解離は脆弱性か、それとも能力か?
生き延びるための価値を有するものとしての解離について考えると、その発症機序はトラウマ理論でしばしば用いられるストレス脆弱説ではとらえきれないことがわかる。Stress-diathesis model(ストレス―脆弱性モデル、SDモデル)は、ストレス因に当人の脆弱性が関係して発症するというモデルだ。これはその内容に多少なりとも変更は加えられているが、精神疾患の発症を説明する標準的な理論とされている。
ちなみに diathesis は素因という意味で、古代ギリシャ語 diáthesis(性質・配置)に由来し、18世紀以降の医学で「病気になりやすい素因」を表す用語として定着した。だからDは「脆弱性」と訳されることが多いのだ。 しかし問題は、解離を起こしやすい性質は脆弱性では片づけられないということだ。上述の「生き延びる価値」や創発性は脆弱性とは別の問題だ。
筆者は解離の生じる過程を必ずしも脆弱性としてとらえていない。それを説明するためにいくつかの典型的な臨床上の表れについてそれを示したい。しかしその前に一般人も経験する解離の一つの典型的な表れとしてOBE(幽体離脱)を挙げたい。これはある出来事を切っ掛けとして自分の意識が肉体から抜け出し、第三者の視点で自分自身を眺めているように感じる現象とされる。一般人の10~20%の人が体験するという研究もある。このような反応が私たちの一部に備わっているとしたらこれは特筆すべきであろう。ちなみにスイス連邦工科大学のOlaf Blankeによる研究は、右脳の側頭頭頂接合部Temporal-parietal junction、TPJ)を刺激することにより、OBEと少し似ている体験を確実に誘発可能であることを発見したと「ネイチャー」で発表している。
Irwin, H J (1985). Flight of mind: Psychological study of the out-of-body experience. Metuchen, N J: Scarecrow.
Irwin, H J (1981). Some psychological dimensions of the out-of-body experience. Parapsychology Review, 12(4), 1-6
OBEそのものは様々な状況で生じ、それ自身は病理現象とは言えないが、解離性障害を有する人々の体験の基本形として、類似の体験が聞かれる。通常はある種の危機的な状態で当人の意識は失われ、同時にもう一人の自分が立ち現れる。そのもう一人の自分は元の自分を外から俯瞰したり、もとの自分に乗り替わってその体験を持ったりする。その際はもとの自分は意識を失う。このような現象は、自らをその状況から隔離するという形で生じると考えられ、その意味で上記の生き延びる価値を有すると考えられるだろう。その反応は、痛みを回避するための意図的なものでは決してなく、自然に体の反応として生じるのである。
なお同様の現象は明らかに進化論的にかなりプリミティブな段階で生物に備わっているものと見なすことができる。ライオンに駆られたインパラはもがき暴れることなく捕食者のなすがままに任せているように見える。
さてこのようなOBE様の反応は、上述のストレス―脆弱性モデルに当てはまるのであろうか。必ずしもそうは言えないであろう。なぜなら解離においてはそこでしばしば現れるのは、別人格ないしは交代人格と言われるものであり、非常に多くの場合は、もう人格としてある程度完成されたものとして表れるのが通常だからである。
それはあたかもその人の中にあらかじめその体験の受け皿となるような人格が準備されていたかのような印象を受ける。臨床上ほとんどのケースで見られるのは、本人を救う形で出現した人格に話を聞くと、かなり早くから基本人格を内側から眺め、必要に応じてそれを救出するかのような形で外に現れ、それ以降は基本人格になり替わってその人生の一部を営むという様子である。すなわちDIDにおいては、すでに人格が用意されているということが生じているようであるが、そうなると脆弱性とはとても呼べないようなある種の心の仕組みがそこに備わっていることになる。
心にあらかじめ別のアイデンティが形成されるということなどはたして起きるのであろうか。そのヒントとなるのが、いわゆるイマジナリーコンパニオンの体験であろう。ある研究では5から12歳の一般人の二人に一人が幼少時にこのような体験を持つと報告している。
Pearson D, Rouse H, Doswell S, Ainsworth C, Dawson O, Simms K, Edwards L, Faulconbridge J. Prevalence of imaginary companions in a normal child population. Child Care Health Dev. 2001 Jan;27(1):13-22.