2024年5月15日水曜日

「トラウマ本」 トラウマとパーソナリティ障害 加筆訂正部分 4

 最近になり、PDを論じる上で二つのファクターを加味しなくてはならないという考えが見られるようになった。一つは本章で主として論じる愛着の障害や幼少時のトラウマの問題である。そうしてもう一つはいわゆる発達障害(最近の表記の仕方では「神経発達障害」とPDとの関係である。

 現代の私達の臨床感覚からは、人が思春期までに持つに至った思考や行動パターンは、持って生まれた気質とトラウマや愛着障害、さらには発達障害的な要素のアマルガムであることは、極めて自然なことと考えられるのだ。

 トラウマとCPTSD 

  トラウマ関連障害とPDとの関係性を考える上で格好の材料を提供したのが、ICD-11に新たに加わった複雑性PTSD(以下、CPTSDと表記する)という疾患概念である。これは、「組織的暴力、家庭内殴打や児童虐待など長期反復的なトラウマ体験の後にしばしば見られる」障害とされる。そして診断基準はPTSD症状に特有の一群の症状に「自己組織化の障害 Disorder of Self Organization」 が組み合わさった形となっている。
 このうち自己組織化の障害は、それが過去のトラウマにより備わった一種のパーソナリティ傾向ないしはパーソナリティ障害の様相を呈しているのである。つまりCPTSDの概念自体にPDの要素が組み込まれているという事になるのだ。 (以下は飛鳥井(2020)の訳を用いて論じる。)

「自己組織化の障害」は以下の3つにより特徴づけられる。それらは

● 感情制御の困難さ:感情反応性の亢進(傷つきやすさなど)、暴力的爆発、無謀な、または自己破壊的な行動、ストレス下での遷延性の解離状態、感情麻痺および喜び又は陽性感情の欠如。
● 否定的な自己概念:自己の卑小感 敗北感、無価値観などの持続的な思い込みで、外傷的出来事に関連する深く広がった恥や自責の感情を伴う。
● 対人関係の障害:他者に親密感を持つことの困難さ、対人関係や社会参加の回避や関心の乏しさ。

 これらの3つの条件を満たした人を思い浮かべた場合、おのずと一つのパーソナリティ像が浮かび上がって来ないだろうか。彼(女)は自分の存在を肯定されていないという考えに由来する自信のなさや、自分の存在や行動が周囲に迷惑をかけているという罪悪感や後ろめたさを持ち、そのために対人関係に入ることに困難さを感じる。実際幼少時に深刻なトラウマを負った多くの患者に、この種の性格傾向を見出すことができるというのが私自身の臨床的な実感である。
 このように繰り返されたトラウマにより「自己組織化の障害」を特徴とするパーソナリティの病理がみられるとすれば、それは従来のPDの概念にどの程度関連性が見られるのかを改めて振り返ってみよう。
 すでに述べたように、おそらくDSMにみられるPDのカテゴリーの中ではBPDが関係する可能性がある。それのみが診断基準(9)として「一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離症状」という、過去のトラウマに関連した症状を掲げているからである。また否定的な自己感ということに関しては、回避性PD(非難、批判に対する恐怖、親密な関係への躊躇、新しい対人関係に入ることへの抑制、非常にネガティブな自己感など)や依存性PD(ひとり残されることへの不安や無力感)も該当する可能性がある。
 またICD-11に掲げられているディメンショナルモデルが掲げる顕著なパーソナリティ特性としては、掲げられている否定的感情や離隔や非社交性などが関係している可能性があろう。しかしこれらのいずれも過去のトラウマとの関連性に特に言及しているわけではない。