Barker-Collo S, Ellson L (2005). Replication of dissociation-psychosis link in New Zealand students and inmates. The Journal of Nervous and Mental Disease 193, 722–727. Anketell C, Dorahy MJ, Shannon M, Elder R, Hamilton G, Corry M, MacSherry A, Curran D, O’Rawe B (2010). An exploratory analysis of voice hearing in chronic PTSD: potential associated mechanisms. Journal of Trauma and Dissociation 11, 93–107. Kilcommons AM, Morrison AP (2005). Relationships between trauma andpsychosis: an exploration of cognitive and dissociative factors. Acta Psychiatrica Scandinavica 112, 351–359.


2024年11月17日日曜日

解離における知覚体験 13

 「わかりやすい解離性障害入門」星和書店 2010年 p131に書いたことを今回加筆してみた。


解離性障害

統合失調症

幻聴の主の特定可能性

患者は「あの人の声だ」と特定出来ることが多い。(小さい頃から聞いていたあの声だ、などと感じることが多い。フラッシュバックにおいては、かつての加害者の声である場合がある。DIDの場合にはそれが特定の交代人格である場合が多い。)

多くの場合、特定不可能である。あるいは神や悪魔などの「超越的」な存在の声として感じられることもある。

どの程度声に影響されやすいか?

声に驚いたり、おびえたり、場合によっては励まされるなど様々な影響を受ける可能性がある。しかしあくまでも別の主体の声としてとらえられる。別人の声が勝手に聞こえて来ると感じ、聞き流すことも多い。(ただし交代人格の声である場合は、時には自分がその声の主にスイッチし、「本人の声」になることもある。)

幻聴の内容はしばしば、自分の意志や考えと区別がつかない。(幻聴の内容がそのまま妄想内容となることが多い。たとえば「あいつがお前を狙っている」という幻聴を聞くと、それがそのまま確信となる、など。)

面接者との対話

患者に幻聴の主との対話を促すことが出来る場合が多い。また時には面接者は患者を媒介にして、幻聴の主との伝言のやり取りができることがある。

通常は考えられない。

関係念慮(自分にかかわってくるという印象)を伴うか?

自分に話しかけている場合を除いては、通常は他人事である。(ただし至近距離において、幻聴が「自分のことを言っている」という感覚を伴うことがある。)

通常は伴う。その場合幻聴の主は時空を超え、テレビやインターネットを介して「自分のことを言っている」と感じることもある。

いつから体験されるか ?

幼少時から「想像上の友」の形で聞こえていることが多く、しばしば鑑別上重要な手掛かりとなる。

思春期ないし青年期に統合失調症が発症した時、その前兆として数ヶ月程度前から聞こえ出すことが多い。

精神科の薬がどの程度有効か?

幻聴そのものにはあまり効果がないが、一応試みる価値はある。

比較的効果がある。

(場合によっては劇的におさまる。)

 


2024年11月16日土曜日

解離における知覚体験 12

 (記載としては前後するが)幻覚体験が様ざまな精神・神経学的病理と関連していることについては、オリバー・サックスのユニークな書「幻覚の脳科学」が非常に参考になる。

Sacks, O (2012) Hallucinations.  Vintage. 太田直子訳(2014)幻覚の脳科学 見てしまう人びと. 早川書房.

そこではサックスは脳の一部の過活動により幻覚が現れるメカニズムについて論じている。いわゆるシャルル・ボネ症候群(CBS)は希なものとされていたが、実は盲目の患者の多くに奇妙な幻覚体験が聞かれることを示している。CBSにおいては大脳皮質に対して入力が途切れた場合、そこに何らかのイメージが投影され、それが幻覚体験となって表れることがある。これについていみじくもサックスは次のように述べている。(P.39)「CBSについての報告が、1902年、すなわちフロイトの夢判断が刊行された二年後に心理学雑誌で公表された時に、CBSも夢と同じように「無意識に至る王道」と考える人もいたという。しかしこの幻覚を「解釈」しようとする試みは実を結ばなかったとある。そして内容に没入する夢と違い、CBSの患者は冷めた目でそれを観察し、「その内容自体は中立的で感情を伝えることも引き起こすこともない。」

このCBSの話で思い出されるのが、感覚遮断の問題だ。これは「囚人の映画」と呼ばれるという(p.52)。囚人が明かりのない地下牢に閉じ込められると、様々な心像や幻覚を見るようになるという。しかもそれは感覚遮断の状態である必要はない。単調な刺激でも起きるという。
サックスの記述する囚人たちの体験する幻覚の進行具合はとても興味深い。最初はスクリーンに映し出される感じだが、そのうち圧倒的な三次元になる。そしてこう書かれている。「被検者たちは最初ビックリして、そのあと幻覚を面白い、興味深い、時にはうるさいと思うが、まったく『意味』はないとする傾向があった」(p.54)。ここが私が注目するところである。この(自分にとっての)意味のなさが他者性としての性質を帯び、それはまさに解離性の幻覚も同様であるということが言いたいのである。

サックスがp.59で強調していることはとても大事だ。彼はある芸術家に感覚遮断をして幻覚を体験した際のMRIを撮ったところ、後頭葉と下部側頭葉という視覚系が活性化されたという。そして彼が想像力を働かせて得た視覚心像由来の幻覚では、ここに前頭前皮質の活動が加わったという。つまり幻覚の場合は、トップダウンではなく、「正常な感覚入力の欠如により異常に興奮しやすくなった腹側視覚路の領域が、直接ボトムアップで活性化した結果なのだ。」(p.59)ということになる。つまり私たちにとっての幻覚は、前頭前野が関わっているかどうかにより全く異なることになるわけである。これは知覚と表象の違いということで一般化できるかもしれない。
サックスはp.251で、トップダウンとボトムアップの違いについて再び整理しているが、ここは私自身の理解と若干違う。彼は夢はトップダウンであるという。それは個人的な特性があり、大抵は前日にあったことなどを反映している。それに比べて入眠時幻覚は「概ね感覚的で、色や細部が強化又は誇張され、輪郭、硬度、ゆがみ、増殖、ズームアップを伴う。」しかしこのように説明した後サックスは、結局脳の信号の伝達は両方向性であり、トップダウンか゚ボトムアップかを二者択一的には決められないということを言っているが、私もその通りだと思う。どちらの方が優勢か、ということだ。

サックスの「幻覚の科学」の第13章「取りつかれた心」(p.276~)は事実上解離性障害について扱っているという意味ではとても参考になる。最初にトラウマのフラッシュバックは、これまでのCBS、感覚遮断、薬物中毒、入眠状態などと基本的に異なるとする。つまりそれは本質的に過去の経験への「強制的回帰である」とする。それは「意味のある過去」だというのだ。そしてブロイアーやフロイトが扱ったアンナO.について述べ、解離の概念の重要さについても言及する。サックスもアンナO.に注目していたというのは興味深い。

ところでp.313には重要な記述がある。「ブランケ脳の右角回の特定の部位を刺激すると、軽くなって浮遊する感覚や身体イメージの変化だけでなく体外離脱体験も必ず起こることを実証することが出来た。」ブランケは言うという。「角回は身体イメージと重力に関係する前庭感覚を仲立ちする回路の極めて重要な結節点であり、『自己が体から解離する体験は、体からの情報と前庭情報を統合できない結果である』と推測している。」(p.313)と書いている。やはり統合できないのが問題だというのか。サックスでも。私には「外から眺めるという回路」が誰にでも備わっているという気がする。それが普段は眠っている状態なのが、解放されるのが解離である、という立場だ。


2024年11月15日金曜日

男性の性加害 3

 前回のヒジャーブの話からのスピンオフ。はちょうど次のような男性の言葉を反映していると思われる。「女性が露出の多い服を着ているのが男性の劣情を掻き立ててしまい、それがいけないのだ」という議論である。

ところで私はこのテーマで本ブログの2011年1月12日のエントリーで次のような内容の文章を書いた。(以下再録)

今日はあるクライエントさん(20代女性)から話を聞いた。女性にとってのかわいい、とは何か。彼女はジーンズやパンツよりはスカートがかわいい、という。だから自分はそれをはいている。それはキュロットでは表現できないかわいさだという。しかしそれはセクシュアルな意味があまりないようである。なぜなら「男性の目は関係ない」と言い切るからだ。女性はかわいく見せたいし、女性の間でもかわいさを競うというところがあるという。女子高であってもそれは同じだそうだ。
この女性の追及するかわいさが、セックスアピールとは微妙に、あるいは明らかに異なるという点は重要であろう。男性が女性のかわいさを魅力的と感じたとしても、そこにはどこか倒錯的なところがある。秋葉原でメイド服を着た女性たちに対して男性はそこに一種倒錯的(オタク的)な視線を向けることになる。それは女性たちがセックスアピールとは異なる「かわいさ」を発散しているつもりでも男性はそこに性的な魅力を覚えてしまうということになる。

確かにかわいい、はセクシュアリティと関係しているようでしていない部分がある。彼女たちはアクセサリーを見ても「かわいい!」と言ったりする。うちのカミさんは、コーヒーカップも、トイレの便座カバーも、明らかに「かわいい」(彼女にとって)ものを買ってくる。そしてそのかわいいはもちろん、うちの犬チビの「かわいい!」とも結びつく。子犬、子猫の「かわいさ」は言うまでもない。そして … 人間の赤ちゃんを見たときの「かわいい」にもつながっているかもしれない。そう、女性にとってのかわいいは、幼児を見たときの「かわいい」に通じるところがある。しかしではどうして彼女たち自身が「かわい」くありたいのだろうか?動物学的に考えたら、男性を惹きつけるために女性がかわいくありたいとしたら、繁殖にむすびつくという意味では合目的的である。しかし繰り返すが、彼女たちがかわいさを追求する際にそこに男性の目はあまり意識されていないのである。
自分もかわいくありたく、そしてかわいいものにひかれるというこの女性の特徴は、女性に特有の対象との同一化傾向と関係しているのかも知れない。対象の気持ちが分かり、対象に同一化し、対象を取り入れ、また対象の中に自分を見る。この傾向が、私がつねづね考える「関係性のストレス」と繋がっているかも知れないと思うのは飛躍であろうか。

何か締まりのない文章だが、一応参考にしよう。