「一見普通の男性の性加害性」の脳科学
以上の二つの障害として①パラフィリア(性嗜好異常)と②性依存を挙げたが、本題である一見普通の男性の性加害性(以降「普通の男性の性加害性」の問題と略記しよう)は①,②に関連はしているが、基本的に別の問題であるということであり、新たに論じなくてはならないのである。
この「普通の男性の性加害性」を回避し、再発を防止する方法は決して単純ではない。通常の危険行為に関しては、危険な場所、危険な人との接触を避けることに尽きる。しかし「男性の性加害性」を回避するのに同じロジックは成り立たない。何しろそれは職場の上司や同僚として、あるいは指導教官や部活の先輩として、さらには夫や父親として、つまり身の回りのいたるところにいるのだ。それらの人々との接触を避けるとしたら、それこそ学生生活や社会生活を満足に送ることが出来なくなってしまうだろう。ここにこの問題の深刻な特徴があるのだ。
「普通の男性の性加害性」の問題の特徴を一言でいうと、通常は理性的に振る舞う男性が、それを一時的に失わう形で、性加害的な行動を起こすということである。しかし私たちが時折理性を失う行動に出てしまうことは、他にもたくさんある。酩酊して普段なら決してしないような暴行を働いたりする例はいくらでもある。しかしこれはそれが予測出来たらふつうは回避できるはずだ。
ところが酒がやめられないアルコール中毒症の人だったり、ギャンブル依存の人なら、ちょっと酒の匂いをかいだり、ポケットに思いがけず何枚かの千円札を見つけたりしただけでも、すぐにでも酒を買いに、あるいは近くのパチンコ屋に走るだろう。彼らはごく些細な刺激により簡単に理性を失いかねないのだ。ただしこれらの場合は、彼らがアルコール依存症やギャンブル依存という病気を持っている場合だ。つまりは上で述べた②に相当する。そして一見健康な男性の豹変問題はそれとは異なる、と私はこれまで述べてきたのだ。
実はこの「普通の男性の性加害性」についての学問的な研究がある。ここで一人の学者を紹介したい。それがフレデリック・トーツ Frederick Toates である。これまでにも多くの研究者が男性の性愛性の論文を発表しているが、その中でも男性の性の問題について徹底して学問的に深堀利をしていると私が考えるのが、トーツである。
Toates F. (2022) A motivation model of sex addiction - Relevance to the controversy over the concept. Neurosci Biobehav Rev. 142:104872.
1.男の脳に起きている理性と衝動のせめぎあい
トーツは「二重過程モデル(Dual Process Model」を提唱する。彼は「快楽」や「行動衝動」がどのようにして生じるかを、「二つのプロセス」で説明する。
● システム 1(自動的・感覚的・衝動的) → たとえば、魅力的な女性を見て無意識的に身体が反応してしまうシステム。
● システム 2(制御的・理性的・抑制的) → その衝動を抑えようとするシステム。
そして性嗜癖の本質は、この二つのシステムの失調、ないしはギャップから生じるという。
これを言い換えれば、「男性はデフォルトが性的満足を得ることを常に我慢している存在」ということになる。つまりは酒に酔ったり、交通事故などで前頭葉が破壊された場合には、簡単に system 1 に支配されてしまうことになる。これは男性の「どうしようもなさ」を、見事に示していることになる。1の暴走に関しては、いったん引き金が引かれるとドーパミン系とグルタミン酸系が発動し,「鮭の遡上」(後述)反応が始まる。これ自体は自動的、生理的なプロセスの発動であり、身もふたもない言い方をすればファンタジー先行、対象不在なのである。いやファンタジーすら不在かもしれない。何しろグルタミン系は、「過学習された性的衝動の再活性化(=トリガー)→ 外部刺激によって自動的に活性化される神経回路の強化」だから壊れたレコードのように再生を繰り返すだけなのである。男性のどうしようもなさとはつまり、この二重過程モデルがまさしく言い当てているということになる。