2025年11月29日土曜日

男性の性加害性 2

 これまで何が分かっているのか?

 この「普通の男性の性加害性」についてさらに論じる前に、これまで男性の性加害性についてわかっていることを少し整理しておきたい。男性の性の問題は精神医学の世界でももちろん議論の対象となっていることは確かである。それは一種の精神障害としてとらえられ、概ね二つに分類される。それらは①パラフィリア(性嗜好異常)、②性依存の二つである。
 先ず①パラフィリアに関しては以前は性倒錯 perversion という呼び方が一般的であったが、1980年のDSM-III以降 paraphilia パラフィリア」という呼び方に統一されている。Para とは 偏り deviation であり philia とは好み、親和性という意味である。つまり paraphillia とは通常とは異なる人ないし物に惹かれるという意味だ。性倒錯という呼び方にはかなり差別的な含みがあったが、パラフィリアはそうではないという理由でこの呼び方が一般になされるという事情もある。
パラフィリアは具体的には露出症、フェティシズム、窃触症、小児愛、性的マゾヒズム、性的サディズム、服装倒錯的フェティシズム、窃視症などが挙げられる。パラフィリアは極端に男性に偏る傾向にあり、おそらく男性の性愛性の持つ何らかの特徴に関係していると思われる。

このパラフィリアが性加害と関係してくるかはケースバイケースといえよう。パラフィリアの中には「対物性愛」というジャンルもある。その際は例えばエッフェル塔の写真を見て性的興奮を覚えたりすることになるが、その人がエッフェル塔を損壊でもしない限りは加害性は考えにくい。
 しかしパラフィリアは通常とは異なった対象に関連しているものの、非常に多くの場合、結局は特定の人(多くは異性)を対象としたものである。たとえばフェティシズムの一例として、好きな異性の靴下や下着に関心を示すとしよう。するとそれを手に入れる際には結局相手の了解を得ない場合が多いであろうし、そこには加害的な要素が加わる事になる。あるいは盗撮、露出、覗きなども特定の相手があって生じるのであり、同様に侵襲的で加害的である場合が多い。
 実際昨今は盗撮の幼児や児童への加害性が重要な社会問題になってきている。犯人の多くは一見普通の小学校、中学校の教員なのである。そこでこの①のテーマは後に「一見普通の男性の性加害性」を論じる際に立ち戻って考えたい。

 次に②の性依存についてである。こちらは「一見普通の男性の性加害性」に関係するだろうか? こちらも①と同様にケースバイケースと言えようが、性依存の状態にある当人を満足させるようなパートナーは事実上不在である場合がほとんどだろう。一日中オーガスムを追い求めることを止められない男性の相手を務められるパートナーなどは普通は存在しない。したがって性依存はそのままポルノ依存などの形をとる事になり、他人を巻き添えにするというよりは、自分で苦しみ、その結果として家族なども巻き込むことになる。
 性依存に関しては、ギャンブル依存などと違い、金銭的な問題が発生しにくいことも不幸中の幸いと言えなくはない。(
ただし毎日の風俗通いを止められないという場合には別であろうし、その状態に陥ったケースも知っている。)

 ちなみにこの②について、それが一つの疾患としてどの程度認定されているかについてはいろいろ議論がある。WHO発行のICD-11(2022年)には、精神疾患のジャンルにCSBD(compulsive sexual behavior disorder 強迫性性行動症)という状態が記載されている。ところがもう一つの世界的な精神科の診断基準であるDSM-5にはそのような病名の記載はない。巷で言われる性依存の状態は、通常の依存症、すなわち薬物やギャンブルや買い物などの依存症と同類に扱うことが出来ないというのがDSM-5の立場なのである。

さてこの②性依存の問題は実は「一見普通の男性の性加害性」の問題と絡む可能性がある。そこで改めてCSBDの定義(ICD-11)を読むと

(1)繰り返し制御できない性的衝動 (性的な思考や衝動がコントロールできず、頻繁に性的   行動を繰り返す)
(2)個人の生活や社会的機能に悪影響を与える (仕事や人間関係に支障をきたすほどの性的   行動を続ける。)
(3)性的行動を抑えようとしてもできない (自分でやめようとしても制御できない。)

これらの問題が少なくとも半年続いているとこれに該当するというのだ。

さて「一見普通の男性の性加害性」の場合、かなりこれとは異なる印象がある。一見普通の男性が性加害者となる場合、その男性は「繰り返し制御できない衝動」に駆られるのだろうか。その頻度は通常はさほど高くない点が、痴漢行為やポルノ依存とは異なるところだ。
 もう一点、「一見普通の男性の性加害性」が性依存と異なる面がある。それは一般に依存症の場合には繰り返すことでその依存度が深まり、抜けられなくなるという傾向があるのだ。しかし「一見普通の男性の性加害性」の場合にはそのような切迫感の増大はあまり見られないという印象がある。
 またさらに言えば、「一見普通の男性の性加害性」にはかなり意図的、作為的な部分がある。その欲望を制御できないというわけではなく、どこか計画的でその機会を狙い、その行為に及ぶというニュアンスさえもある。しかしそればかりだとまさに計画性を持つ性犯罪者ということになってしまうが、そこに自制が効かなくなるという要素が混在した状態と言えるかもしれない。最初は性被害を与える意図はさほどなくても、途中から抑制が外れるというところがある。
 私がそれらの事例を見聞きして思うのは、彼らの起こす性加害がどこまで意図的で、どこまで不可抗力的なのかが区別しがたいところがあることだ。それは最初は相手とのじゃれ合いやいちゃ付きのニュアンスを伴っているものの、それが次第にエスカレートして相手の拒絶にも拘らず突き進むというパターンが多いのだ。するとやはりこの②の性依存とは基本的に区別するとしても、途中から歯止めが効かなくなるという点に関しては②の要素を併せ持っていると考えていいだろう。