2022年9月6日火曜日

交代人格を無視? 3

 解離症状は封じるべきか?

  解離を無視するという立場にとってある種の支えとなるような理論がある。それは「○○(症状名)はそれを放置しておくとどんどん悪化する」という考えである。古くはマスターベーションがそうであった。「放っておくとますます性欲が増し、性的に放縦になってしまう。だから禁止しなくてはならない。」(この種の対応を親から受けたことがある人はきっと読者の中にもいるだろう。)あるいはリストカット。禁止しないと癖になってしまうと考える。過食も、強迫行為も、親や保護者は見つけたら「芽のうちに摘んで」おこうとする。

 どうやらこれは解離についても言えるらしい。ほっておくと癖になるから、見て見ぬふりをする。解離を認めてしまうと歯止めが効かなくなってしまう。これはかなり強烈で説得力のあるナラティブで、明らかに嗜癖を形成するようなものならまさにこの考えのとおりである。シンナーを吸って陶酔している若者にはやはり急いで止めないといけないだろう。しかし解離の場合は事情が違う。
 解離を禁止する立場の治療者はある種の強いメッセージを持っていることがある。「私は解離の存在を否定するつもりはありませんし、私の患者さんにも解離を起こす人がいます。ただ私はそれを認めることでそれを促進したくないだけです。」これは私が常に言っている「解離否認症候群」よりもその対応が難しい。なぜならトラウマ関連の症状には確かに症状の発現が呼び水のような意味を持つことがあるからだ。
 ある患者さんは昔のトラウマについて治療者に聞かれてから、フラッシュバックが頻発するようになった。一週間で治めてまた来院するが、またそれが繰り返される。そこで暫く治療を中断することになった。これは実際に起きる話である。解離においても別人格Bちゃんが治療者の前で出て来て、優しい対応を受けたことで、その治療者に会うたびに出現したくなる、ということも起きる。「その時はその時で少し抑えて下さい。」などと言って済ませる問題ではない。なぜ、どうしてそれが生じて、今後どう対処していくべきか、という点が問題であり、それが精神医学の臨床研究の対象となるのだ。