その後、精神分析における真の治療作用は、このような転移解釈を超えた何かではないか、という議論が起こるようになって来ている。その一つが、治療者との関係性の中での一種の出会いということである。この出会いとは治療者と患者がお互いに一人の人間として心を通じ合うということを意味し、先ほどの話と一致することになる。
2.出会いの理論と愛着理論
この出会いの治療作用としての役割については、「ボストン変化プロセス研究グループ」により提唱されている。
Boston Change Process Study Group (2010) Change in Psychotherapy: A Unifying Paradigm. Norton & Norton.
彼らの著作である「精神療法における変化-統合的なパラダイム」(邦訳「解釈を超えて」)という著書には次のようなことが書いてある。
「出会いのモーメント moments of meeting」とは人間としての治療者との真摯なつながりに由来するような特別な瞬間であり、それが治療者との関係性を改変し、患者自身の自己感をも変化させる。(p10)
さてここからはこの出会いの理論についてのお話になりますが、精神療法を出会いとみる視点は主として愛着論者からもたらされたと言える。彼らは精神療法における治療者患者関係を母子間の愛着との類似性、ないしは再現という視点から理解しようと試みたのである。
精神分析の分野で愛着研究を行っている研究者たちはよく「baby watcher」と呼ばれるが、彼らは科学的な手法を使ってこの出会いということを究明しようとした。彼らは実際の母親と乳幼児のやり取りを同時にビデオに録り、母子の細かな動きを観察しようとした。彼らは精神分析家でありながら、同時に動物学的な視点を備え、その点が分析のエスタブリッシュメントとかなり意見を異にしていたといえる。ここで彼らの意見を極めて単純化して言うと、患者は人生の中で最初の出会いである母親との愛着関係にある種の問題が生じていたのではないか、と考えたと言えるだろう。
この精神分析の中で主流派と発達論者が最初から犬猿の仲であったことは重要な事実ですから、ここで強調しておこう。何しろ発達論者の創始者とも言えるボウルビイは精神分析の始まったころからその本拠地の一つであるロンドンで活動をしていたのだ。ところがボウルビイはクライン派のリビエールに分析を受けて、メラニー・クラインやアンナ・フロイトのもとで学んだのに全然違った考えを持っていた。