2025年4月3日木曜日

支持療法を支持する 2

 POST・支持療法が生まれるのは必然的であった

さて私は支持療法についての議論がこのようにして生まれたことには必然性があったと思う。まず第一に週一回、ないしはそれ以下の頻度で(隔週50分、週一回30分、月に一度50分など)で行われる心理療法が圧倒的なマジョリティであり、そこで「ユーザーのニーズ」(山崎)を最重要視することなしには心理療法が存続しえない(さもなくばユーザーがドロップアウトしてしまう)からである。しかし精神分析と同じ治療論をただ単に週一回の臨床に「平行移動」するわけにはいかない(藤山)。週4回以上の精神分析のエスタブリッシュメント達からは、「週一回で精神分析と類似のことが出来るはずがないし、軽はずみに同じ理論を用いることは許されない」と言われてしまう。ただ伝統的な週4回のやり方に対するユーザー(患者)離れが生じたことは、ユーザーも精神分析とは違う何かを求めていたことを意味するのだ。そして精神分析の内部から生まれた表出的(分析的、洞察的) ⇔ 支持的という表現に沿って、「週一回」は「支持的療法」と表現するようになった。しかしこのような図式が生まれた際には、支持的アプローチは表出的(分析的)なそれと対等の価値をあたえられていたはずである(Wallerstein, Gabbard )。そして週一回の支持的療法にもそれなりの治療論や作用機序の議論があって当然なのだ。ただし同時に支持的療法は「分析的=表出的」ではないものというスティグマを背負うことになったのも事実なのである。

それゆえにこの支持的療法を精神分析の世界で行うことには多大なる困難が生じるのは当然である。1970年代に精神分析の世界で突然異質のことを言いだしたコフートのように、「それは私たちが慣れ親しんで、基本理念として持っている治療論とは全然違うではないか。それは精神分析ではないのだ」という反発を受けて四方八方から矢が飛んできて、非常に肩身の狭い思いをすることになる。(よくぞコフートは耐えたものだ。若手の信奉者たちが支えたのだ。)
だから支持的療法について論じるためには、その提唱者たちは狭い精神分析の世界を離れて新たな独自の臨床や学問活動の場を求める傾向にある。そしてそれが実際に欧米で行われたことであるが、日本ではそれが精神分析協会の内部で、しかも今のところは精神分析と共存する形で生じているのだ。
私はこれは非常に日本的な現象だと思う。思うに古澤平作先生が1930年代に精神分析を持ち帰り、週一回~2回を開始した時に、古澤先生は非常に「常識的」で「適当」だったのではないかと思う。それも日本的な意味で。古澤はこう考えていたのではないか。「精神分析は素晴らしい。しかしフロイト先生の熱意はよくわかるが、毎日分析というのはやり過ぎではないか。『毎日治療に来なさい』と言ったら患者さんはびっくりするだろう。『私はそんなに重症なのですか』と驚かれる人もいるだろう。まあ週1,2回から始めようか‥…。」ここを書いていて私は少し自信がなくなったので前田先生の著書を読んでみた。するとやはりそうだった。

前田重治氏(前田重治 (1984) 自由連想法覚え書-古沢平作博士による精神分析. 岩崎学術出版社)によって語られている古沢先生の言葉を引用しよう。精神分析の開始にあたって古沢先生は前田先生に次のように言ったとある。「当面は、一週二回にしましょう。これまでの僕の体験では、毎日続けてやることは、かえって小さいことにとらわれ過ぎて、全体を見失うことがありますので。」(p.18)

「えー!!!」である。天国でフロイトが聞いたら激怒するのではないか。しかも古沢先生は「僕の経験では」とフロイトに堂々と異論を唱えている。フロイトはこれを聞いて次のように思ったかもしれない。「あのコザワとかいう男はちょっと分析を受けただけで日本に帰って、勝手なことをしておる!! やはり少し高いお金を払ってでもワシから分析を受けるべきだったのだ!(古沢先生はウィーンで教育分析を受ける際に、フロイトのセッションの料金が高すぎたのでお弟子さんのリチャード・ステルバから低料金で分析を受けた。)
でもこの古沢先生の異論はそれなりに分かる。所詮肉食の西洋人と違い、草食系の私たちは彼らほどのエネルギーや情熱に欠ける。まあ、ほどほどでいいんじゃないか?ということだ。私の知っている小此木先生も週一回のプラクティスに疑問を抱かずにそれを「精神分析」と呼んでいた。彼もその意味では「適当」だったが、それはそれで古き良き時代のように思える。アムステルダムショックにより日本の分析家の見識のなさが正され、すべてが正常化に向かったというのも何か違う気がする。戦後のアメリカ文化の流入とともに戦前の日本文化を過剰に否定した日本人と重なる気がする‥‥。全く話がそれてしまった。

2025年4月2日水曜日

不安とパニックと精神分析 8

 Kendler(1992)らの研究では、恐怖症はいわゆるストレス―脆弱性モデルによくあてはまるという。つもり生まれつき気弱であることと同時に環境の要因が大きいということだ。特に17歳以前で体験する親の死や、過保護と同時に放棄する親の姿勢が大きな要因となっているという。また養育期の母親のストレスが大きな影響を及ぼすという研究もあるという(Essex et al. 2010) 。 SADの話に移るが、そこでは患者の大脳皮質下の活動が過剰となるという特徴があるという。これはある意味では当たり前だ。人前では扁桃核などがビンビンに反応してドキドキしてしまうのだ。わかる、わかる。また上述のジェローム・ケーガンの子供時代の「見慣れないことに対する行動上の抑制 behavioral inhibition to the unfamiliar 」という特徴はSADにも当てはまるとギャバード先生は記述する。そしてSADにはSSRIなどの抗うつ剤だけでなく、精神療法が有効であるというのだ。しかしCBTと比べると、後者に軍配が上がるという。そして力動的な治療者であっても患者を恐れる状況に直面化することを奨めるという。

不安障害の場合、恐れている状況に直面しない限り、無意識の連合ネットワーク unconscious associational netoworks を改変する事は出来ない。なぜならそれは扁桃体や視床などの皮質下の経路を含み、それは解釈などの認知的、大脳皮質的なアプローチでは改変できないからだという。フロイト以来分析家が気が付いていたのは、恐怖症の患者に関しては患者は恐れている状況に直面しない限りはほとんど前進がないということだ(2003,p835)。

つまりこういうことだ。精神分析では意識的な問題をあまり扱わないという不文律があることが、それは結局表面的な不安や恐怖症の症状を扱わないことに繋がっているのではないかというわけである。

 ギャバード先生が最後にあげるのが全般性不安障害(GAD)であるが、この障害はいろいろ問題があるらしい。とにかく併存症が多く、このGADと診断される人の8~9割は別の診断を同時に持っているというのだ。そのうえでギャバード先生は、GAD患者が訴えるであろう様々な身体症状に対して寛容であるべきだという。そしてそのうえで、それらの症状がより深いレベルの懸念 concern (うまく日本語にならない言葉)の防衛になっている可能性に対して開かれているべきであるという。そしてその深いレベルと言えば、不安定―葛藤的愛着パターンであるという。最初に出てきた不安の階層構造の話を思い出して戴きたい。そしてそれが転移関係にも表れるとする。つまり患者が「この関係も結局は失敗に終わるのではないか」という懸念を持つことになるのだ。


2025年4月1日火曜日

支持療法を支持する 1

支持療法・POSTは最強である

なぜ精神分析でなくて支持療法が最強なのだろうか。本来なら精神分析こそが最強である、と私は思いたい。しかし精神分析はあらゆる心理療法の源流であり、ある意味では旧約聖書的な存在であるために、かえってモーセの十戒により縛られ、力を削がれているからである。精神分析の力は間違いなくそれが主張する「治癒機序」の持つ強いメッセージ性であった。特に米国ではそれが精神分析家のみならず精神医学者をも数十年にもわたって夢中にさせ、その実証性を示すことへと向かわせた。しかしそれが必ずしも実を結ばなかったことから、そこから派生した様々な治療的介入の存在を私たちに気づかせ、それらの発展を促した。そしてそのいきつく先の一つは「多元論的な治療観」(クーパー、マクレオッド)であると理解している。そしてこの多元論的な治療観を反映したものが、支持的療法であり、それゆえに最終的であり最強なのだ。(もちろんメッセージ性を狙って多少なりとも「盛った」言い方をしているのだが。) 人は支持療法を一つのプロトコールを備えたある種の権威とみなすことに抵抗を示すかもしれない。しかし支持療法はある意味では「内容を欠いた」それ自身がコンテイナー的な概念なので、それに対する反論をも将来は取り込む素地を持っていることを忘れてはならない。支持療法は上書き、更新可能なのである。 精神分析の最大の特徴でありまた弱点は、そのモーセの十戒的なメッセージ性であると述べたが、その理論的な先鋭さ(必ずしも「治療的な先鋭さ」ではなく)は治癒機序をヒアアンドナウの転移の解釈と定め、それを精神分析的な治療の一つのプロトタイプとしたことである。それは理論的には鉄壁であり、また確かにそれに合致した治療関係が成立し、大きな変化を遂げる患者が存在するであろう。しかしその治療過程の切っ先の鋭さは、それ以外の技法を排除することにより保たれるような類のものである。そしてその結果として、人間を変えるポテンシャルを有するそれ以外の様々な介入は、「分析的でない」として除外される傾向にある。旧約聖書から入っている治療者たちは十戒に背くことの後ろめたさから「それ以外」の技法を用いることをためらう。 ギャバ―ドはその優れた論文「治癒機序を再考する」(Glenn O. Gabbard and Drew Westen (2003) Rethinking therapeutic action. Int J Psychoanal 84:823–841)の中で、様々な治癒機序をあげつつ、精神分析プロパーでは限られた手段しか用いることが出来ないことのディスアドバンテージを示しているようである。 彼はまず治癒機序としては二つのことを挙げる。それらは洞察を育てること fostering insight と作用機序の媒体としての関係性 relationship as vehicle of therapeutic action であり、これらは精神分析プロパーに関する議論であるとする。そして精神療法ではそれらに加えていくつかの 方略 strategy があるとして次の5つを挙げる。あたかも精神療法の方がこれらの二次的な作戦を自由に使えるという意味ではより広い治療的な介入を行えるような言い方をしているのが興味深い。もちろんギャバ―ドは、最初の二つが精神分析に限り、二次的方略は精神療法、という風にはっきり分かれているわけではないことのと釘を刺している。それらとは以下の通りだ。 1.変化についての明白な、あるいは非明示的な示唆 suggestion .  2.  役に立っていない信念 belief や問題行動や防衛への直面化。 3.患者の意識的な問題解決や決断の仕方へのアプローチ  4. 暴露 5.自己開示を含む介入