第3章 ジャネとフロイト
フロイトにとってジャネがいわば仮想敵であったことはとても興味深い。彼は敵を見つけることで奮起をしていたというところがある。それをフロイト自身が明言していたわけだ。
(77)「親密な友人と憎むべき敵は、私にとってはいつも感情生活の必要な要件である‥‥」(フロイト)
結局フロイトはジャネの見出したものを拒否し続けたことになるが、いわば反対のための反対というニュアンスもあったという事だろう。フロイトはジャネはブロイアーの発見と一致し、しかもブロイアーの方が早かったということでのみ敬意を払っている(78)。この章では、フロイトはジャネとは違うということを示すために、ブロイアーを見捨てた、とまで書ているのが興味深い(81)。フェレンチを見捨てたのも同様の理由だとすると、フロイトの野心は空恐ろしいものがあると考えざるを得ない。彼にとっては学問的な価値は彼の自己愛を高めるものではあっても、真実への追及の結果見出されたものとは必ずしも言えないという事か。
しかし(89)でフロイトとジャネの重要な理論的な関りが指摘される。フロイトの否認 Verleugnung と現実機能の喪失 fonction du reel との密接な結びつきであるという。それがフロイトの「防衛過程における自我分裂」に結実しているという。つまりこれが精いっぱいフロイトがジャネを認めた証、という事になるのだろうか?
第4章 ジャネとユング
ユングはフロイトと精神分析を離れてからは、年上であるジャネから大きな影響を受けたという内容が書かれている。ユング自身ジャネを高く買っていて、母親コンプレックス、ペルソナなどの概念はユングの下位人格(同時に存在する心理的実体群)(92)の概念の影響を受けているという。要するに心を一つと見なさないところがユングの思考に自由度を与えていたということが出来るだろうか。何しろ(91)ブルグヘルツリでユングの指導のもと連想実験をやっているというのだからその影響は大きかったのであろう。
第5章 あちらを立てればこちらが立たず (対象関係論への影響)
(107)ブロンバーグは、「100年前にフロイトにより城から追放されたピエールジャネの亡霊が、現代のフロイトの子孫たちに、のべつまくなしに憑依し続ける姿を想像するに難くない」と書いている。(108)よく知られていないことではあるが、フェレンチはジャネにかなり影響を受けていたという。しかしそれに言及する論文が英文では手に入らないという事情があったという。(109)フェレンチは、ジャネは精神分析に必要不可欠とまで書いていた。(111)実はフェアバーンもジャネに興味を持ったが、不幸なことに彼は解離の代わりにスプリッティングという言葉を使用した。
(112)実はジャネは分裂病理論を説いたブロイラーに直接影響を与えていたという話!
(114)フェアバーンは、解離と抑圧の決定的な違いに触れているという。彼の両者の分類の仕方はネミアの区別に近い。(ショア(2010,p.233)によれば、ネミアの見解は、ジャネによれば、解離は自我があまりに弱いために意識を保持できないが、フロイトは、自我が十分に強いために、積極的に抑圧するという違いを強調している。)。