3.バウンダリーについての考えの深化と「治療的柔構造」の概念
私が渡米以降に体験したことはひとことでは言えないものの、あえて言うならば、「バウンダリーはいくらでも侵犯される(乗り越えられてしまう)」ということだった。精神分析の構造やバウンダリーは、口頭で伝えられたり文章で書かれたりする際にはしっかり引かれる傾向にあるが、実際にはしばしば平気で破られている。誤解を受けやすいが、私は「バウンダリーは破られてナンボのもの」と思うようになった。それは踏み越えられることで生命を保っていると言ったところがある。その意味で「そもそも境界は生き物だ」、といった方がいいのかもしれない。
私が精神分析を本格的に学ぶ前に考えていたことは、すでに述べた。それは患者が治療構造を破る際に、どのような場合にそれが無意識的な抵抗に由来するかについて、直観や一種の嗅覚を身に着けるためには、精神分析的なトレーニングが必要であるということだった。
しかしその後40年がたった今では、私は患者との臨床を通じても、そして自己探求の為の数年間の教育分析を通しても、そのような独特な嗅覚が得られたようにはどうも思えない。(あまり言いたくないことだが。)いや、以前より少しはましになっているのかもしれない、ぐらいは言っておこう。そして私は「神は細部に必ずしも宿らない」という世界観を持つようにもなった。しかしそれとは別に、治療構造の重要性を再認識し、それを「治療的柔構造」として活用する方法を知る事になった。その意味での知恵はしっかりついたつもりである。
私は実は渡米するころまでには、小此木先生の治療構造論を少し疑うようになっていた。「先生、治療構造を厳密に守るというのは建前でしょう?」とまで思うことがあった。「精神分析的にやるということは、いちおう決まりは守りましょう、という事ですよね」程度のことではないかと考えるようになっていた部分がある。実際小此木先生自身がセッションの開始や修了の時間をあまり守っていないといううわさも聞いていたし、本人もそのようなことをおっしゃっていた。「イヤね、僕はこういう立場だから、精神分析はちゃんと構造を守ってやりましょう、というけれどね。本当は‥‥」みたいなことを精神分析の講義でよく口にされていたのだ。
しかしそのうちに、別の意味で小此木先生の教えは正しかったと思うようになった。先生の教えは私の理解では次のようなものであった。「構造をしっかり決めておくから、そこからのズレ、例えば一分早いとか、一分遅いとか、いつもぴったりくるとかのことが識別され、そこに表される治療抵抗などの意味を解釈できる」。つまりここでは治療者はバウンダリーを提供してそれに対する患者の反応を見る観察者なのである。
しかし私のバージョンは少し違う。
「バウンダリーはそれ自体が明確に定まっていることで、それをめぐる微妙なやり取りが患者と治療者の間に繰り広げられる。つまりバウンダリーはそこである種の場(フィールド)を提供するものなのだ。ボクシングならボクシングリング、相撲なら円形の土俵があってこそ、そこでの独特のやり取りが展開するのである。そしてそのバウンダリーをめぐる駆け引きには患者だけでなく、治療者もまた参加しているのである。
以下省略