はじめに
先ずは1970年のエランベルジェの「無意識の発見」が極めて大きな意味を持っていたこと、そして本書が半世紀を記念するものであるということが述べられる。そしてその影響を受けた多くの論者による本書の各章のモチーフが簡単に紹介されている。
1章 PJ入門
この章を読むと、実は私たちは今やジャネ(以下、PJ)という、フロイトとの双璧をなす人物と対峙していることがわかる。PJはシャルコーの早い死の後、サルペトリエールで催眠を用いる唯一の研究者となったが、やがて催眠を毛嫌いするデジュリーヌがサルペトリエールの院長になるとともに、そこを去らなければならなかったのだ。そしてその後コレージュ・ド・フランスの心理学教授に就任した。
PJの心的自動症の基本概念は、①過去の活動の自動的な再現 ②綜合 synthesis と創造による統合integration. の二つの組み合わせが私たちの活動であるとする。そして解離は②がうまくいかなくなっている状態であるとした。そして①においても意識は介在しているが、下意識であるとした(35).
PJはある意味ではフロイトにより日陰者の存在になったが、実は時代を先取りしていたということが提案されている。そしてフロイトはジャネを否定しつつも、随所に影響を受けていたという主張もなされる。これを単なるジャネびいきの妄言と取るか真実と取るかは別として、最近の解離にまつわる議論はPJ,そしてフェレンツィの主張の信憑性を示しているともいえる。
第2章 意識から下意識へ
(61)解離で起きているのはしてこれは意識の不在(=無意識)ではなく、意識の分割であるとした)。(61)ジャネは例によって次のように説明する。現象を絶えず統合へと集める活動、創造活動。もう一つは過去に存在理由があった古い総合を再活性化させる反復運動。この両方のバランスの破綻が自動症となるとした。(62)「解離は自動症活動と総合の活動の平衡の喪失」。これは心的緊張の低下によりもたらされ、それを引き起こすのが情動であり,トラウマであるというのだ。これはよくわかる。
(69)ジャネは古くから研究のある無意識を意識とは異なる知性の可能性であり、形而上学的な研究である一方、下意識は極めて臨床的であるとした。それは通常の意識とは独立して存在し、「意識野の狭窄」「人格の解離」と同等であるとした(70)。