2026年7月2日木曜日

解離とリスク 1

 解離は自殺のリスクを高める危険な症状なのだろうか?

 本稿ではこの問いについて考えたい。解離については巷ではいろいろ言われている。それらのいくつかを挙げるならば、

解離の機制により、感情調節の困難さが隠蔽ないしは断片化される傾向がある。

 解離によって身体的痛みへの感受性が低下し、致死性の高い自殺企図を実行する心理的障壁が下がる可能性がある。

交代人格間での絶望感の共有不足や、激しい感情の変動が衝動的な行動を誘発する可能性がある。

 幼少期の虐待等のトラウマ体験が解離と気分変調の両者を惹起し、慢性的自殺念慮の根底にある「自己破壊衝動」を形成する可能性がある。

 意識の狭窄や健忘を伴う解離状態において、気分の急激な変化が衝動的な行動へと結びつく可能性がある。

 過去の逆境体験が、解離という回避的防衛と気分変調の双方を形成するプロセスが見られる。

これらの見解を読む限り、解離が危険であり、それを抱えている人は自傷や自殺の高いリスクを背負っているという先入観を生みやすいだろう。しかしそれは本当だろうか?

ここで一昔前のPutnam のテキストを参照してみよう。そこには以下のように書かれているのだ。

「解離は防衛機制であり、生存の価値 survival value を有する (Putnam,1989)」

 ここでこの考察を始める前の私の偽らざる考えを記しておこう。それは上記の「解離=危険」と考える立場とは相当の隔たりがあった。

統計的なデータは得られていないが、報告者(岡野)の解離性同一性障害(以下、DID)の臨床経験からは、自殺未遂や自傷行為の多さとの対比で、既遂自殺はかなり少ないという実感がある。(自殺の刹那に保護的な人格が介入して自身の身体を救う傾向があるようだ)。

人生の最初の危機的状況で解離が当人を救ってくれたとしたら、自殺を遂行しかけるという第二の危機的な状況で、解離が「生き延びるための価値」を発揮して、本人を救う可能性は十分にあるのではないか。

私はこのテーマについて論じる時、しばしばある患者さんの語ったことを思い出す。その方(Sさん、50代女性)はDIDがあり、過去に数限りない自殺企図を起こしていた。彼女のパターンは決まっていて、

(以下略)


Putnam, F. W. (1989).  Diagnosis and Treatment of Multiple Personality Disorder. New York: Guilford Press.
Ross, C. A., & Norton, G. R. (1989).
Multiple personality disorder patients with a history of child abuse. Journal of Nervous and Mental Disease, 177(10), 567–572.


2026年7月1日水曜日

解離と未遂との関連について 3

 この問題、もう少しで納得がいく気がする。あらためて考える。

SS状態(「前頭葉の機能低下・衝動性の亢進」+トラウマヒストリー)に陥る可能性として、BPD,PTSD, 酩酊状態が挙げられるのは分かる。BPDはもともと衝動性が高い。PTSDではFBが生じるとこれが起きやすいだろう。PTSDであること=深刻なトラウマヒストリーと考えるとわかり易い。酩酊状態はまさに「前頭葉の機能低下・衝動性の亢進」が人工的に作られた状態だ。翌日には昨日酔って「死ぬ!と叫んでいたことすら覚えていないであろう。  しかしDIDではSSは解離というカプセルに入っている。これはDIDだからSSが生まれたのではなく、そのようなトラウマ状況が生起した後に解離されて隔離されているのだ。ということは解離はSSが活動するのを抑え、保存している装置ということにもなる。  ということで次のような出来損ないの図を作った。




2026年6月30日火曜日

解離と未遂との関連について 2

  アラン・ショアの教えるところは、おそらくこのSSは愛着トラウマに関係しているということだ。(ほかにも説明の手段はあるだろうが、これが今のところ一番説得力がある。)自分の激しい情動を最初は母親の右脳により、後には自分の右脳により制御することが出来るようになることが出来なかった人(愛着トラウマを負った人)がこのSSに陥る傾向を有するのであろう。そしてそれはBPD傾向として残り、ある人は情緒障害となり、ある人は解離症状として残る。ここで解離はSSを一時的に閉じ込めておくための箱であると考えるといい。そしてとりあえずその時は箱に収めることが出来たという意味ではこれは適応的であろう。しかし顕著な形で箱を有する人はそこにSSを内臓しているだろう。しかし箱があるから自傷傾向を有するということにはならない。箱に入っているSSが問題なのだ。

解離は当人の自殺傾向を冷凍保存している。一種のクーラーボックスと考えればいい。そしてそれを持っている人は自殺傾向が高いということにはなっても、その存在は自殺傾向を引き起こしてはいない。

別の比喩。解離を有する人は心に隔離室や保護室を持っている人にたとえられるだろう。その場合保護室は自殺傾向を促進していることにはならない。

このように考えるといよいよ、解離は自殺企図の原因になっているという考え方が誤っているかがよくわかる。アルコール中毒は自殺企図を引き起こすというのは分かるが、解離は自殺企図を引き起こす、というロジックは決して正しくないのである。


2026年6月29日月曜日

解離と未遂との関連について 1

  私は今一つこの問題に結論を出せていない。すっきりわかっていない。Foote らの示すとおり、解離症状と自殺企図には高い相関関係があるのはなぜか?BPDや鬱やアルコール中毒との高い相関についてはピンとくる。ところが解離はどうもすっきりそうは思えないのだ。  自殺企図に関係するもののひとつは衝動性であろう。酒に酔って死にたくなった時に、「もし今この行動を起こしたらどのような結果が待っているのか?」「人生山あり谷ありじゃないか。待っていればまたいいことがあるさ。」と思う余裕もなく行動に移す。そしてこの衝動性と表裏一体なのが、情動コントロールの問題だろう。強い怒りや絶望感を鎮めるための前頭葉の機能が低下している。この「前頭葉の機能低下・衝動性の亢進」が酩酊時や抑うつやBPDにおいて高まるという理屈はよくわかる。しかし解離が果たして同様の問題に結びついているのだろうか?どうも納得がいかない。  一つ確実に言えることは、解離性障害を有する人が「前頭葉の機能低下・衝動性の亢進」を特徴とするような解離状態に陥る傾向があるとすれば、その人の自殺未遂の頻度は高まるであろうということだ。何らかのきっかけでそのような状態に陥り、それが警察への通報や緊急入院につながることを繰り返す人もいる。しかしその場合、本当に解離が問題なのだろうか?  仮にそのような状態をSS(suicidal state)と呼ぼう。BPDや鬱やアルコール中毒においてはそれらの病理がこのSSを導くと言える。しかし解離はどうだろうか?もし通常の人格状態はSS状態とは切り離され、SSの出現が回避されているとしたら、それは解離のせいだろうか?どう考えても解離はSSの原因ではない。むしろ解離はSSの結果なのだ。そして人生においてSSに陥る経緯に解離は必ずしも関係していないのである。  この路線をもう少し進めてみよう。とにかく解離は誤解されているのだ。

2026年6月28日日曜日

甘えの理論の先駆性 9

 甘えに基づく治療論:

治療においては「素直な甘え」(実は「大人の甘え」、「基本的な結合回路 basic union circuit (Ecstein)」)をいかにブースト(再強化,再想起)するかである。

このために「愛着に基づく精神療法」(フォナギー、ホームズ)では、治療者が患者との心(脳波)のシンクロの機会を提供する。

いわゆる支持療法もこれに準ずる。

甘えに基づく治療においては、治療者が受容的な態度で、「大人の甘え」を向け合う他者として接することから出発する。(ただし土居の言うように一般的な意味での「甘やかし」はしない。)それがブーストに貢献し、「大人の甘え」を促進するようであれば、その治療が継続される。

それが「屈折した甘え」を賦活し「悪性の退行」(バリント)につながるならば、甘えの手綱を注意深く操る必要がある。


2026年6月27日土曜日

甘えの理論の先駆性 8

 生下時の右脳優位の体験はそもそも自他未分化の世界である。そこでは母子の右脳どうしの同調が生じ、乳児は母子一体を体験する。これはウィニコット的には「母親の原初的没頭」における「錯覚」の状態である。

愛着関係において錯覚→脱錯覚を体験できると、自分は世界から肯定され生きるに値するのだという幻想を持つようになる。これはかなり生物学的なプロセスであり、前頭葉と皮質下をつなぐ重要な配線(「基本的な結合回路」と呼んでおく)が形成されるのであろう。ここで達成されるのは基本的な二者関係、reciprocity の成立であり、相手の心に自分を見出し、自分の心に相手を見出す能力である。 「この乳房を介した錯覚は離乳と共に脱錯覚を被るが、実世界や現実において我々は自分の望むものを作り出すことが出来るかもしれないという『希望』を抱くときの基盤となる。」「そこには現実原則の受容、痛みを抱えるための包容力の発達、自動的で魔術的要素の衰退、さらに大人においては社会に貢献するための創造力の確立などを伴わなければならないが‥‥。」(北山修) 自分のことを百パーセント認めて欲しい、たとえあの世であっても…という考えは狂気に近いが、その狂気を自分が持っていていることを受け入れることは、同時にそれが今の現実の世界ではかなわないことも認めることになる。「基本的な結合回路」はしかし時々現実の人間関係によりブーストされる必要がある。人生の失敗体験で時々これが揺らぎ、抑うつや被害念慮に発展する場合があるからだ。そして信頼できる人に出会えると、「ほらね。やはり自分は大丈夫だ」という気持ちに戻れるのであろう。そしてこれはコフートの自己対象の理屈とほぼ同じであるとみなしてよい。

2026年6月26日金曜日

甘えの理論の先駆性 7

 土居(1961)「精神療法と精神分析」(p195~)をもとにまとめる。

おおむね言えることは、土居についての精神分析はそのまま甘えの理論であるということだ。一言で無意識内容や無意識的葛藤と言っても、様々なものが考えられるであろうが、土居が無意識的葛藤として提示するものはいずれも甘えに関与している。それぞれについて、精神分析により至る洞察は少なくとも文章の上では明確に示されている。そして「抵抗が克服され、洞察が出現すれば、治療は終結の運びとなる」(p.195)と述べる。

 土居は無意識的な葛藤を三つに大別する。(あずき色部分は土居の原文から)

1.甘えたいが、甘えることは自分の弱さをさらけ出すことなので出来ない(男性に多い)。⇒ 甘えることは致命的な弱さではないという洞察。
2.いくら甘えても、甘えだけでは足りないと感じる(女性に多い)。
   ⇒ 甘えることによって何かを自分にほしがっても無駄であるという洞察。
3.甘えることを知らず人を避けようとする(男女を問わない)。
   ⇒ 甘えても裏切られるとは限らない、という洞察。


 物心が付き始めた幼児は、甘えられない体験をすでに知覚しているので、そのために甘えようとしている。

何らかの理由により愛情不足が甚だしい時は、幼児は甘えることをほとんど経験せず、自分に甘えるナルチシズム(自己愛)の状態が発生し、憤怒や憎悪や自己卑下・自己嫌悪、去勢不安とペニス羨望が生じる。

治療により患者の葛藤が順次に解決されて行けば、ナルチシズムの核が破れ、「素直な甘え」が出て終結となる。(これはバリントの言う受け身的対象愛の出現であり、「新しい出発」である。)

エクスタインの言葉で言えば、「基本的な結合」が幻覚的に体験されることであるが、それは同時に基本的な分化であり「自分がある」状態となる事である。

終結においては治療者は甘えを許しているが甘えさせてはいない。これは現実原則に従う甘えであり、甘えの充足は一時的であることを知っているので、結局ナルチシズムには逃げ込まない。

岡野の意見:最後に出てくるのは、実質的には「素直な甘え」とは全く別物であり、それは「大人の甘え」というべきだろう。