2011年4月14日木曜日

菅さん、あなたっていう人は・・・・

皆さんもお聞きになっただろうか、菅総理の話。13日、首相官邸で松本健一内閣官房参与と意見交換し、松本氏は会談後、福島第一原子力発電所周辺の避難対象区域について、首相が「当面住めないだろう。10年住めないのか、20年住めないのか。」といったと記者団に言ったが、それが物議をかもしたと聞いて、菅氏は松本氏に「俺は言っていない」と電話をしたというのだ。もちろん真相はわからないが、菅氏の、(というよりは政治家の、というべきか)すごくいやなところを見せられた気がする。そのことについて記者に聞かれた菅氏が「僕は言っていませんから」的な答え方をしたシーンを見たが、それを言った直後の顔の背け方から、まさに「シラを切っている」という印象を私は持った。真相は彼が松本氏に「俺は言っていないからね」ということで、「お前さんが泥をかぶりなさい」といっているのだろう。もしそうだとしたら言葉に表現できないほどの苛立ちを感じる。私が松本氏だったら、最低限の自己弁護をするだろう。たとえば「その発言は、私が勝手に想像をしていったこと、ということでご理解ください。」とか。これだと菅氏も松本氏を責められないのではないか?
それにしてもこれって・・・品性の問題だよね。

2011年4月13日水曜日

外傷体験と言葉

外傷体験と言葉というテーマですが、そもそも深刻な外傷は言葉に出来ないという特徴があります。ですから外傷についてのサイコセラピーは、ちょっと矛盾した課題ということが出来るかも知れません。本来言葉にしにくいことを言葉で扱う試みだからです。それに安易に言葉に直そうとすることで、心の傷口がさらに開いてしまうことへの懸念もあります。
そもそも記憶というのは陳述的、非陳述的という両方の部分を持っています。もとの英語は declarative memory と non-declarative memory ということで、要するに言葉に出来る部分と出来ない部分という意味です。このうち後者には、例えば体の感覚が覚えているとか、感情が覚えているという言い方が当てはまります。ですから私はこれらをわかりやすく、「言葉の記憶」(=陳述的記憶)と「体の記憶」(=非陳述的記憶)といいかえています。
さて普通の記憶は、この二つがくっついています。だから、例えば昨日の夜にあった余震の記憶について、それを思い出して、「あれは大きくて怖かったね」、などと話す時は、昨日の夜の余震の情景が浮かび、その時何をしていたのかについても覚えていますから、それを言葉で説明することができます。そしてその時の怖かった感情も一緒に思い出されることが大事です。そちらの記憶、つまり体の記憶の部分も、言葉にすることができる記憶にくっているわけです。
ところが外傷記憶というのは、この両方場がバラバラになっています。ですから大震災にあってそれがトラウマになったという場合は、「あの恐ろしい震災については、情景は浮かんでも何も感情がわかない」と事が起きてきます。あるいはそれとは別に、「その時の恐ろしさが、突然何の前触れもなく襲ってくる」という、いわゆるフラッシュバックの状態も起きます。そしてそれが言葉の記憶と体の記憶がばらばらになっているということによるものなのです。
さて治療のひとつの目標は、外傷記憶を普通の記憶に変えていくということになります。つまり言葉の記憶と体の記憶を繋げていく作業ということになります。それは具体的には、その記憶を「思い出し」ていただく、ということになりますが、これは単純には行きません。通常の意味で「思い出す」事が出来ないのが外傷記憶だからです。そこで「その体験をした時のその人に話してもらう」、ということを考えます。しかしこれには例を出して説明する必要があるでしょう。
私の知っているある男性患者Aさんは、幼いころに一時的にではありますが、母親と別れ別れになってしまったことがあります。その時はもう一生会えないのではないかと思い、その体験が非常に恐ろしかったということで、時々夢に見たりします。
ところがAさんは起きている時にもこれを思い出す事があるのですが、その時はすっかりこの年の子供に返ったようになり、シクシク泣いたり、怖い怖いと言って叫んだりするわけです。しかし言葉でその様子を表現することができません。ですからその子どもの時の気持ちに返ってもらい、その体験を十分に言葉にするという治療が必要になってくるわけです。
このようにある外傷体験を負った際には、その人がそれを言葉に出来ないほどの恐ろしい体験を持ったということで、その時の体験が、その人格ごと隔離されてしまうということが起きます。言葉に出来ないということは、その体験がその人のライフヒストリーに組み込まれなかったということでもあるのです。戦闘体験のフラッシュバックなどでも同じことが起きます。それが外傷になった=言葉に出来なかった=後で通常の形では思いだせなくなった=突然何の前触れもなくよみがえる、これはいずれも同じことの異なる表現なのです。言葉の記憶と体の記憶が別れてしまう、とは結局このようなことが多かれ少なかれ人の心に起きているということを意味します。
では治療はやみくもに、患者さんにその時に帰ってもらうのか、ということになりますが、それほど単純ではありません。通常はそれができるようになるためにはある程度の時間を要するという問題があります。トラウマとは要するに心の傷であり、それがある程度癒えてくれない限りは扱えないというところがあります。例えば震災を受けたり、肉親を失ったりした時、子どもはそれをしばらくは口にしようとしないものです。あまりにも苦痛だったり恐怖だったりしたからでしょう。その代わり時期が来れば、子どもは地震ごっこなどの遊びの形にしたり、その時の絵を書いたりするということで、少しずつその時の記憶を再生して、扱う用意が出来てきます。それを「災害を遊びにして不謹慎だ」などと考えてはいけません。逆にそのような用意ができるまでは、外傷記憶は非常に慎重に扱う必要があります。
ただしフラッシュバックが起きるときは、それが無理やり想起されてしまっているわけですから、それを止めるというよりはその時には介入するという形になります。フラッシュバックの際に、その体験をいかに言葉に直してもらうかを試みてもらうかは、それなりに意義がある介入であると言えます。

2011年4月12日火曜日

臨床現場での言語論

さて私は精神分析のトレーニングを積む中で、何か自分が使う言葉が大きく変わってしまった気がするのです。精神分析というのは、治療者側が自分の言葉の一つ一つについて反省し、考え直すという作業でもあります。それは言い換えれば中立的な言葉ということになりますが、それは精神分析や精神療法を行うときだけに限らず、本質的にはそのほかの場面で人と会う際、たとえば精神科医として患者さんと会う場合、教官として生徒と会う場合にも同じような心構えで言葉を使うようにしています。
もちろんいつも中立的な言葉の使い方をするわけではありません。親しい同僚とか家族と話すときなどはそれが自然に崩れますが、そのときは「ああ、自分はこういう風に崩しているんだな」、という漠然とした自覚が常にあります。こんなことは精神分析をやる前には考えたことはなかったのですから、その意味では精神分析的な考え方が私の人生そのものを決定しているということといってもいいでしょう。
ではその中立的な言葉の使い方とはどういうものかといえば、わかりやすく言えば余計な私情を交えない言葉を用いるということです。出来るだけ裏の意味をこめたり皮肉を言ったりせず、中立的な言葉を選択する、といってもいいでしょう。これは精神分析で言えば、逆転移を意識しながら患者を関わるということに相当します。逆転移とは、治療者が自らの感情に流されて、患者の言葉を歪曲してとらえる、というほどの意味です。
人は他人と話すとき、さまざまな個人的な感情や願望の影響を受けています。自分の抱いている興味とか、疑いとか、苛立ちとか、そのほかさまざまな余計な感情を持ち込みつつ人と話しをしています。しかし分析家の仕事が患者さんに自由に話してもらうことにその主眼があるとしたら、それらの余計な感情や願望は、ことごとくその目標に反することになります。それらが入り混じった言葉を話すと、相手はそれに気づいて合わせようとしたり、逆に反発したりして、相手の話が聞けなくなります。
ひとつ例を挙げてみましょう。たとえば患者さんが最近離婚したという話をしたとします。それを聞いた私がたとえば自分だったらどう感じるだろうかと想像して、「それはさぞつらかったでしょうね。」と問いかけたとしたらどうでしょう。ごく当たり前の反応に聞こえるかもしれませんが、ある意味で私の体験をそこに持ち込んでいることになります。なぜなら患者さんは「離婚をしてどんなに清々したか」を話そうとしていたかもしれないからです。私が「さぞつらかったでしょうね」ということで患者さんは「そうか、離婚して清々したなんて話しをしてはいけないんだ。」と思い、私の話に合わせようとするかもしれません。すると患者さんに自由に話してもらうどころか、私が患者さんの話を引き取って誘導尋問に載せてしまうことにつながりかねません。ですからそのような時は、「離婚してどんなお気持ちですか。」という問い方をすることで、さらに患者さんの話にはいっていくことになります。
この種の話の聞き方をしていると、今度は自分が話を聞いて欲しい時の身の処しかたもわかります。それは私がケアを受ける立場にある関係で、あるいはギブアンドテークが成り立っている親しい間柄ということになります。私がバイジーである際は、バイザーがそれに当たりますし、それは配偶者だったりします。その場合は自分が聞いてもらっているのだという意識がありますから、聞いてもらえて助かったという気持ちも多少なりとも芽生えるわけです。
こんなふうに書くと、私は常に模範的な話し方を心がけている、などと誤解を受けるかもしれませんが、そんなことはありません。結構自由にやっています。私情を交えない話し方は厳密に言えば不可能なことであり、人はお互いに自分の気持ちを表して、あるときは相手に聞いてもらい、別のときは逆に相手の話を聞く、というやり取りをするものです。それに相手の生の感情を知ることが話をよりいっそう興味深く、エキサイティングなものにする可能性が大きいわけですから、そのためにも自分の感情をそこに含めた、中立的でない話をして自分も楽しむということはいくらでもあります。でもそれはどちらかといえばわかってやっている問うところが多く、出来れば自分の話しをするよりは、人の話を聞くと言う姿勢のほうを好みます。もちろん私が言いたいことはたくさんありますが、それはブログなどの形で、聞きたい(読みたい)人だけがアクセスする、という場に限ることにしています。
私がこの中立的な言葉を好むのは、実は私は若いころは人との付き合い方に非常に苦労するところがありました。相手のためにアドバイスをしているのに、なぜ相手に敬遠されるのだろう、とか、人の話を一生懸命聞いていたつもりなのに、相手は満足しないのはなぜだろう、とか悩んだわけです。でもそれは私がさまざまな邪念を持って相手の話を聞いたり相手に話したりしていたということがわかり、大変助かったことを覚えています。
中立的な言葉を話すことを習得する上で、精神分析のトレーニングと同様に大切だったのが、英語での生活だったと思います。英語は母国語ではないために、少しの言い間違いが相手を傷つける、誤解を与えるということが非常に多く起きてしまうのです。それを通して、いかに注意をしながら話すべきかを学びました。また英語には、出来るだけニュートラルに自分の気持ちを相手に伝える言語というところがあります。日本で誰かと議論をしていて、「なぜ?」と聞くと、相手は問い詰められたと感じ、機嫌を損ねるということがあります。しかし英語では“Why”という問いには、冷静に根拠を伝えるという掟のようなものがあります。これは感情をいったん脇に置いて話す、という練習になりました。

2011年4月11日月曜日

「精神分析と言葉」

急遽このテーマでまとめなくてはいけなくなった。細かい事情はここでは述べないとして、例によってこのブログの場を借りることにする。


私は精神分析家、ということになっている。(この持って回った言い方は今後も続けていくことになるだろう。)そして精神分析とはある特殊な形で言葉を扱うプロセスという印象を一般に持たれていることもわかっている。分析家は患者さんの言葉の流れを聴き、それを分析してそこに隠されたものを解き明かしていく、というニュアンスがあるだろう。そして分析家とはそのエキスパートということになるのだろう。
確かにフロイトの時代はそうだったが、現在の精神分析はそれとはずいぶん異なってきている。患者さんの言葉から無意識を解き明かしていくような一定のメソッドなど存在しない。夢は無意識への王道だということをフロイトは言ったが、夢の内容を解釈する方法さえも、多くの分析家が合意したり了解したりしているものはない。ある夢を聞かされた10人の分析家が10通りの異なる解釈をするということだってあるのだ。
むしろ現代の精神分析家たちが考えていることは、精神分析とは患者との共同作業であり、そこである種の環境ないしは世界を二人で構築することであり、その際言葉は欠くことのできない手段であるという理解が一般的であろう。つまり言葉は関係性を媒介する重要な手段であって、それ以上でも以下でもない、ということになり、私もそれに同意している。
それはどういうことか。
私は精神分析的なコミュニケーションは、治療者と患者がある意味で最も親密になるプロセスであると思う。それは両者が一定の距離を保つことで可能となる。そこにおいては、患者が出来るだけ自由に自己表現を出来るような空間が形成される必要であると思う。(そして治療者のほうもある程度は。)もちろん患者はすべてを表現できるわけではない。思いのたけをキャンバスにぶつけて絵を描くといっても、キャンバスを破ったりそこからはみ出していいというわけではない。治療空間もちょうどキャンバスと同じような枠組みを必要とする。(距離、とはそれを保障するのだ。)そしてそこで自由な自己表現を実現するのである。治療者はそれをありとあらゆる形で手助けするというわけだ。
治療空間においては患者はそこでこれまで言葉にしなかったこと、出来なかったことを表現することになるだろう。そこで逡巡し、躊躇し、言った後に驚き、訂正したりする。分析家はそれを聞いて不明な点を助けたり補ったり、質問をしたりしながら、患者さんの話(ナラティブ)を構成していく。だから治療者は言葉に敏感であり、堪能であるべきであろう。しかしそればかりではない。治療者のほうに、自分の考えを押し付けたり、患者の意図を歪曲したりしないだけの自制心や自己観察があって初めて可能になる。
治療者は言葉が堪能でなくてもいい、ということを私は外国で体験したと思う。
もともと私の言葉へのこだわりは相当のものがあったし、それはおそらく音へのこだわりに特に現れていた。中学時代には、英語の時間になると外国人がテキストを朗読している音と、日本人の英語の先生がその後に読む英語がどうしてここまで違うのかということに感動してばかりいるという学生であった。そのうち自分は日本語という言葉にいかに制限されてしまっているのか、いかに世界が狭くなってしまっているのか、ということを考えるようになった。言葉は人とコミュニケーションを行う際の鍵であり、自分は日本語の鍵しか持っていないことが残念に思うようになった。私はこうして若くして日本を飛び出したというところがある。
そのアメリカで私は精神分析のトレーニングを行ったわけであるが、最初は言葉が不自由で分析なんか受けられるのかと思った。私が分析を受けた最初のころであるが、母親との思い出を話していて言葉が詰まってしまったことがある。昔久しぶりに田舎に帰ったら、おふくろが小さなお結びを二つ、お弁当用に作ってくれた。それを下宿先に持って帰るのを忘れたのだが、それに気がついた母親がどんな思いをするのかかわいそうに思い、というよりはお結びがかわいそうになり、二時間もかけて田舎に引き返した、という話をしようとしたのであるが、「お結び」が英語で表現できない。rice ball では絶対ない、オムスビ、じゃないとダメ、という気持ちになった。だから精神分析がうまくいかないとしたら、英語のせいかもしれないとさえ思っていた。しかしそのうち言葉が出ないということは、カウチの上で子供返りしたようなものであり、かえって悪くないこともある、ということを当事一緒に留学していた和田秀樹先生と話したことを覚えている。(彼も分析家との間で同様の体験をしていたのだ。)
さて私はその後分析家の卵として患者と接することになったのだが、言葉のハンディということについては、少なくともそれが治療にとって主たる障害となることは避けることが出来たと思う。それはやはり言葉の巧みさや流暢さではなくて、先ほど述べた「ある種の世界」を作るための営みが可能かどうかということが問題なのであり、英語を一定程度こなすことが出来れば、それをクリアーできるということを学んだのである。2004年にアメリカを去る時までには、私は同僚に「僕の英語にはアクセントなんてないよ」といって笑いを取ることができるようにはなっていたのだ。

2011年4月10日日曜日

治療論 その3 (改訂版)  助言やアドバイスは簡単には汎化されない事を肝に銘じよ

今日の私の話には、私の子育て体験が相当関係しているように思う。息子に小言を言うということが多くの場合お互いにとって消耗でしかないことを、私はかなり早い時期に気がついたように思う。その早い気づきは、少なくとも私のためにはなったと思うし、彼にとってもよかったと思う。(彼にとってはどうでもよかったって?そこが問題の核心なのだ。)


治療論2からの延長の意味を持つテーマである。スーパービジョンにおける助言のあり方について考えてみる。もちろんスーパービジョンにおいて、バイザーからバイジーに与えられる助言と同類のものは、精神療法において療法家から患者に与えられることも少なくないであろう。漫然と行われる精神療法は、単なるおしゃべりとあまり変わらないからね。ただし多くのまじめな療法家は、通常の精神療法において、療法家の主たる役割が助言やアドバイスであるという捉え方をしている人は少ないであろうから、ここではスーパービジョンにおける話に主として限定しておく。
ここで私が問いかけるのは、なぜ助言やアドバイスがなぜ意図されたほどに効果を発揮しないかという問題である。この問いにはやや悲観的な響きが伴うかもしれないだろうし、それは多くのバイザーの方々には共有されないかもしれない。というのも精神療法のバイザーの多くは、口をすっぱくしてバイジーに助言を与え、叱り、小言を言うということが多くの場合効果を発揮しないということには無頓着なように思えてならないからだ。私の主張は治療論2で唱えているとおり、人を変えるのは主として現実との遭遇であるということである。もちろんこの現実には、現実の治療者とのかかわりが含まれてもいい。逆に言えば、バイザーからの助言やアドバイスは、残念ながらその現実を構成していないことが多いことに、バイザー自身も、そして多くの場合バイジーの側も自覚していない場合が多いのだ。
結論から言えば、バイザーや親のメッセージの多くは、残念ながら般化される運命にはない。そのとき聞いておしまい、という形をとる運命にあるのだ。
ここであるバイザーとバイジーの関係を考えよう。時間に厳しいバイザーである。ほんの1、2分だけ遅れでスーパービジョンに現れたバイジーに、「セッションにはどんなことがあっても決して遅れてはなりませんよ。たとえスーパービジョンのセッションでも同じですからね!」と叱りつける。そして「遅れる、ということは相手を軽視していることにつながりますからね。きっとあなたは患者さんとのセッションにも遅れてくることがあるんじゃないんですか?」バイジーはうっかり、時々患者さんを待たせてしまうことがあることを認めてしまう。するとバイザーはさらに声を荒げるだろう。「私の教育分析家は、5年間、ただの一度たりとも時間に遅れることはありませんでしたよ。」「いつも先に治療者が来ている、ということが安全な治療構造を成立させる上での基本ですからね。」と言葉を継ぎ、時間を守ることが治療的な環境においていかに大切かを解くだろう。確かに若干時間にルーズなバイジーはうなだれ、しきりにバイザーに頭を下げる。こうしてバイザーはバイジーに時間を守ることの大切さを教え込んだ・・・・はずである。ところがバイジーに時間を守る大切さはおそらくあまり伝わらない。「どうしてほんの少し時間に遅れたことをそこまで咎められなくてはならないのだろう?第一バイザーとの関係では、私はむしろサービスを受ける側だし。時間を守るよりもっと大切な事だってあるだろう。」 しかし彼はバイザーの手前、その教えが伝わったことにするだろう。でもおそらく彼が学んだのは、バイザーからの小言の汎化されたもの、すなわち「時間に遅れるべからず。」ではない。「このバイザーにとっては、時間厳守は極めて重要であり、バイジーである以上自分もそのつもりにならなくてはならない」ということしか学んでいないのである。つまりこのバイジーとどのように付き合っていくか、しか学んでいないのである。(ただしこのバイザーとの時間に遅れては大変なことになる、というのは現実として体験している。だからそれは習得したのだ。)このバイジーが時間厳守を肝に銘じる様になるためには、おそらくさらに現実的な体験を経る必要があろう。多くの患者やバイザーたちから繰り返し同じメッセージを受け取ることで、そのバイジーは最終的にそのメッセージを汎化させ、自分のものとして取り入れることにするかも知れない。しかし他のバイジーからは全く別のメッセージを受けることで、時間厳守よりもっと大切な事を学ぶバイジーもいるだろう。「時間なんかあまり気にしなくてもいいんだ」という逆の教えを受ける可能性もありうるのだ。どこかで「セッションの時間に遅れることでこんなに大きな問題を引き起こしているのだ」という体験が本当の意味で身にしみる必要があるのだ。ここで大切なのは、時間厳守を教え込んだつもりのバイザーは、バイジーに単に余計なストレスを与えるだけに終わってしまっているということだ。バイジーは真理を伝えられて正しく導かれる代わりに、自分なりの真理の追究を続けるだろう。しかし表向きはバイザーからそれを学んで身につけたものとして振舞うのである。これは一種のfalse self の形成ということになる。そのような場合はそのバイザーを離れたら、バイジーはその学んだはずのこととは別のことをおこなう可能性が高い。多くのバイジーが、実際の治療ではバイザーに言われたことと逆のことを行うと言われるのもそのせいだ。同様のことは、親に叱られて様々なことを学んでいく子供についても言える。親は子供を教え導き、正しい行動を教え込んでいるつもりである。ところが多くの場合、子供にとっての教訓は、「~すべきである」ではなく、「この親の目の前では、~すべきである」でしかない。そしてそれを続けることを強要されることは、子供にとってほとんど外傷的な意味を持つことすらある、といったら言い過ぎだろうか?

2011年4月9日土曜日

治療論 その2(改訂版) の続き

大きいフォントが読みやすいのはわかるが、やはりどう考えても内容からいえば出来るだけ小さいフォントで掲載したい。まったくたいしたことのない内容だからである


絶対読者を置いてきぼりにしているだろうなあ。どうでもいいテーマだろうなあ。マアいいか。不可知性というテーマでは、このブログで十数回続いたシリーズを組んだこともあるが、その中で2010年8月15日日曜日の「不可知性の7. 人を対象と見るか、モノと見るか? 」が今日のテーマに近いだろう。
人を理解するということは、その人が不可知であるということを少なくとも頭でわかるということと関係している。(どうして頭でわかるだけでいいのか?不可知である相手のことを心でわかることなど出来ないではないか!!)そしてもちろん自然も不可知である。誰が東日本大震災を予知してブログに書いたり、ツイッターで流したりしただろう?(これはもう確実なことである。これだけの人口がいて、あれだけの不幸をもたらす大惨事を誰も予知してツイッターで流すことがなかった。もし流していたら、このネット社会であるから確実にそのことが話題になったろうからだ。これほど自然は予知ができないのだ。人の予知能力はそんなもんである。)脱線気味だなあ。
かつて私の患者に、非常に言葉が丁寧な人(Aさん)がいた(半分はフィクション)。 その人の言葉はあまりに回りくどく、フォローするのが大変であり、時にはいらだたしさを感じたのである。そしてそれをAさんに伝えるべきかを考えていた。そして私はある時「もうちょっと普通の言葉で話していただけますか?丁寧語が多すぎて意味がよくわからないときがあるんですけれど。」といってみた。Aさんは一瞬驚いた様子で、「そうですか?先生が丁寧な言葉なので、私はもっと丁寧な言葉で話さなければ失礼だと思っていました。」と言った。
それからAさんの言葉つきはあまり代わらなかったが、私のほうにいらだたしさが若干消えたことを覚えている。私は治療がさらに進んで後に、その会話以来Aさんの丁寧な表現があまり気にならなくなったことを告げたことを覚えている。
よくある治療場面の一こまである。私は取り立てて治療者としてAさんの助けとなることはしていない。少し気の聞いた上司や友人ならそんなコメントをすることもあるかもしれない。ただAさんはおそらく私からは予想もしない形で私からの「丁寧な言葉使い」についてのコメントを聞いた。これは一種の直面化としての意味を持っていただろう。ただしそれは「自分は過剰に丁寧語を用いて、治療者に慇懃無礼な口のきき方をしていたのだ」という類のものではない。自分の言葉使いがそのような反応を及ぼすことがあるのだ、という現実なのである。彼の言葉使いが客観的に馬鹿丁寧なのか、慇懃無礼なのか、という問題とはまったく無関係ではないにしても、基本的には異なる問題だ。ただそのような反応を一人の人間(すなわち私)に生んだ、というただそれだけのことなのである。彼が将来他の人から同じような反応を受けるかはわからない。また私のほうも彼の丁寧な話し方に、何か私自身の問題でそのような反応をしていたのかもしれない。でも私の中のいらだちもまた私にとっての「現実」なのである。(そう、この場合は現実に治療者の反応、も含んで考えている。ヤヤこしい。)私は私の反応が正しいかどうかという判断とは別に、それを口にしてみた。そこからAさんとのこの件に関するやり取りがすこしだけあった。私は少なくとも彼の丁寧な言葉は、私の側の過剰な?丁寧さから来ている可能性を知り、またその後に彼の話し方に対する印象が変わった。そしてそれを彼に伝えた。私のほうの変化はどこから来たのか?わからない。彼のほうが実際に話し方を変えたのか?私のほうで、彼に話し方についてのコメントをしたことで一種の後ろめたさが残ったからか?それとも私の話し方の影響だったのだ、という説明に納得したのか? もちろんこれらの仮説は浮かぶが、本当のところは・・・・・・わからないのである。おそらくそれでいいし、そのまま先に進むしかない。ただ彼の中に私とのこの短いインターラクションが起こり、それにより彼自身の見え方がほんの少し変われば、それでいいのだろう。
ここで少し牽強付会的なことをいうならば、この種の現実を安全に提供できる状況に、おそらく治療者はあるだろう。それは治療関係性のなせる技である。Aさんの体験した現実は、実は自分の話し方についての反応、ということにはとどまらなかった。私がそれについて少し不満を口にし、しばらく後にそのことを撤回したこと。そういう人間と、関わったこと。それらはことごとく現実であり、それが一応は安全に体験されたということ。それはまったくどうでもいい体験としてAさんにほとんど何も残らなかったかもしれないし、結構インパクトを持っていたかもしれない。それを治療者はあまり決めることは出来ない。あえていえばAさんが私をどれだけ重要な人間と勘違いしていたか(転移を向けていたか)により決まってくるのであり、それを治療者側は基本的に操作できないのだ。ただそれを一定の枠組みの中で提供するということ。しかしそのくらいのことしか治療者は出来ないともいえるのである。(これで一応終わり。まったく改訂になっていない。新たにまとまりのない文章を付け加えるだけになってしまった。)

2011年4月8日金曜日

治療論 その2 (改訂版) 続き 「不可知的な現実」とは?

私は基本的に人間は自分自身のことが見えないようにできているものだと思う。いや、見えては困るのかもしれない。今を生きる、ということは自省する、ということとは相容れないのだ。 車を運転している人間は、まず運転席から見える視界に全神経を集中する。その自分の姿がバックミラーにどう映っているかなどは、当面はどうでもいいのである。なぜなら自分の車がほかの車や通行人と接触することなく、されることもなく、安全に走行できることがまず重要だからだ。
私たちが生きているということについても同様のことが言える。私たちは各瞬間にいかに痛みや苦痛を避けるかを判断し、できることなら心地よさや快感を求めつつ世界の中をナビゲートしていく。何を回避し、何を求めるかは、大抵はとっさの判断にゆだねられる。
他方その人を助手席に座って見ている教習所の教官(一応治療者、スーパーバイザーの比喩である)は、様々なことを考えるだろう。「ぎこちない運転をしているな」、と感じるかもしれない。「何であんなところで急にハンドルを切るんだろう?」と思うかもしれない。実は運転者はちょうど視界の端に映った歩行者が飛び出す予感がして、それを無意識に避けようとしたのだ。その瞬間には本人にとっては理由や必然性のある行動が、周囲には無駄だったり意味のない動きに見えたりすることもある。しかし教官は、助言をするのが自分の仕事だと思っているから、目に付くところはどんどん指摘していく可能性がある。それが運転者にはぴんと来なかったり、指摘される必然性を感じられないことだったりする。教官が「仕事で」助言を与えたり、駄目出しをする分だけ、「うるさい、ほっておいてくれ」、と感じることもあるだろう。
それでは運転者にとってもっとも大切で、インパクトのあるものはなにか。それは体験そのものである。飛び出そうとする歩行者にハンドルを切ったおかげで、こんどは対向車に急接近してしまい、怖い思いをした、など。自分の運転のある種の癖やパターンが及ぼす結果を、現実の体験は教えてくれる。そこからの教えを、運転者は守らざるを得ない。そうすることが危険や恐怖の回避に直接的につながってくるからだ。
では教官=治療者は何もしないのか? 実はその路上実習に誘っているのは教官だったりする。知らない間に高速道路の入り口に入りそうになったら教えてくれるのも彼だろう。時にはこのまま行くと横から突っ込んでくるトラックと正面衝突というときには補助ブレーキを踏んでくれるかもしれない。でも初めての路上実習に出る際の緊張をやわらげてくれるのもまた教官かもしれない。教官は横で、実はいろいろなことを考え、運転者の心中を推し量っているのかもしれない。別に技法があるわけではなく、一見ただそこにいるだけ、に見えるかもしれないが、運転者がのびのびと運転を学ぶのに案外大切な存在だったりするのである。教官もまた「現実」の一部である限りにおいて。(続く・・・・かな?)