2023年1月2日月曜日

発達障害とPD 推敲 1

 発達障害とパーソナリティ障害(パーソナリティ症、以下PD)の鑑別診断のポイントは何か? 私が与えられたこのテーマは、最近しばしば臨床家の間で話題として取り上げられ、またある意味では答えに窮する問いである。しかし診断は明確な定義を持ち、それに該当するケースを的確に拾い上げるという考えを捨てるなら、意外に簡単に論じることが出来るかもしれない。

そもそもPDは「青年期又は成人早期に始まり、長期にわたり変わることなく、苦痛又は障害を引き起こす内的体験及び行動の持続的様式である」(DSM-5)とされてきた。すなわちそれは成育環境に影響されつつ青年期以降に固まるものという含みがある。しかしDSM5における代替案として、そしてICD-11において正式に採用されたディメンショナルモデルは、これとは別物という印象を与える。なぜならそれらは健常者を対象として考案された、パーソナリティを構成するいくつかの因子(例えば5因子モデルのそれ)に基づくものであり、多分に先天的、遺伝的なニュアンスを含むことになるからである。

他方で発達障害は、「典型的には発達早期、しばしば小中学校入学前に明らかになる…」(DSM-5)とされ、こちらはもっぱら先天的な要素が重視されるのは当然であろう。精神医学の一般常識では発達障害は生まれつきのもので治癒は望めないもの、という含みがある。ただしもちろんその深刻さの度合いや社会適応については恐らく成育環境が大きく関係することになろう。

この様に考えるとディメンショナルモデルでとらえたPDと発達障害は、理論的に考えてもかなりの共通項を持つことになる。その意味で現代において両者の異同や鑑別が議論されるのは当然のことなのだ。

個人的なことを言えば、1982年に医師になった私はDSM-Ⅲ(1980年発刊)世代であり、そこで明確に記載されていたPDの中でも、ボーダーラインPD,自己愛PDなどに並んでスキゾイドPDにはそれなりに関心を持った。スキゾイドメカニズムという概念は精神分析で重要な位置を占め、それとボーダーラインとの区別などが重要な論点となったのである。英国の対象関係論的なスキゾイドの概念は、口唇愛的な愛情により対象を破壊してしまうことへの不安(フェアバーン)がその基底にあり、見えにくいがアクティブな情緒の存在を前提としていた。

ところがDSM(Ⅲ,Ⅳ・・・)の定義するスキゾイドPDはあたかも感情そのものが欠如しているような描かれ方をしていて、対象関係論的なスキゾイドとは似て非なるものであることが私には興味深かった。前者のスキゾイドは米国の人気ドラマ「スタートレック」に登場するドクタースポックを彷彿させるような、人間的な感情が希薄で、そもそも対人関係に関心を持たないロボット的存在として描かれていることに興味を持ち、またその名称が「スキゾフレニア(統合失調症)」の近縁性を含意していることも理解し、そのことにあまり疑問も抱かなかったのだ。つまりこの概念を無批判に受け入れていたのだ。ただし実際の臨床場面でこの診断を下すことが意外に少ないことも確かであった。

今から振り返ってみると、DSM的なスキゾイドPDがあまり診断されないことには二つの理由があった。

一つはPDの中でも特に自閉スペクトラム症の概念が脚光を浴びるようになったからである。2000年代以降にアスペルガー障害などのPDが盛んに論じられるようになり、この診断をいったん念頭に置きだすと、かなり多くの患者に(あるいは先輩や同僚に!)当てはまることに多くの臨床家が気付くようになった。そしていつの間にか、対人関係や学業上の問題を考える際に、まずPDの可能性はないかと考えることが習慣化し始めていることを自覚するようになったのである。そしてその分診断としてスキゾイドPDを考える機会が減ったのだ。もちろんこれは私だけでなく、多くの臨床家が体験している事でもあった。

もう一つはDSMのスキゾイドPDに該当する患者そのものが少ないのではないかという私の臨床体験があった。臨床的に出会う一見スキゾイド風の患者は実は回避的、対人恐怖的な不安や懸念を持っており、それなりに他者と関わることを望んでいるものの、それに伴うストレスや恥の感情に悩んでいる人たちが大半であるという理解が生まれた。つまりDSM的なスキゾイド、人に関心を持たないドクタースポックのような人は現実にはあまり出会うことがなかったのである。

ちなみにこの問題はDSM-5の作成過程でも実際に米国で問題となっていた。識者の中には、そもそもスキゾイドPDという診断がまれであり、DSM-5では削除されるべきとの案もあったという。そして結局それを感情制限型(→スキゾタイパルPD)と引きこもり型(→回避性PD)に解体するアイデアが採用されたというニュアンスがあるという(織部直弥、鬼塚俊明、シゾイドパーソナリティ障害/スキゾイドパーソナリティ DSM-5を読み解く 5 神経認知障害群、パーソナリティ障害群、性別違和、パラフィリア障害群、性機能不全群 神庭重信、池田学 編 中山書店 2014 pp171-174.