2020年7月29日水曜日

ミラーニューロンと解離 4

DIDのケースでNPS(普通のパーソナリティ状態)の時はトラウマスクリプトと非トラウマスプリプトを読み聞かせても、脳の反応性の差がなかったという所見は、極めて重要な示唆を与えてくれている。両スクリプトで差を示さなかったということは、NPSの人格さんはトラウマスクリプトに関して特に異なる対応をしていないことになる。無意識のうちにトラウマスクリプトに対して前頭葉の活動などにより反応にストップをかけていた、というわけではなく、トラウマは本当に「他人事」として体験されていた可能性があるのだ。すなわちNPSの状態では、トラウマスクリプトを無意識レベルでさえも体験していないということになる。
 一般に解離性障害の場合に一つの心を想定した場合、そこにはある種の無意識的な交流が成立していることになる。それは生物学的には自律神経レベルでの反応性と考えることができるだろう。しかし複数の心の場合にはそこに交流がない。NPSの状態ではトラウマスクリプトに対していかなるレベルでの反応も見られないということは、それがTPSとは独立した、タイプ2の解離を成立させているということになる。これが NPS と TPS が独立したダイナミックコアを使用していると考える根拠となる。

解離性障害における別人格の成立の背後にはミラーニューロンの失調が関係しているのではないかという可能性が否定できないが、まずミラーニューロンの研究の歴史について簡単に触れたい。
 ミラーニューロンはイタリアのパルマ大学のジャコモ・リゾラッティらによって、1996年に発見された。彼らが示したのは、マカクザルはある他者の行動を見たときに、それを自分が行うという準備性と共に体験する神経システムを備えているということだった。そして同様の細胞は人間においても見られるという事を見出した。ミラーニューロンとはある行動に関して、それを自分が行うときも、それを誰かが行うのを見るときにも共に興奮するような運動性のニューロンである。そしてそれが存在するということは、サルや人はあたかも他者の意思を鏡のように映し出す力を持っているということである。

イアコボーニはその著書の中で、ミラーニューロンは、様々な脳の部位と結びつくことでそれを中心としたニューロンのシステム(「ミラーニューロンシステム」)を形成し、その発火のパターンの違いから、主体に自他の区別、能動性と受動性の区別、ないしは空想と現実の区別を促すと述べた。

このミラーニューロンの理論が重要なのは、それが私たちが通常持つ能動性、自分は自分であるという感覚がこのミラーニューロンのシステムを介して成立しているという可能性を示唆している。そしてそれはまたこのMNSの不具合が複数の人格の存在をある程度説明してくれる可能性があるからである。