2022年7月21日木曜日

不安の精神病理学 再考 8

 

いよいよこの不安についての考察は行き詰ってきた。「不安≒カタストロフィーの予期」という私の説は果たして妥当なのか。というよりはそれほど哲学的、認識論的な問題だろうか。自堕落な自分って、そんなにカタストロフィックなのだろうか? それにデパス0.5㎎で半ば消えてしまう不安とは、そんな大げさなものと関係しているのだろうか。もっと単純に、「苦痛の予期」程度でもいいのではないか。例えば一日中フリーの休日と、夜に仕事が入っている休日を比べる。後者は明らかに不安を感じさせる。もちろんその程度はごく軽いものかもしれない。でも不安は不安なのだ。しかしこの不安はうまい具合に私の生活をガイドしてくれるというのも確かだ。夕方何かがある。その準備をしていないからこの不安はそれを知らせてくれているのだ、と考えて必要な準備を整える。すると不安はある種の苦痛を準備するための道具であるという気もする。それは「喪の先取り」ともいえるものだろう。そこでフロイトの有名な言葉.美を台無しにしてしまうのは、喪に対する反逆なのだ。この美がすべて儚いものであるという思いは、喪の先取りforetaste of mourning を与えてしまうから。(Freud2017On Transience, p.309

不安とはフロイトの言う「喪の先取り」である、ということか。また新しい進展である。またフロイトに戻ったぞ。

 

2022年7月20日水曜日

パーソナリティ概論 11

 反社会性PDの治療

 反社会性PD(以下ASPD), 特に純型の精神病質者の治療は精神療法においても薬物療法においても希望が持てないとされる(Gabbard )。他方では反社会的特徴を有する自己愛パーソナリティ障害や気分障害が見られる場合には症状の改善の余地があるとされるGabbbad)

 一般にASPDは外来環境で衝動を発散する行動のはけ口がある限り、自らの感情に触れようとしない(Gabbard)。しかし幾つかの報告では入院治療に効果があるとされる(Salekin, et al, 2010)。ただしASPDの入院治療においては厳しい治療構造やルールの順守が要求される。患者が治療構造を破壊しようとする傾向やスタッフの抱く強い逆転移感情がしばしば問題となる。そのため一般病棟にASPDの患者を入院させることには極めて強い配慮と治療的な構造が必要とされる。均一なASPDのグループ治療では互いに手の内を知っている患者同士の直面化が功を奏する可能性がある。(Raid 1985, Yochelson and Somenow 1977. 一般に不安や抑うつの存在は、治療効果が見いだされるサインと言える。逆に器質的な障害、過去の逮捕歴などは治療効果があまり見られないとされる。
  また意外なことに、ASPDの薬物治療に関しては、効果のあるものは報告されていない。 ところでギャバードさんも紹介していない次のような情報を前どこかに書いたことがある。近年リプセイという研究者により、犯罪者の治療についての研究がまとめられ、それはそれまでの悲観論を大きく変えるものであった。そこでの結論が興味深い。それは3点にまとめられるという。1.処罰は再犯リスクを抑制しない。2.治療は確実に再犯率を低下させる。3.治療の種類によって治療の効果が異なる。そして治療効果が期待されるのは、認知行動療法であるとした。

ちなみにここは原田隆之(2015) 入門 犯罪心理学. ちくま新書. を参考にさせていただいた。良著である。 

2022年7月19日火曜日

不安の精神病理学 再考 7

  ところで不安について考える際にもう一つ考慮に入れたいのが、自己イメージの問題、あるいはそれに関連した超自我の問題と不安との関係である。私は不安とはカタストロフィーに対する恐れが関係しているという言い方をした。しかし超自我的な不安はそれとも違っていて、不思議な形を取りうる。例えば人を殺めて逃げおおせていた犯人が、時効を前にして警察に自首するという例を考える。私は恐らくこの手の人間だと思うが、出頭しないことの方が胸がざわつき、出頭して収監されるとホッとするはずだ。もちろん獄に繋がれるのは嫌だが、それでも安心するはずだ。いったいこれは何だろう? 

もちろん死刑が待っているとすれば、そちらの不安が、逃げおおせている時のそれと入れ替わることになるのだが、それにしても処罰されることで不安が解消するのはどうしてか。そこにはある種の自己イメージが関係しているに違いない。「人殺しがオレの商売だ!」と豪語する人は例外であろうが、私たちのほとんどは「人を殺めて処罰から逃れている自分」に耐えられないだろう。すると自分の行動がそれに見合っていないことが耐えがたい不安を生む。

日本のスーパーやドラッグストアなど、店頭に品物を山積みにしている。おそらく外国では考えられないことであろうが、万引きする機会がいかに多くても、私たちのほとんどがそれをしないのもおなじ理由ではないだろうか。人殺しなどという物騒な例でなくてもいい。私達が道端に落ちていた財布を拾って中身だけ抜き取って立ち去る、ということをしないとすれば、もし絶対に人に見られていないという確証があっても、「お天道様が見ている」(つまりは自分の超自我が見ている)のである。

あるいはちょっと高価なものを買う時の抵抗などどうだろう?書籍で3000円を超えるものは私はよほど必要なものでない限りは買わないことにしている(書いていて我ながら情けない)。それは「こんな風に高価な本を気軽に買っていくようになったら貯金を使い果たしてしまう」「こうやって金遣いが荒くなり、堕落してしまうのではないか(これも我ながら大袈裟だ!)」と思うからだ。だからそれが一回限りの、どうしても必要な経費であるならば、あまり気兼ねなく買うことが出来る。自堕落になることの恐れ、人を傷つけて平気な人間であることの恐れ・・・・。これ等は自分が持っている自己イメージが保てなくなることへの恐れということになるだろうか。

2022年7月18日月曜日

DIDに関する意見書を書くとしたら…・

 こんな感じになりそう。

従来は日本の法廷では、被告が解離性障害、特に解離性同一性障害(従来の「多重人格障害」、以下「DID」と表記する)を有しているという事そのものが受け入れられないという事情が続いた。DIDは存在するとしてもまれであり、被告はそれに罹患しているということで罪を逃れようとしているのではないか、という先入観があったからであろうと思われる(岡野、2022)。しかしDIDの臨床上の表れが多様であり、またそれを診断するだけの臨床経験を有する精神科医が増えてきたこともあり、次第に被告が実際にDIDを有する場合にその事実が受け入れられるようになって来ている。
 DIDという精神疾患に関しての一つの先入観は、DIDを有することがすなわち責任能力がないということを意味する、という考え方であるが、それは誤解である。実際はDIDを有する人の犯した違法行為については、その責任能力を考える上で個別の事例についての議論が必要であり、その意味では通常の人の犯した罪と変わらない。

まずこの基本的な認識から出発することで、最初から被告がDIDを有する可能性について全面的に否定し、それが虚偽の訴えで合ったり詐病であったりするという極端な立場を取ることへの抑制となり得るであろう。

法廷においてDIDが関わったケースを扱う際の心構え

ここでDIDという精神疾患がこれまでたどってきた歴史について簡単に述べたい。DIDという状態は極めて古くから報告されてきた。しかしいつの時代にも、そして現在においても、その存在を精神医学の専門家でさえ疑うという傾向が見られた。現在世界的な診断基準とされるICD-11(世界保健機構)やDSM-5(米国精神医学協会)においてもDIDは一つの精神疾患として明確に掲載されている。それでもその存在を受け入れられないという立場が精神科医にもみられるという事情は、何といってもDIDの示す症状が常識では考えられないものだからである。一人の人間の中に別の心が宿り、それが独立した行動を起こすということは、通常に人間には想像すらできない状態である。もしそのようなことを言う人がいたら、ウソをついたり演技をしたりするものと考えてしまう。ましてやその人が法に触れる行為をしたとなれば、虚言や演技を疑われる可能性はさらに高くなる。しかし被告が犯したとされる犯罪行為を子細に追い、その被告の精神医学的なヒストリーを調べることでそのような誤謬を排することが出来る。(以下略)


2022年7月17日日曜日

不安の精神病理学 再考 6

  ある患者は無限を考えていくと突然何かに吸い込まれるような恐怖に代わったという。皆さんにこんなことを尋ねてみようか。宇宙の膨張収縮説というのがある。これをビッグバン仮説ならぬビッグバウンス説というらしいが、要するに宇宙の終わりはなく、それは膨張を続ける宇宙がいずれは収縮にて転じてやがて一点に集まり、そこからまたビッグバンが始まるということを永遠に続けているというのだ。いったいこの膨張と収縮の一サイクルは何年かかって生じるのだろうか。片道だけで1400億年とかの数字も見られる。ともかくもこの理論で言えば宇宙の寿命は永遠だし、この宇宙だって第何サイクル目なのか見当もつかない・・・・。さてこんなことを考えて胸はざわつかないか? 
 永遠ということを考え出した時に、私たちの思考はある種の渦巻きの中に吸い込まれる気がする。私達は一日先を想像することが出来るし、10年先もまあ出来る。でも100年先となると色々な想像をしたうえで何とか出来るかもしれない。その頃はことごとくAIに代わって、人間の寿命も延びて、というよりは永遠になって、地球温暖化で気温は何十度も上がって、というよりはそのために人類は生きていけなくなり、温暖化は自然と止まり・・・・という風にしてなんとか想像の糸を切らさないようにする。ところがでは1000年先、一万年先、となるともう頭はついて行かない。でもついて行こうとした時、奈落の底に墜落するような感覚を覚えないだろうか。人間は永遠を体験したことはないのに、というかそれは不可能なのに、それをあたかも可能な事のように私たちの創造力が働き、そして混乱に陥る…。(もちろん大抵はその直前に施行にストップをかけるわけだが。
  私が何を言いたいかというと、不安は人間の思考にとって必然だということである。不安が未来のカタストロフィーを予期することへの反応だとしたら、それはいつ何時、どのようなきっかけで私たちを襲ってきてもおかしくないのである。

2022年7月16日土曜日

不安の精神病理学 再考 5

 私の考える不安の本質

ここでもう少し私自身の考察を深めてみよう。私はよく不安に駆られるが、そこにはいくつかのパターンがある。しかし概ね(このまま行くと)将来ある種の苦痛を味わうかもしれない、という予期不安の形を取りやすい。と言うよりか、予期分の形を伴わない不安はあまり考えられない。ではこの将来のある種の苦痛をどのように規定するかと言えば、それはカタストロフィー、つまり破滅である。起きうる最悪の事態、そしてそこには強烈な苦痛が伴うような事態である。不安はそれに対して「用心せよ」という警告だ。そしてそのカタストロフィーは別に「死」である必要はない。「不死」もそれが恐れるべき事態となり得る。

どうして予期不安が生じるかと言えば、それは私たちが人間だからだ。人間は人間以下の動物に比べて未来を予知することが出来る。そしてそれを回避するための手段を持つことが多い。しかしそれが回避できないとしても、身構え、注意を払い、わが身に及ぶ害を最小限にしようとする。その時たいていは身体は交感神経優位の闘争逃避反応を示している。そしてこの身体的な反応と精神的な反応とは相互性を有する。一方は他方を誘導するのだ。だからパニック発作のように、理由もわからず胸がどきどきして手が震えだすと、人は条件反射的に不安を体験するのだ。

さてこの不安は強迫行為とも結びついていることは興味深い。鍵を何度もチェックしないと気が済まない人は、それをしないと何か不幸なことが生じると感じる。その際大したことは起きないと頭では分かっていても、その考えが侵入してくる。ある人は車で橋を渡ることが出来ないが、それは橋を渡るとその橋が落ちるという考えに襲われているためだ。しかし他方では「そんなはずはない」とわかっている。だから橋を回避するということでその不安が和らぐが、その代わり一定の場所(つまり橋を渡ることが回避できないところ)より外には行けなくなってしまう。

私達が考えるカタストロフィーは、上の例でもわかるとおり、恣意的で大概は独りよがりのものである。例えば私は不安の執筆依頼があると不安になる。大抵はあまり書きたくない原稿なので、ほっておきたくなる。しかしそのような自分を放置しておくと、確実に原稿を書けずに終わってしまう。だから一日に三行だけでも書くと不安が和らぐ。簡単なことだ。しかし原稿が書けないで終わってしまうことがカタストロフィーかと言えばなんだかそうでもない気もする。これまでは一度もないが「すみませ~ん、書けませんでした」ということもありかなとも思う。でもそれはやはり受け入れがたいことだとすると、カタストロフィーなのかもしれない。

ここで重要なのは、私が毎日書く三行は、多分に儀式的なものだということである。自分を安心させるための行為。その意味で強迫と同じである。鍵をもう一度チェックしたらようやく安心して家を離れることが出来る。そしてその背後には魔術的思考が存在するのだ。「自分が~したら、~を防げるだろう」という思考。逆の「もし~したら大学に受かるだろう」というタイプもある。もちろんそれがゲン担ぎ、ジンクスであるというのはわかるが、人はこれを回避することが出来ない。例えば死者は丁重に葬る。そうしないと何か災厄が訪れるような気がする。これを無視して死者を無下に扱うことを普通の私たちは出来ない。「~すると(しないと)バチが当たる」という思考は不滅なのだ。不安はこの問題とも絡んで来る。

2022年7月15日金曜日

パーソナリティ概論 10

 DSMにおけるパーソナリティ障害(PD)の歴史を書いている。書いていて勉強にはなるが、あまり面白くない。参考う文献で読む井上先生、加藤先生、いい仕事をなさっているなあ。

DSM-

 1968年のDSM-ⅡはICD-8の発刊に触発され、ヒステリー性PD、無力性PD、爆発性PDなどSchneider の分類を色濃く残したものとなった。

 DSM-

上記の経緯から1970年代より米国ではBPDNPDについての議論が一般化し、それが1980年のDSM-Ⅲにはそれらを含めて10PDが提出され、現代的なPD論の先駆けとなった。この10の累計は2013年発表のDSM-5にまで、つまり30年以上にわたりほぼこのままの形で引き継がれることになった。DSM-Ⅲで画期的だったのは、多軸診断の導入である。第2軸に導入されたPD及び精神遅滞は、早期の発症と持続性の病態を特徴とした。しかしPDが第2軸に移ったことで、それが第一軸に比べて軽傷であると誤解されたり、一軸の診断と多数併存するという問題が生じた。(井上弘寿、加藤敏 DSM-ⅠからDSM-5に至るパーソナリティ障害―カテゴリカルモデルの変遷とディメンショナルモデルの台頭. DSM-5を読み解く 5 神経認知障害群、パーソナリティ障害群、性別違和、パラフィリア障害群、性機能不全群 中山書店)

DSM-Ⅲにおける境界性PDは,統合失調症と症状論的に近縁の患者が統合失調型PDに,そして対人関係.感情の不安定さを主徴とする患者が境界性PDに二分されることとされた.またこれらの10PDは、風変りさや奇妙さを特徴とするA群、感情的で判定なB群、不安や恐怖を特徴とするC群に分けられ、これも以後継続されることになった。

DSM--RDSM-Ⅲに対してマイナーチェンジが加えられ、ポリセティック(多元的、林先生の表現では「一神的」、つまり基準のいくつを満たせばOKというもの)なものとモノセティック(基準をすべて満たさなくてはならないもの、「多神的」)なものに分かれていた診断はすべてポリセティックなものにと移された。