2024年12月2日月曜日

解離と知覚 推敲 11

 そこで改めて書き直し。

DIDと統合失調症の幻覚の鑑別

 これまで解離性幻聴の特徴について論じてきたが、ここで項目を新たにし、DIDに見られる幻聴と統合失調に見られるそれとの対比について論じたい。しかしそれに先立ってこの両疾患の関係性について一言述べておこう。

解離性障害、特にDIDについての関心が深まるにつれ、それまで統合失調症に特徴的とされた幻聴やその他の体験が実は解離性障害にむしろ特徴的であるという理解がなされるようになった。海外でも DIDと統合失調症との異同についてはすでに幾人かの著者により指摘されている。たとえば従来統合失調症の診断の決め手として用いられてきた「シュナイダーの一級症状」がDIDでも多く当てはまってしまう、という所見がKluft らにより報告されている (Kluft, 1987, Ross, 1997)。この所見はDIDと統合失調症という異なる疾患がいかに混同されやすいか、という視点と共に、DIDと統合失調症が共存ないし合併して見られる可能性についても示唆している。
このテーマについてはC. Ross (1997) が独自の見解を述べている。彼は統合失調症に特徴的なのは陰性症状であり、陽性症状は基本的に解離性の現象であると主張する。そして統合失調症における幻聴も本来解離性の現象として捉える可能性を示している。Ross は長期にわたって統合失調症の診断を持つ83名についてDES(Dissociative Experience Scale, 解離体験尺度)を試行したが、虐待された患者の値は平均21.6であったのに対し、虐待されなかった患者のDESは、8.5であったという。また虐待を受けた統合失調症の患者にはDDIS (Dissociative Disorders Interview Scale、解離性障害面接尺度) (Ross, 1989)のすべての症状群でより高い値が見られたとする。そしてこのDDISに組み込まれている含まれる上述の「シュナイダーの一級症状」は、虐待を受けた統合失調症の場合6.3項目を満たしていたのに比べ、受けていなかった患者は3.3項目であったという。またそしてこのデータに基づきRossは統合失調症に解離性のそれという下位分類を提唱するのだ。

 ちなみにわが国ではかつて中安信夫が「初期統合失調症」という概念を提案したが、その中安がある対談の中で、いかに「初期分裂病」で解離様の症状が見られるかを強調したという経緯もある。柴山もまた同概念と解離性障害との関連性について論じている。

ただしここでは両者を異なる疾患として論じよう。
幻聴体験に関しては解離性のものと統合失調症性のもの鑑別は臨床上かなり重要となる。柴山は解離性の幻聴は、患者の気分との連続性が見られることが多く、幻聴の主を対象化、すなわち特定できることが多く、これは統合失調症の際の把握できない、不明の主体であることとかなり異なるとする。そして柴山が特に強調するのが、統合失調症における他者の先行性という特徴だ。少し長いが引用しよう。
「概して統合失調症の幻聴は、自分の動きに敏感に反応して、外部から唐突に聞こえる不明の他者の声である。そこには自己の意思や感情との連続性は認められない。その声は断片的であり、基本的にその幻聴主体を対象化することは不可能なものとしてある。幻聴の意図するところは、常に把握できない部分を含んでいる。従ってその体験はある種の驚きと困惑を伴っている。それに対して解離性障害では、他者の対象化の可能性は原理的に保たれており、不意打ち、驚き、当惑といった要素は少ない。」

両者の鑑別については以下に表にまとめておくが、その再注目すべき点は、それが心理学的な要因により浮動する点である。そして主体はそれが現実の声とは異なることを直感的に分かっている。

統合失調症性の幻聴の例: 30代女性

 (省略)

この例にみられるように、声の主が現実の他者の声との識別が解離の場合には出来るのに対し、統合失調症の場合は曖昧であるだけでなく、区別がつかないことがある。これは統合失調症性の他者が通常は匿名性を帯びていて特定できないことと一見矛盾しているようにも見える。しかしこれは統合失調症性の幻聴が関係念慮としての性質を帯びていると考えるとわかりやすい。この例のように遠隔にいる他者が声を送ってくるという体験はテレビやSNSで自分のことが話されているという体験に近いのである。