2021年6月11日金曜日

どのように伝えるか 推敲の推敲 2

 2.  患者にいかに伝えるか?

 解離性障害とはどのようなものか?についての説明

精神科医は患者に対する心理教育を行う際に、たとえ話や比喩を用いることが多い。例えばうつ病であれば「ストレスによる心の疲れ」とか「過労による心身の不調」、あるいはいわゆる「適応障害」などの表現が、漠然とうつ病の姿を描き出す。統合失調症やその他の精神病状態の場合は、「現実と空想の区別がつかなくなった状態」や「自分の妄想の世界にとらわれてしまった状態」などと表現できるだろう。また神経症一般については、「気の病」「神経質」「心身症」などの表現がなされ、多くの人が自分の日常心性をそれに重ねてその病状を思い浮かべることが多い。「自律神経の乱れ」などの表現はこれらの精神疾患を身体症状との関連を含めて曖昧に言い表す場合に用いられることが多い。
 ところが解離性障害の場合、そのように一般的な言葉でその病気を伝えることはなかなか難しい。臨床的な文脈でしばしば用いられる「知覚や思考や行動やアイデンティティの統合が失われた状態」(ICD-11, DSM-5)という説明も、具体性に乏しく、今ひとつ説得力に欠けるようにも思える。それに加えてDIDのように複数の人格が一人の中に存在するという現象は、それ自体が常識を超えていて荒唐無稽に聞こえてしまう恐れがある。そのことが解離性障害を理解し、説明や教育を行う上での大きな問題となりうる。

私自身は解離を脳における神経伝達路やネットワークの異常と考えている。上に示した神経症や精神病や気分障害には比較的緩やかに始まり徐々に進行し、その回復にも時間を要するという特徴がある。それは全体として炎症反応になぞらえることが出来るであろう。ところが神経ネットワークの問題はそれらとは異なり、癲癇発作等に見られるように比較的急激に発症して急速に、ないしは瞬時に回復するという特徴がある。そのために心を脳の神経ネットワークとして理解してもらうことが一番の近道であると信じる。
  
「解離性障害とは何かを一言で言い表すのは難しいのですが、次のように考えてもらいましょう。心とは一種のネットワークだと考えてください。このネットワークは神経細胞と神経線維からなるので、これを神経ネットワークと言います。たとえるならばこれは地上に張り巡らされた送電システムのようなものです。神経細胞は電柱、神経線維はそれらを幾重にも結ぶ電線のようなものだと想像してください。私たちが何かを覚えるということは、あるネットワーク上のつながりのパターンが出来上がることですし、体からの感覚や体を動かす運動は、そのネットワークが皮膚や筋肉に繋がっていてそことの信号のやり取りをします。私たちは普通意志の力でそのネットワークの働きをコントロールしていますが、時々断線や混線が起きて、筋肉に信号がいかなくなったり、記憶のネットワークにアクセスできなかったりします。すると心の機能や体の機能がバラバラになってしまい、いろいろ不思議な症状が起きます。急に物を思い出せなかったり、急に声が出なくなったり、歩けなくなったり、という事はそうしておきます。どうしてこの混線が起きるかは詳しいことはわかっていませんが、これらを解離症状と呼んでいます。」

ただしこれではDIDの説明にならないので、DIDに関しては改めて次のように説明する。「さてDIDについては少し込み入ったことが起きます。心とは神経ネットワークから生まれてくると説明しましたね。ところが人によってはいくつかの神経ネットワークが同時に出来上がるという不思議なことが起きます。すると一人の頭の中にいくつかの心が同時に存在するという事が起きます。そしてお互いに別人のように感じるのです。それは複数の脳が共存している状態、つまり一人の家に他人同士が同居している状態にかなり近いのです。そしてその複数の人が一つの体、つまり一組の耳、目、口を共有するので、混乱してしまうという事が起きるのです。」
 ここまで説明した時にパソコンにある程度詳しい人なら次のように伝えてもいいかもしれない。「実は一つの人格はパソコンやケータイに入っている一つのアプリやOS(オペレーションシステム)のようなものと考えてもいかも知れません。私たちはいくつかのアプリを同時に立ち上げることが出来ますね。ユーチューブなどで、いくつかの映像を同時に流してしまい、声が重なったりすることがあるでしょう。DIDではそれと似たようなことが起きているのです。

何が解離性障害の原因なのか、についての説明

 (以下略)「精神医学」2021年11月号に所収予定