ところで私は問いたい。私が信頼できないと感じる対話の相手は、強弁詭弁を弄し、自分の主張を押し通そうとする人である。心の底ではあまり正しいと思っていないことも強気で押し通す。私はそのような心性をサルトルの言う mauvaise foi 自己欺瞞、あるいは不誠実さと言いたい。要は自分自身に小さな嘘をつくことである。実はこれは常に人間がやることである。人間の最大の問題は、一度言ったことについて意見を変えないことだ。意地を張り、うそを言ってでも前言を翻さない。間違いを認めるのはプライドが許さないのだ。世界の国家のリーダーたちのいうことを聞いていると、最初に結論ありきで強弁と嘘でそれを正当化しようとする。これがいい例だろう。これは人間のナルシシズムの問題と考えてもいいだろう。 さてAIはこの種の自己欺瞞や不誠実さを有するだろうか。AIの主張はロジカルで coherent でなくてはならない。自己矛盾を最も排するだろう。不誠実で自己欺瞞的なAIなど想像できるだろうか。それが成立する限り、私たちはAIを信頼できるし、実はAIとの対話はその種の誠実さやauthenticisy を試すプロセスでもあるだろう。私はそのようなロジカルで誠実なダイアローグを分析的—ソクラテス的対話と呼びたい。私たちが人間との対話で探るのは、意地を張って前言を翻さない態度がないか、自己欺瞞や不誠実さが見られないかということである。信頼できるとはそういうことである。