2024年7月25日木曜日

PDの臨床教育 推敲の推敲の推敲 2

 非社会性と制縛性

 ところでICD-11には、非社会性と制縛性というDSM-5にはなかった特性が採用されている。このうち前者はDSM-5の(同調性⇔)対立に類似するものと言えよう。しかしそれらは決して同一ではない。対立とは他者にどれだけ(同調、ないし)反対するか、天邪鬼かという問題だが、非社会性は他者にどれほどの悪意を持っているか、つまり反社会的か、ということである。私は個人的には後者を採用したいが、これはいわゆる反社会性パーソナリティやサイコパスに関するものだからだ。そもそもパーソナリティ障害の始まりは、この犯罪者性格をいかに扱うか、というところから出発していたからである。

 また制縛性anankastia(強迫性 obsessive)は、以前のバージョン(ICD-10)にも収められていた制縛性PDがそのまま特性として登場したものである。「セイバクセイ」とは古めかしい用語だが、強迫性を表すと思えばいい。すなわち完璧主義的で、計画や規則性や順番などに拘る一方では頑固であり、情緒的な表現を抑制するという特徴を持つ。なおこの制縛性はDSM-5の精神病性(⇔透明性)の代わりに採用された形になっている。
 ちなみにDSMの精神病性 psychoticがICDで選ばれなかった理由については、精神病性は他のパーソナリティ障害とは一線を画し、むしろ統合失調症関連としてとらえるべきだからであったとされる(Bach, et al, 2018)。さらには精神病性は、ICD-11では「重度のPD」の特徴の一つとして「しばしば解離状態や精神病様のpsychotic-like 思考や知覚が見られる(例えば極度の被害妄想的な反応extreme paranoid reaction」という記載が見られる。

Bach B, First M. Application of the ICD-11 classification of personality disorders. BMC Psychiatry 2018.

 ただしDSM-5の側では、この制縛性を入れなかったのにもそれなりの理由があるという。制縛性は二つの要素に分かれ、一つは完璧主義(⇔脱抑制)、もう一つは保続(同じパターンを繰り返すこと)だが、だから保続は陰性感情の一つだというのだ(Bach, Sellbom, et al. 2018)。つまり制縛性は思慮深さと陰性感情ですでに表現されているために独立させる必要はないと考えたそうだ。

Bach B, Sellbom M, Skjernov M, Simonsen E. ICD-11 and DSM-5 personality trait domains capture categorical personality disorders: Finding a common ground. Aust N Z J Psychiatry. 2018 May;52(5):425-434.)




 


 最後に表を示す。DSM-5とICD-11 はほぼ一致しているが、異なっている部分は茶色で表示してある。










   DSM-5の特性

  口語的表現(岡野)

      ICD-11の特性

情緒安定性 ⇔ 否定的感情(神経症性) 

プラスの感情 ⇔ 

      マイナスの感情

    (  ⇔)      否定的感情

  外向      ⇔     離脱

                     detachment 

 外向き ⇔ 内向き

     (  ⇔)       離隔 

                                  detachment

同調性          ⇔        対立

 agreeableness                      antagonism

他者に和す ⇔ 他者に          反対する

かわりに?
     (  ⇔)   非社会性 

                        dissociality 

誠実性      ⇔       脱抑制 

conscientiousness            disinhibition 

思慮深い ⇔  衝動的  

      (  ⇔) 脱抑制


透明性       ⇔     精神病性

 lucidity

分かりやすい ⇔ 奇妙 

かわりに? 
       (   ⇔) 制縛性(強迫性)

                      anankastia

  




  ボーダーラインパターンについて

さて特性論に付け加えておかなくてはならないのが、「ボーダーラインパターン」であり、ICDでは5つの特性の次にこれが「特定項目specifier」として、あたかも6番目の特性であるかのように扱かわれている(実際他の特性と同様6D11.  … というコードが与えられている。)

 境界パーソナリティ障害(BPD)はDSM-Ⅲの登場の時から、ある意味ではカテゴリカルな診断基準の代表格として掲げられていた。そして10のカテゴリーの中で一番研究され、また診断されることが多いPDであるために、それを特性に特別に加えた形になっている。それについてICD-11では次のように説明している。「ボーダーラインパターンはこれまで述べた特性、特に陰性情動、非社会性dissociality 脱抑制などとかなりの重複がある。しかしこの特定項目は、特定の精神療法的な治療に反応する患者を同定することに助けとなろう。」

ただしこのボーダーラインパターンはBPD というカテゴリカルな診断の遺物とみなされかねないこと、またこの診断はトラウマにより生じることが多いためにパーソナリティ特性に並べて論じることは適切でないことなどの意見もあったとされる。それでも最終的にICD-11 にこれが加わったことは、異なる識者間の妥協の産物であるという見解もある。
 ちなみにICD-11 で掲げられたボーダーラインパーソナリティの特徴は、DSM-5 におけるBPD の診断基準におおむね準じ、以下のように示されている。

「[ボーダーラインパターンは]それらは以下の9の項目のうち5つを満たす事で示される。現実に、または想像の中で見捨てられることを避けようとするなりふりかまわぬ努力・対人関係の不安定で激しいパターン・顕著で永続的に不安定な自己像や自己感により表されるアイデンティティの障害・非常にネガティブな感情の際に、自己破壊的となる可能性のある行動につながるような唐突な行動を見せる傾向・繰り返される自傷のエピソード・顕著な気分反応性による感情の不安定性・慢性的な空虚感・不適切で激しい怒り,または怒りの制御の困難・情動が⾼まった際の⼀過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離症状。」

 ここに示されたとおり、この特定項目だけは、他の特性と異なり、9のうち5つといういわゆるポリセティックモデルを採用している点も特徴的である。しかしICD-11ではこれに加えて、常に存在するわけではないが、と断り以下の特徴をもあげている。

・ 自分を悪く、罪深く、おぞましく、卑劣な存在と感じる。

・ 自分が他の人と底知れぬほどに異質で孤立した存在として体験し、苦痛を伴う疎外感と孤独を感じる。

・ また拒絶に極めて敏感であり、対人関係で一貫した適切な信頼関係を結ぶことが出来ず、しばしば対人に見られる合図の意味を誤読する。