2024年7月22日月曜日

PDの臨床教育 推敲の推敲 5

 DSM-5とICD-11の相違

ところで先ほどDSM-5とICD-11の違いについて触れたが、少し説明が必要であろう。たとえばDSM-5の同調性⇔対立という軸はICD-11では見られず、それと多少なりとも類似したものとして (好社会性⇔)非社会性が入っている。これらは似てはいるものの、同一のこととは言えないであろう。前者(DSM-5)は要するに人とどれほど対立するか、という問題だが、後者(ICD‐11)は人にどれほどの悪意を持っているか、つまり反社会的か、ということである。敢えて言うならば、同調性⇔対立 はどれだけ他者に合わせるか/天邪鬼か、ということの表現であるのに対して、好社会性⇔非社会性は、どれだけ人を喜ばせるのが/苦しませるのが、好きか、ということになる。これらを両方採用するとビッグ5ならぬビッグ6になり、煩雑になる。ただし私は個人的には後者の方が特性としてよりふさわしいように思う。なぜならこれはいわゆる反社会性パーソナリティやサイコパスに関するものだからだ。そもそもパーソナリティ障害の始まりは、この犯罪者性格をいかに扱うか、というところから出発していたからである。

 そしてDSM-5とICD-11のもう一つの相違点で悩ましいのが、前者の精神病性⇔透明性に対して後者で採用された(⇔)制縛性(強迫性)anankastia である。だいたい「アナンキャスティック」なんて表現、ものすごく古い用語なのだ。「セイバクセイ」という表現も、ワープロ変換されないし、日常語としてはほとんど聞かない。だからせめて「強迫性 obsessive」くらいにしてくれないだろうか。
 ちなみにDSMの精神病性 psychotic の代わりにこちらが選ばれた理由についてはある文献に以下のように記されている。それによれば精神病性は他のパーソナリティ障害とは一線を画し、むしろ統合失調症関連としてとらえるべきだから敢えて選択しなかったというのである (Bach, et al, 2018)。さらには精神病性は、ICD-11では「パーソナリティ障害の深刻さ」のなかに現れるのだ。確かにICD-11の最終的なテキストには深刻なPDの例として「しばしば解離状態や精神病様のpsychotic-like 思考や知覚が見られる(例えば極度の被害妄想的な反応extreme paranoid reaction」という記載が見られる。そこで精神病性の代わりに強迫性を入れるということになったらしい。

Bach B, First M. Application of the ICD-11 classification of personality disorders. BMC Psychiatry 2018.

しかしDSMの側では、制縛性(強迫性)を入れなかったのにもそれなりの理由があるという。制縛性(強迫性)は二つの要素に分かれ、一つは完璧主義(⇔脱抑制)、もう一つは保続(同じパターンを繰り返すこと)だが保続は陰性感情の一つだというのだ。制縛性は思慮深さと陰性感情ですでに表現されているのだという。だから独立させる必要はないと考えたそうだ。しかし保続が陰性感情という説明は私には今ひとつピンとこないので、これについては意見は述べられない。