この偽りの記憶の問題、実は解離を扱う立場からは少し異論がある。このFMSの立場からは皆さんは長い間忘れられていた記憶が突然思い起こされるようなことはないと考えるかもしれない。そして通常はそういうことは起きにくいのだ。ただし数少ない例外は、その記憶が解離されていた場合である。解離における記憶の保存状況は通常の記憶とは異なる。それはしばらく「通電」されることなく眠っていた神経ネットワークであり、そのまま冷凍されていたという印象を受ける。これは例えば幼少時のトラウマの記憶を持った人格が起きだして当時の記憶について語るといった状況に近い。この解離性の記憶が通常の記憶とどのように異なるかを少し考えてみよう。通常の記憶は想起されるごとにいわば解凍され再固定化される。つまりは想起されることに書き換えられるという事である。すると想起されない解離性の記憶は書き換えられることなく、より正確に保存される????? というのが私の憶測であるが、私が専門家として論文を書いたりする立場である以上は安易に断言できない。というよりはこの辺の曖昧さをもう少し明確化できるようになるという意味でも、この記憶に関する論文を書く意味はあるのかもしれない。
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マウスを最初明箱に入れられ、暗箱に移動する際に電気ショックを受けて、暗箱に対する恐怖記憶を形成させた。この後、マウスが再び明箱に入れられると海馬、扁桃体、前頭前野で神経活動依存的遺伝子が発現し、再固定化が起きた。ところがマウスを暗箱に戻すと、一分以内では再固定化も消去も起きなかったが、そのときERKキナーゼの活性が起きていて、これにより再固定化が中止されたのだ。さらに10分入れると(消去のための???)遺伝子発現が起こることが分かった。一分でERKの活性化はキャンセルされた。さらに10分間滞在させると再び遺伝子発現が起こり始め、消去が起きることが分かった。すなわち、ERKの活性化を通じて再固定がリセットされることが示唆された。この分子スイッチの働きで、恐怖体験を思い出すだけでは震え上がることがなくなると言えよう。
ERKの働きにより消去が起こりやすくなると考えられるため、PTSDの治療方法開発に貢献できると考えられる。