はじめに
本章は「プレイセラピーと精神分析―その懸け橋としての愛着理論」というテーマで論じる。はじめにお断りしなくてはならないのは、この章は2025年8月に、茨城県水戸市で開催された 日本遊戯療法学会第30回大会での基調講演をもとにして書き下ろしたものであるということだ。このような自分のフィールド外の場に招かれて講演を行うことは私にとっては少なくないのであるが、毎回スリリングな体験となっている。それは最初は無茶ぶりをされたと思いつつも、準備をしている段階で思わぬ発見や発想が湧き、心からそのような機会を与えていただいたことに感謝するということが実に多いからだ。 その様な機会に与えられたテーマは私が主として関心を持つ分野(精神分析、解離性障害、脳科学、愛着理論、AI、その他)から適度に距離のあるものが一番いいらしい。例えば私は遊戯療法の専門家ではないし、そのトレーニングを正式に受けたわけではない。しかし精神分析や精神療法は遊戯療法とはなじみ深いものでもある。しかも愛着理論とはかなり至近距離にあると言っていい。そしてそれらの基礎知識をもとに発表の準備をするうちに、様々な分野が一つにつながりつつあるという実感が持てるからである。 この講演も結果的に遊戯療法と精神分析および脳科学は、愛着理論を介して非常に近い距離があるという理解に行き着いた。そこでその理解をぜひ読者に共有したく思うのである。
そこで本章の論の進め方は当然ながらさまざまな年齢層の、遊戯療法というテーマに関心を持ち、それを臨床において実践されている心理士や精神科医に語り掛けるという形式と取ることになることはご理解いただきたい。
最初に、私は私はプレイセラピーの専門家ではないという断り書きから入ることになるが、私はいつの間にか齢70にもなり、大学の名誉教授なる肩書まで付くと、いかにもその道の大家で長年研鑽を積んだ人間のごとく誤解される可能性があることを十分理解しているつもりである。日本人は(私自身も含めてであるが)肩書きに弱く、そのような人の書くものは常に正しいと誤解しやすい。しかし私は比較的自由な気持ちで書き、そこにはかなり思い付き的で、仮説的な事も混じる。そのことをお断りしないと、とても落ち着かないというのが正直なところだ。そしてそのことはプレイセラピーに関するこの文章にも当てはまるのだ。
<以下略>