2026年9月9日水曜日

成田先生のこと 5

  この文章を書いていて思うのだが、成田先生はかなり画期的な仕事をしておられるのだ。今回この原稿を準備していて、つくづくそう感じる。「3」で述べた関心、すなわち一言でいえば「(精神分析という)文化を重んじるか、患者を重んじるか」という点に関しては後者であろう。(というか、このように成田先生にエラそうな判断を下しているようなことを書いている自分がとてもオコガマシイ。)彼が特に精神分析のトレーニングを受けることを必須とは考えなかったこと、何より臨床的な戸惑いや疑問が先行していたことが証拠だ。  ということで「精神分析と私」(精神分析研究 59(2)153₋159、2015) を読んでみる。先生はその冒頭で「自分は訓練分析も受けていないし、毎日分析もしていない」とおっしゃる。しかしこの文章が分析学会の教育研修委員会から「精神分析をどうまなぶか?」というテーマで話すように請われたから書くのだと書いてある。(そうだ、思い出した、実はこの時期に私が教育研修委員の立場から、成田先生に原稿をお願いしたのだった!!) そして理論家として最初に出会ったのがRogers であったが、「受容、共感、自己一致」が「努力目標ではなく必要条件のように言っていることに違和感を覚えた」とある。そうだ、その通りだ!(オコガマシイ。)